第101話 結果オーライ?

 

「……死ぬところだったんですけど?」


 まさかの涙目で非難するルナに、リンは若干、不満げな表情を浮かべる。


「凛、魔法は禁止って言ったよね?」


 背後に般若を背負った遊里に笑顔で、そう言われてしまい、一気に旗色が悪くなる。


 下手な言い訳をすれば鉄拳制裁確定である。


 だが、このまま言われたい放題と言うのは釈然としないリン。

 セーラとイーリスは気を失ったままだが、結果的には全員無事だったのだ。

 

 なにより--


「……あの人がやれと言いました」

わたくし!? むしろ私がいなかったら皆さん死んでましてよ!?」


 そう、例の宝玉はリンの規格外の魔力によって跡形も無く砕け散っていた。

 その結果、吸収していた魔力が放出された。


 本来ならば、圧縮された大量の魔力を制御なしに解放しようものなら、暴走し辺り一帯を吹き飛ばしてしまう。


 当然、近距離で巻き込まれれば無事では済まない。


 だが、ステファニアが暴走した魔力を制御、再圧縮した結果、魔力の暴走は起こらず、その場にいたリン達は無事にすんだのだ。


「それは感謝してるわ、それ以前に貴女がいなかったらどうなっていたか分からないし」


 ルナの視線が気を失い倒れているカプトへと向けられた。

 ステファニアが暴走を止めたとはいえ、宝玉が超至近距離で砕けたのだ、相応のダメージはあったようだ。

 むしろ、死んでいてもおかしくなかった。


「まぁ何にせよ、全員無事だったんだ。 それで充分だろ?」


 場の雰囲気が変わったのを見計らって、リンは話題を逸らす。


「胸に風穴開けられたら普通は死んでますわ」

「そうだよ!? 凛なんで平気なの!?」


 逸らしたつもりが藪蛇も良いところだった。


 遊里にはいずれ話すつもりだったが、見られてしまったからにはこれ以上話さない訳にはいかないだろう。

 だが、このステファニアという女性にまで話すかは悩むところだ。


「まぁその件については後々話すわ、今は他に優先する事があるでしょ?」


 難しい顔をしているリンを見兼ねてルナが助け舟を出してくれた。

 二人に見えないよう、ルナに親指を立てて感謝を伝えると、ルナは呆れたように小さくため息をついていた。


「それもそうだね、詳しい事は後で、聞かせて貰うよ」


 じっくりの部分だけいやに力が篭っていた。

 リンの自業自得とは言え、なんとも気が滅入る話だった。


「--っぐ……」


「あら、どうやらお目覚めのようですわね」


 ステファニアの言葉通り、カプトは小さな呻き声を漏らすと薄く目を開いた。


「ここは……ああ、そういえばそうでしたね」


 倒れたまま周囲に目をやると、納得したようにそう呟いた。

 抵抗しないよう、ステファニアが魔力の縄で拘束してくれていたが、暴れる様子はない。


「そういう事だ、色々と聞かせて貰うぞ」


「構いませんよ、宝玉が壊れた今、私に抵抗する力などありませんからね」


「それは困るなぁ」


 その声が聞こえた瞬間、カプトの首が落ちた。


 一瞬の出来事だった。

 その場の誰一人として気配を感じる事もなく、視界に入って初めてその存在を認識した。


「お前はっ……」


 見覚えのある人物--

 テリーの部下であり、警邏隊長を名乗っていた男だった。


 だが、纏う気配がまるで違った。


 外見は初めて会った時と全く変わらない。

 だが、纏う気配が完全に別人であった。


 その上、リンに動揺をもたらす事が二つある。

 一つは、初めて会ったその時は見えていた名前などの情報が見えない、正確には文字化けしたような、意味の無い文字の羅列しか確認出来ない。


 更に、目の前にいるにも関わらず、マップに表示されないのだ。


 正確な使い方を知らないとは言え、こんな事はこれまで一度も無かった。


 突然現れ、重要な情報源を殺された事も相まって、思考が追いつかない。


 そんなリンに対して男が口を開いた。


「ああ、そんな警戒しなくていいよ、君たちをどうこうするつもりはないからさ」


「たった今、その男を殺した奴に言われてもな」


 笑顔を浮かべ、明るい口調はまるで別人だった。

 こちらが本来の姿なのかもしれないが、違和感を禁じ得ない。


「あ! ごめんね、余計な事喋られると僕が怒られるからさ、本当は君と接触した時点で消すよう言われてたんだけどね」


 その発言から、この男が一蓮の黒幕と繋がっているのはほぼ間違いない。


 だが、リンの頭の中は既に一つの事しか考えていなかった。


 如何にこの場を離脱するか、それだけだった。

 捕まえたり話を聞き出すなどという選択肢は存在しない。


 それ程までに、目の前の男が危険であると本能的に感じていたのだ。


「逃げる前に少し話そうよ、その為に姿を見せたんだからさ」


 見透かされている、その事実にリンの焦りは益々大きくなる。


「そうね、折角なら色々教えてもらおうかしら?」


 焦るリンとは対照的に、ルナは冷静だった。


『リンくん、コイツの言葉に嘘は無いわね、じゃなきゃ今頃私たちは全滅してる』


 念話テレパシーでルナはそう言った。

 実際、ルナは冷静を装っていたが、内心はリンに負けず劣らず焦っていった。


 ルナもリンと同じように理屈抜きで感じるのだ。

 目の前の男が危険だと--


「そうそう、話すだけさ、確かに僕は気まぐれだけど、今日のところは手を出さないよ? そう命令されてるからね」


 念話すら筒抜けという事に、ルナとリンはかえって冷静さを取り戻し始めた。

 いっそ開きなおったとも言える。


「そうかい、なら手短に頼みたいな」


「つれないなぁ、まぁいいけどね。 僕のことはコルニクスとでも呼んでよ、きっと僕の名前が困るだろうからさ」


 その言葉にリンの心臓が大きく跳ねた。

 スキルの事を知っている。

 でなければ出るはずのない言葉だったからだ。


「言っている意味がよく分からないな」


 この男はワザとこちらが動揺する様に話している。

 話がしたいと言っているが、実際のところ目的もわからない。


「そんなに警戒されたら話がしづらいね。 まぁいいや、今日僕が君達の前に姿を見せたのは理由があってね、話がしてみたいと言うのは本当だけど、本題はそっちだよ」


 そう言ってコルニクスは紙の束を差し出した。


「とりあえず、ここまで頑張った君達にご褒美--と言うか、お詫びかな? この男を殺しちゃったからね」


 差し出された紙の束、そこに記されていたのはくだんの違法奴隷に関する内容だった。

 ざっと目を通しただけでも、奴隷の販売先や、金の動きなど、欲しい情報が詳細に記されていた。


「それをどう使うかは任せるよ」


「こんな物を渡すくらいだ、ルフィアの貴族は用済みって事か」


 そうとしか考えられない。

 でなければ、わざわざこんな物を渡す理由が無い。

 と言う事は、黒幕他にいるということになる。


「さぁ? 聞かされてないから詳しい事は分からないよ」


 クスクスとこちらを嘲笑うかのような笑みを浮かべる。


「凛、この人なんか変……私にも嘘かどうか全然分からない」


 遊里もコルニクスの不気味さを感じ取ったのか、不安そうな表情を浮かべている。


「さて、それじゃ渡すモノも渡したし、そこの彼女を渡してくれないか?」


 コルニクスはそう言ってセーラへと視線を向けた。

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