第100話 どうやって?
思い出した--
自分と遊里を庇い、血を流すリンの姿--
「逃げろ」と、己を顧みず私達を案ずる姿が--
心を--
記憶を--
抉った。
『セーラ! ここにいてはダメだ! 逃げなさい!』
血を流しながらも、私を庇い、押し寄せる魔物と斬り結ぶのはお父様--
『ステファニア! 私が門を開きます! 逃げなさい! 決してセーラをあの者達に渡してはなりません!』
そう、私はお母様の魔術で時を渡ってきた--
『
私はステフィお姉様と共に千年の時を越える筈だった。
でも、お母様の魔法は不完全な状態で発動してしまった。
私が最後に見た光景--
それは、お母様を庇い、血の海に沈むお父様--そして私とお姉様を逃す為に魔物の攻撃に貫かれて尚、魔法を発動するお母様の姿だった。
そして私はお姉様と一緒に時の狭間を漂う事になった。
それは不完全な魔法の代償、光も音も無い虚無の空間と訳の分からないうちに両親を失った私の心は、すぐに悲鳴を上げた。
その後の事はぼんやりとしか覚えていない。
むしろ記憶する事など無かった。
気がつけばお姉様は消え、私は本当にひとりぼっちになっていた。
次の記憶は見知らぬ平原で目を覚ましたところからだ。
私は全てを失った。
お父様、お母様、お姉様に、家も国も声も記憶も、居場所すら、何もかも失った。
でも、そんな私に手を差し伸べてくれた人がいた。
私に居場所をくれた。
失ったはずの心を蘇らせてくれた。
なのに--
また私は失う事になるの?
守られるばかりの自分が情けなくて許せない。
助けて!
誰か、誰でもいい!
私はどうなってもいい!
私の命で良いなら差し出してもいい!
だから--
『--ラ!』
懐かしい声が頭の中に響いた。
強くて優しかったステフィお姉様の声--
『
ああ--
お姉様は消えて無かった--
今、この時、はっきりと理解した!
理由は分からない、だけどお姉様はすぐ側にいる!
「助けて-- 助けて! ステフィお姉様!!」
その瞬間、私の中から何かが解き放たれたのを感じながら私の意識は途切れた--
------
「間一髪、間に合いましたわね!」
突然、現れた女性はそう言うと指をパチンと鳴らした。
すると遊里を守ったものと同じ青い半透明の結界がセーラを包む。
「感謝しますわユーリ」
そう言うと再び指を鳴らす。
次の瞬間には遊里の脚の傷は綺麗に消えてしまう。
「貴女はいったい……」
突然現れた女性に、遊里は理解が追いつかない。
死を覚悟していた事もあり、呆然としてしまう。
「
それまでの慈しみに溢れた笑顔からは打って変わり、射抜くかの如き鋭い視線をカプトへと向けた。
「よくも
背筋を伸ばし、真っ直ぐカプトを見据えるその姿には気遅れなど微塵も感じられない。
「ちょっと貴女! よくわかんないけど味方って事でいいのね?! なら言っておくけどあの男の持つ魔導具は--」
ルナも突然現れた彼女に多少、戸惑いはしたものの、彼女の様子と言葉から事情は分からずとも状況は理解した。
故に共闘する事になるならカプトの持つ宝玉について教えておくべきだと思ったのだが--
「ええ、理解しておりますわ。 ですがなにも問題ありません、あんなもの、
あの宝玉を知っていて尚、余裕の態度を崩さない彼女にルナは驚いた。
だが、そんな彼女の言葉と態度がカプトの怒りに触れた。
「ガラクタとは言ってくれますねっ!! ハイエルフの叡智を読み解き、作り上げた宝玉をガラクタ呼ばわりするとは!!」
先ほどまでの余裕が嘘のように激昂するカプトに対し、ステファニアは嘲笑とも言える笑みを浮かべた。
「本当に愚かですわね、そんなガラクタが
そう言うと、ステファニアは再び指を鳴らす。
それだけで彼女の周囲に数十にも及ぶ魔法陣が展開する。
「射抜きなさい!『
その
彼女の周囲に浮かぶ魔法陣から一斉に放たれた氷の矢がカプトを射抜かんと襲いかかった。
「無駄です! この宝玉はあらゆる攻撃を全て吸収します!」
カプトの言葉通り、放たれた無数の氷の矢は吸収され消滅する。
しかし、ステファニアは余裕の笑みを浮かべ、決して攻撃の手を緩めない。
それどころか放たれる矢の勢いは増すばかりだった。
「余裕ですわね? それより、せっかく吸収しているのですから反撃されてはいかがですか?」
「……」
ステファニアの挑発とも言える言葉にカプトは一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「できませんの? 吸収と放出、同時にその程度の事も出来ないからガラクタなんですわ」
口元を隠しながらクスクスと嘲笑を溢し、余裕の態度を崩さないステファニアに対し、カプトはそれまでの態度を一変させ、表情から余裕が無くなっていく。
「い、いったい貴女は何者ですか! そのバケモノじみた魔力と魔法は--」
「あら? 先ほど申し上げました通りですわ。
ステファニアの魔法陣が更に輝きを増す--
放たれる矢は更に勢いを増し、さながら打ち付ける豪雨となってカプトに襲いかかる。
その光景を遊里とルナは手を出していいのか分からず、ただ呆然と眺めていた。
その時--
「っと……あー……なにこれ、どういう状況?」
「凛?!」
「リンくん!」
リンはゆっくりと立ち上がると、周囲を確認してから自分の身体を確認する。
問題無いだろうとは思っているが、仮にも死んだ身なのでなんとなく確認せずにはいられなかった。
「とりあえず全員無事みたいだな……何で逃げてないのか、あれが誰なのか、色々と疑問はあるけどな」
リンはそう言ってステファニアに目を向けると、驚いたようにこちらを見ている彼女と目が合った。
「ステファニア・シルベストル? セーラの家族か?」
ステファニアは少し考える素振りを見せつつ、口を開いた。
「色々と疑問もありますが、それはお互い様でしょうし、とりあえず手伝ってくださるかしら?」
確かにお互い疑問はある。
だが、迷っている暇はなさそうだった。
「まぁ、
「簡単な事ですわ、全力で魔法を放ってくれれば結構です」
確かに簡単な事だった。
リンの右手に魔力を集中する。
一瞬にして周囲に魔力の風が吹き荒び始める。
「ちょ! ちょっと待ちなさい! リンくん!」
想像を遥かに超えたリンの魔力に、ステファニアが焦りの悲鳴を上げた。
「なんっ! ちょっと冗談キツすぎますわ!」
爆発的に高まる魔力が暴風の如き勢いで暴れ回る。
その中心に立つリンが右手を掲げると、高められた魔力が熱を帯び、真っ白に燃え上がる巨大な劫火の槍が姿を現した。
カプトは混乱と恐怖で言葉を失ってしまった。
何故、殺した筈のリンが平然と立ち上がっているのか?
あの馬鹿げた魔力はなんなのか。
なにより既に宝玉は限界近くまで魔力を吸収している。
この後あの魔力が自分に向けて放たれれば、間違いなく許容量を超えて砕け散るか、吸収した魔力が周囲を吹き飛ばす可能性すらあった。
「ストップ! ストップよリンくん!」
ルナが慌てて止めに入る。
だが、時すでに遅し--
リンの口から発せられた言葉に、ステファニアが凍りついた。
「え、どうやって?」
「バカーーーー!!」
ルナの絶叫が地下室に木霊するのと同時に、眩い光が包み込んだ--
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