第102話 世界の秘密

「断る」


 リンは短くそう答えると、素早く白月に手をかけた。

 遊里とステファニアは素早い動きでセーラを背後に庇った。


「なんでセーラとイーリスさんを狙うの?」


 遊里が厳しい表情を浮かべ、コルニクスに問いかけた。


「え? ああ、それは勘違いだよ。 僕は彼女さえ連れ帰れればいいんだ、他の人に手を出すつもりはないよ」


「貴方が何者であれ、セーラは渡しませんわ!」


 ステファニアの言葉に対して、コルニクスはなにがおかしいのか突然声を上げて笑い声を上げた。


 その態度がステファニアの神経を逆なでるのだが、コルニクスは全く気にした様子を見せない。


「あはは! 君の両親が手も足も出なかった僕を相手に、君如きが何をしようって言うんだい?」


「なに、を言ってますの……」


 ステファニアの表情から怒りの色が消え、困惑に染まる。

 信じられないと言わんばかりに首を左右に振りながらも一歩、また一歩と後ずさる。


「ああ、姿を変えたままだった」


 その言葉の直後、コルニクスの姿が僅かに歪む。

 映像が一瞬だけ乱れる様な光景だったが、次の瞬間、コルニクスは姿だけでなく、顔も背丈すらも変わっていた。


 中性的で整った顔立ちになり、サラサラと靡く金髪と、吸い込まれそうな青い瞳が目を引く。

 身長も160センチ程度で見た目だけでは男女の区別がつかない。


「ッッ! そんな……なん、で……」


 コルニクスの姿を見たステファニアの表情がみるみる青ざめていく。


「千年振りだねステファニア王女様、もっとも君は時間を超えてきたからそれ程でもないのかな?」


 その言葉にステファニアは返事を返す事が出来なかった。

 恐怖に飲まれ、言葉を発する事すら出来なかったのだ。


 そんなステファニアにコルニクスは小さなため息を吐いた。


「まぁいいや、もともと君に用はないしね」


 そう言うとコルニクスはセーラを一瞥すると、リンへと向き直った。


「さて、その子を連れて行く前に、改めて君に一つ質問があるんだ」


 コルニクスの視線を真っ直ぐ受け止めたまま、リンが口を開いた。


「さっきから訳の分からない話な上に、随分と勝手だな」


「まぁなにも知らない君からしたらそうだろうね、そうだね、なら一ついい事を教えてあげるよ」


 コルニクスはそう言って無邪気な笑顔を浮かべ、驚くべき言葉を口にしたーー


「君の力はとても特別だ、僕達もいわゆる寿命と呼ばれるものは無いけれど致命傷を負えば死ぬ。 だけど君は違う、君の意思に関わらず死ぬ事は無い。 どれ程の怪我を負おうといずれは回復するし、仮に消滅しようとも再生する」


「何故お前がそれを知っている」


 ここまでの会話から、コルニクスが自分を監視していた事はおおよそ察しがつく。

 それ故に、不死の事を知られていてもさほどの事は無い。


 だが、不死の力の詳細を知っているというのは無視出来ない。


「残念だが、この力不死はお前の言う特別な力なんかじゃ無い、異能どころか、単なるスキルだよ。 だからスキルの使用を止めれば俺は死ぬと思うぞ」


 リンの言葉は嘘ではない。


 自身の持つスキル【自動蘇生】ーー


 リンが不死身なのはこのスキルの恩恵なのだ。


 スキルは任意に発動を停止する事が出来る。


 そう思っていた。


「あはは! 違う、違うよ、君のその力はスキルとかソフィアとかそんなありきたりな力じゃない。 ソフィアすらまともに使えていないんじゃ、その力を制御する事は絶対に不可能だ。 少なくとも君は絶対に死なないし、死ねないよ」


「スキルじゃない? それにソフィアってなんだ?」


「ああ、君たちで言うところの異能だよ。 とにかく君の力は特別なんだ、それを理解しておいた方がいいよ。 まぁ詳しい事はそこにいる王女様に聞くといい、それより僕から質問だよ」


 そう言うと、コルニクスの表情から笑みが消えた。

 真剣な表情とも違う、感情らしい感情がまるで見えない。

 まるで虫と目を合わせているような、だが、見透かされる様な不気味さを感じる。


「君はどうしていい人を演じているんだい? そうまでして人助けをする理由が知りたいんだ」


 コルニクスの言葉にリンは即答出来ない。


 胸の奥深くに隠し、自分でも見ないフリをしているモノーー


 薄っぺらい偽善なのは自分でよく分かっている。


 そんな痛い所を突かれた故に、リンは言葉が出なかった。


「そんなの貴方には関係ないでしょ! 凛に助けられた人がいるのは事実だもん!」


「リンくんはお節介なのよ、理由なんてないわ」


 それまで黙っていた二人の言葉を聞いてコルニクスは一瞬キョトンとした表情を浮かべ、再びその顔に笑みを貼り付けた。


「そうか……うん、いい事を思いついた。 じゃあこうしよう、今日のところはこのまま退散させてもらうよ。 今の君たち程度ならその気になればいつでも彼女を連れて行けるしね」


「そうかい、ろくでもない事を思いついたんじゃなきゃ良いけどな」


 正直、このままコルニクスと事を構えなくて済むのは願ってもない話だ。

 余程の事でなければ、このままこちらに被害が出ないなら黙ってその申し出を受け入れたいところだ。


「君がその生き方を変えないのなら、今後君は否が応でもこの世界の秘密を知る事になるはずさ、全てを知ったその時、もう一度同じ質問をさせてもらうよ」


「世界の秘密?」


「君がこの先どんな選択をして、どう生きていくのか楽しみにしているよ。 じゃあまたね」


 コルニクスはそれだけ言い残すと、最初からそこにいなかったかの様に忽然と姿を消した。


「くそっ!」


 突然現れ、勿体ぶった物言いでかき乱すだけかき乱して消えてしまったコルニクスに思わず悪態をついてしまう。


 被害ゼロとはいえスッキリしない終わりになった。


 ーーーーーー


「とりあえず、宿に戻ろう。 セーラやイーリスさんもそうだが、メグミさんも心配だ」


「確かにそうだけど、上の人達はどうするの? さっきも言ったけど、魂を失った状態では長く持たないわよ。 逆に言えば魂さえ取り戻せればあの人達を助けられるわ」


 ルナの言いたい事は分かる。


 だが、調べようにも肝心のカプトは既に殺されてしまった。

 魂というのがどういうモノかは分からないが、目に見えて探せるイメージは湧かない。


「具体的なタイムリミットは分からないのか?」


「はっきりとは言えないわ、さっき見た限りじゃ既に結構時間も経ってる、多少の個人差はあるだろうけど、精々持ってあと半日くらいだと思うわ」


「そんなに短いのかよ!」


 手掛かりがほぼゼロの状態で残り半日では、ドールの騎士団に手を借りたとしても、この屋敷を調べるのが精々だろう。


 正直、絶望的と言っていい。


「なにかいい方法はないのか?」


「あったらとっくに教えてるわよ!」


 そんな事はリンにもわかっている。

 だが、それでも聞かずにはいられない程に状況は悪い。


「その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」


 そう声をかけたのはそれまで青い顔をしていたステファニアだった。


 リンは藁にも縋る思いで先程見た光景をそのまま伝える。


「……この周囲に魂は存在しませんわね」


「そんな事を分かるのか?」


「ええ、少なくともこの屋敷とその周辺には存在しませんわ」


 その言葉を信じるならば、状況は最悪と言えた。


 最早打つ手は無いと思われたがーー


「魂が見つからなければ、その方達を助ける事は出来ません、ですが時間稼ぎでしたら可能ですわ」


 ステファニアはそう、はっきりと口にした。

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