第103話 とでも言うと思ったのですか?

 ステファニアは魂を失った人達が大勢寝かされている部屋に入ると、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに何事も無かったかのように部屋を歩き回り、グルリと部屋を一周する。


 悠里は部屋の中を見た瞬間、その異様な光景に小さく悲鳴を上げていた。


「で? どうするつもり? 時間を稼ぐって言ってたけど、人数以前にそもそもそんな事出来るの?」


「もう済みましたわ、これでとりあえず問題ありません」


 ルナの疑問にステファニアはニコリと笑みを浮かべ、そう言い切った。


「は? 嘘でしょ? なにをしたのよ」


「肉体の時間を少々弄らせて頂きました。 これで一年程度持つと思いますわ」


 その言葉にルナは目を白黒させ、言葉を失った。


 それがどんな意味を持つかいまいち理解出来ないリンと悠里は多少驚きはしたものの、時間に関わる魔法を使ったんだろう、という程度の認識だ。


 だが、時間を操る魔法について多少の知識があるルナの驚きはリン達の比では無い。


「時間を止めたとでも言うの?」


「いえ、流石に止めるのは不可能ですわ。 おおよそですが、時間の経過を1000分の1程度にいたしました」


「なるほどな、それで半日が一年くらいって訳か」


「はい」


 ステファニアの話では時間を止めるのと遅くするのでは、魔術的に別次元らしく、不可能に近いそうだ。


 そこで可能な限り時間の経過を遅らせる事で時間稼ぎとしたらしい。

 それも、魂を失い、魔術に対して抵抗がゼロに近いから出来た芸当だそうだ。


「それでも充分すごいわよ」とルナが驚いていた。

 なんでも、時間を操る魔術というのは、持って生まれた才能と卓越した技術が不可欠で、加えて極めて高い魔力を有している事が絶対条件だそうだ。


「とりあえず急場はしのいだ訳か……助かったよ」


 リンは安堵の息をこぼした。

 とは言え、まだすべてが解決したわけではない。


 攫われた人たちの事もウェインに任せ、飛び出してきたままだ。

 そもそも今回の一件については、どうやら考えていたより単純ではない気がし始めていた。


 先のコルニクスという男――


 何故、奴隷商館に現れず、カプトの屋敷に現れたのかがリンは気になっていた。

 口封じが目的ならば奴隷商館の時に現れなければおかしいと感じてしまう。


「リンくん、考え事は後にしましょう、いい加減休んだ方がいいわ」


 ルナの言葉にリンの思考が遮られた。


「確かにそうだな、メグミさんの事も気になるし、なによりセーラとイーリスさんも休ませないとな」


 リン自身、ルナの言葉で自分の疲労を自覚した。

 肉体的にというより、精神的な疲労を感じる。


「それに、貴女の事も聞かせて貰うわよ」


 ルナの視線がステファニアに向けられる。


 突然現れ、セーラの姉を名乗っているが、実際のところはなにも分からない。

 悠里を助けてくれたり、今も協力的なところを見せてくれている事から悪意などは感じない。


 コルニクスの言葉を信じれば王女という話だが、リンとしては頭の痛くなる話である。


「……とりあえず、宿に戻るとするか」


 まだしばらく休まりそうも無い予感しかしないリンは盛大なため息をついた。


 ――――――


 宿に戻り、休む事にしたリン達だったが、カプトの屋敷に残してきた人達の事を考え、騎士団に屋敷の封鎖を頼んだり、ウェインにコルニクスから渡された資料を届け、目を覚まさないセーラやイーリスを見てもらう為に医者を手配したりと、なんだかんだで時間を取られ、気がつくと既に正午前になっていた。


「「「はぁぁぁぁ…………」」」


 宿に戻り、ようやく腰を落ち着けた途端、盛大なため息がリン達からこぼれた。


「疲れた……」

「疲れたわね」

「疲れたね」


 既に丸一日以上動きっぱなしだったリンと悠里、それにルナも疲れ果てていた。

 セーラもまだ目を覚ましておらず、ベッドで眠っている。


 医者の話では特に異常は無いという話で、じきに目を覚ますだろうと言っていた。


 それはイーリスも同じで、今は別の部屋で眠っている。

 メグミは既に動けるようになっておりイーリスを見ている。


 そんな具合でとりあえずほとんどの者が休める状態にはなったものの、リンはどうにも休む気になれなかった。


 本当は今すぐにでもベッドに横になりたいところなのだが、

 攫われた人達をウェインに任せきりにしている事もある。


 なにより――


「あー……ステファニアさん、だったよな」


「はい、どうぞ私のことはステフィとお呼び下さい、親しい者は皆そう呼びますわ」


 ゆったりとした動作でカップに口をつける女性、ステファニアの事をはっきりさせたいという思いが強かった。


 ここまでの事を考えれば、悪い奴ではないだろう事はなんとなくわかる。

 だが、兎にも角にも分からない事が多すぎる。

 本人やコルニクスの話を鵜呑みにすれば、セーラの姉で、王女、その上、過去から来たという。


 正直、眉唾物である。

 むしろ意味が分からないと言うのがリンの本音だった。


「……で、こう言っちゃなんだが、何者なんだ? セーラの姉で王女って話だが……」


「その通りですわ」


「その上、千年前から来たですって? そんなバカげた話、誰が信じると思ってんのよ!」


 疲れているのかだいぶご機嫌斜めなルナががなり声を上げる。

 実際ルナの言っている事には同感なのだが、否定するばかりでは話が先に進まない。


「とりあえず、過去から来たってのは置いておくとして、いったいなぜあのタイミングで現れてた?」


 と言っても、リンはステファニアが現れた時、死んでいたので詳しい事は分からない。

 目が覚めたら、ステファニアがカプトを圧倒していた。


 リンの言葉に、ステファニアは頬に手を当て、少し困った様に首を傾げた。


「うーん……そうですわね、私が何故あのタイミングで現れたのか、それを説明するには私、そしてセーラの事をお話しする必要がありますわ、ただ――」


 ステファニアはそう言って、静かに寝息を立てるセーラへと目をやった。

 その瞳に映る深い親愛の情が見て取れた。


 それだけで、リンはなんとなくこの二人が本当に姉妹なんだろうと思えた。


「出来れば、セーラにも聞いて欲しいのです。 申し訳ありませんが、あの子が目を覚ますまで少し待っていただけないでしょうか?」

「待たなくて大丈夫」


 耳に届くその声に、リンとルナは違和感を感じた。

 聞きなれてきた声、だが初めて聞く声だった。


「「セーラ!」」

「「セーラ?」」


 その違和感の正体にリンとルナが同時に気が付いた。


「貴女、喋れるようになったの? そういえばさっきも声を聞いたような気が――」


「え? なにそれ、俺全然聞いてないんだけど」


「二人とも五月蠅い! セーラ大丈夫? 痛いところとかない?」


 事情を理解していない二人を遊里が問答無用の一喝で黙らせる。


「セーラ、無事でよかった――」


 ベッドから身体を起こしたセーラをステファニアが抱きしめた。


「ステフィお姉様――」


 よく分からないが、感動の再会なのだろう、水を差したら悪いと思い、リンは口を閉じ、ルナと遊里に目線だけ合図を送る。

 二人もリンの意図を理解してくれたのか、小さく頷いた。


 少しだけ、二人っきりにしてやった方がいいだろう――


 そう、言葉にせずとも三人の意志が一致した。


「お姉様も、お元気そうで何よりです」


「ええ、私は大丈夫――」

「――とでも言うと思ったのですか?」


(((ん??)))


 そっと部屋から出ようとした三人の耳に届いたのは、想像とは違う、険を含んだセーラの声だった。


「色々と聞かせてもらいます、ステフィお姉さま――」


 地の底から響くような、静かな怒りを含んだセーラの言葉に、ステファニアは笑顔のまま額に冷や汗を浮かべた。

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