第99話 見知らぬ--
びちゃ--
機械の駆動音が響く地下室で、その音はやけに明瞭に遊里の耳に届いた。
倒れ込んだリンは微動だにしない。
胸に開いた穴は誰が見ても致命傷だった。
事情を知らない者がその光景を見れば、誰もがリンの死を疑わないだろう。
セーラは目の前の光景に顔を真っ青にして声も出ない。
だが、遊里はその事実を受け入れる事ができない。
フラフラとリンに近寄るとリンの身体を揺する。
「ねぇ、起きて……起きてよ」
まるで眠りから起こすかの様に倒れたその身を揺する。
リンに触れたその手が血で真っ赤に染まるのも構わず、そう声をかけ続けた。
「ヤダ……ヤダよ……」
こみ上げる涙に視界がぼやける。
その事実を受け入れられない、受け入れたくない。
だが、頭が、心が、涙を止める事を許さない。
「ちょっと! 早いわよ!」
泣き崩れる遊里に場違いな声が届いた。
パタパタと小さな羽根を動かし、ルナが姿を現した。
「え? ちょ! なん、なにが起きてんの?!」
胸に穴を開け、血塗れで倒れるリンを見てルナが驚愕の声を上げた。
「おやぁ? そこにいるのは例の竜族ですねぇ、と言う事はそこで死んでいるのはひょっとして--」
カプトの言葉に遊里の肩が僅かに跳ねた。
「噂の英雄様じゃないですか! ははははは! これは良い! 彼とは接触するなと言われていましたが、死んでしまえば関係ないでしょう!」
相変わらずカプトはなにがおかしいのかけらけらと愉快そうにしている。
だがそんな態度が、悲嘆の底に沈んでいた遊里の心に蠢く
「……さない」
膝をつき、床に伏せていた遊里が静かに立ち上がる。
「仲間を庇って死ぬとは実に英雄様らしいですねぇ!」
「うざったいのよあんた!」
ルナがイラついた様に火弾を放つ。
だが、先ほどの光景を見ていないルナにはそれが全くの無意味である事を知らない。
案の定、ルナの放った火弾はカプトの手前で音もなく消失する。
「っち!」
だが、ルナは自らの攻撃が防がれた事に動揺する事はなかった。
自らの攻撃が大した威力ではない為、結界の一つでもあれば容易に防げる事を理解していた。
(やっぱり
リンが生きてさえいれば元の姿に戻れたが、リンが死んでいる今、それも難しい。
「ああああああ!!」
ルナがどうにか状況を打破すべく考えを巡らしていると、唐突に遊里の叫び声が地下室に響き渡る。
直後に立て続けに魔導銃の乾いた発砲音が響き渡った。
「よくもっ……許さない!!」
遊里の放った銃撃がカプトへ襲いかかる。
先ほどの様に宝玉を狙ったものではない。
頭、首、心臓、腹、腰、全てが一発でも命中すれば致命傷となりうる箇所を狙い撃たれた。
だが、命を刈り取らんとする攻撃の全てが宝玉の力によって音もなく消滅してしまう。
「無駄だと言ったでしょう? 貴女の攻撃が私に届く事はありません!」
余裕の態度を崩す事なく、カプトが再び遊里へと手をかざす--
「銃がダメならっ!!」
遊里は一瞬にして間合いを詰めると、体重を乗せた拳を突き出した。
本来ならば、岩をも砕くであろう一撃--
生半可な防御など諸共吹き飛ばす威力を持った一撃だった。
ルナの火弾、遊里の魔導銃、それらの攻撃と異なる物理的な攻撃だった。
だが--
その攻撃がカプトに届く事はなかった。
経験したことのない未知の感触を持つ壁に攻撃の全てが吸収されてしまった。
「あはははは! ですから! この宝玉は
カプトは勝ち誇ったかの様に一際大きな笑い声を上げた。
「はぁ?! なによそれ! 反則すぎるでしょ!」
ルナは自分の攻撃を防いだのが、単なる結界ではなかった事に驚きと焦りの声を上げた。
「なら、無効化出来ないくらい攻撃するまでよ!!」
遊里が再び魔導銃の引き金を引いた。
乱射とも言える無数の銃弾は、その全てが宝玉によって吸収されてしまう。
確かに装弾数という制限が無い魔導銃はリロードを必要としない。
だが、弾丸自体が無限かと言えば、そういう訳にはいかない。
遊里の魔力によって作り出されている以上、当然、遊里自身の魔力は消耗するのだ。
「くぅ……」
「無茶はやめなさいユーリ!」
遊里の表情が苦悶に染まる。
暴走し、自身の限界を超えて魔力を消費しようとする遊里にルナが止めに入る。
『落ち着きなさい! リンくんなら大丈夫よ、じきに回復する、とにかく冷静になりなさい!』
カプトに聞かれぬよう
ルナの中では既に撤退する考えで固まっていた。
反則級の魔導具でこちらの攻撃を完全に防ぎ、リンすら一撃で殺す程の攻撃手段を持つ相手にこれ以上、無策で挑むのは無謀以外の何物でも無いと考えたからだった。
『今はリンくんが回復するまで時間を稼ぎつつ、全員で脱出するわよ! それすら圧倒的にこっちが不利なんだから、現状一番の戦力が
その言葉で遊里はようやくセーラの存在が意識から消えていた事を自覚した。
自分が守るべき彼女を放って無謀な策に出ていた事に気がつき、一気に頭が冷える。
なにより『リンは生きている』そのことが遊里に冷静さを取り戻させた。
「……ごめんなさい」
そう一言、ルナに言うと遊里はカプトへと意識を集中する。
そのままゆっくりとセーラの元へ移動すると、彼女を守るべく、背で庇った。
「ごめんセーラ、大丈夫、絶対守ってみせるから」
そうセーラに言葉をかけた遊里だったが、そこで異常に気がついた。
「あ……あぁぁ-- いや……ダメ……お父様、お母様」
セーラの目に光は無く、うわ言を繰り返している。
明らかに様子がおかしいセーラに遊里は再び声を掛けようとしたのだが--
「ユーリ! 避けなさい!」
ルナの声に、遊里はセーラを抱えてその場から飛び退く。
「くっ……!」
「ダメですねぇ、よそ見なんかしていたらー」
直撃は免れたものの、反応が遅れた結果カプトの攻撃が遊里の右足を掠める。
ダメージ自体は大したものではな。
だが、もともとギリギリ回避出来る攻撃、右足のダメージは致命的だった。
その隙を見逃すまいと、カプトが手をかざす--
「セーラ!」
遊里は攻撃に巻き込まんとセーラを突き飛ばす。
その時、セーラと目が合った--
その目に映るのは深い悲しみと、恐怖--
手を伸ばし、何かを叫ぶが、その時遊里の視線はリンに向けられていた。
(ごめん、凛--)
遊里は目を閉じ、最後の瞬間を覚悟した。
(----………?)
だが、不思議と痛みは無い。
いや、足に負った傷の痛みは感じる、だが、訪れるであろう死の衝撃が一向に訪れない。
不思議に思い、ゆっくりと目を開くと、遊里を取り囲む、青く輝く半透明な結界が目に入った。
「間一髪、間に合いましたわね」
聞き覚えの無い、女性の声に遊里が視線を向けると、そこにはやはり見覚えの無い女性が立っていた。
セーラと同じ、長く美しいエメラルドグリーンの髪と特徴的な耳、そして同性の遊里であっても思わず見惚れる程の美しい女性だった。
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