第98話 宝玉

「ここだ!」


 マップを確認し、場所を特定したリンは遠慮無しに二階の窓を蹴破り、中へと飛び込んだ。


「無駄に広そうだな、とりあえずルナは二階を探してくれ! 俺はマップで探せないか集中する」


 マップの範囲を狭めると、建物の見取り図の様になった。

 フロア毎に切り替えも出来たお陰でリンはあっさりと地下室への隠し階段を発見した。


「ルナ! 見つけたぞ! 一階に地下室の階段が--」

「リンくん!! ちょっと来て!」


 ルナを呼び戻し、遊里達の元に急ごうと思ったリンだったが、ひとまずルナのいる部屋に移動する。


 そこでリンはとんでもないものを目にすることになった。


「なっ----」


 あまりにも異常な光景にリンは思わず絶句した。


 広々とした部屋の床--


 そこに無造作に寝かされた人、人、人--


 布団やベッドなどが置かれている訳では無い、本当にただ雑然とと表現するしかない光景はリンの思考を一瞬止めるには充分過ぎるものだった。


 ルナが部屋の中をゆっくりと飛びながら寝かされた人達を見て回ると、顔を顰めながらリンの元に戻った。


「これ相当ヤバイわよ」


 ルナはどこか焦った様にそう言った。

 リンはゆっくり息を吸い込むと気持ちを落ち着かせながらルナに尋ねる。


「俺の目には既に充分ヤバイ様に見えるんだが、そういう意味じゃないんだよな?」


「ええ、ここにいる人達は全員、わ」


 ここにいる人達が半分死んでる、では無く、全員が半分死んでいる--


「意味がわかんないぞ、分かるように言ってくれ」


 死んでいる、でも、瀕死、でもない。

 半分死んでいるという言い回しに、なにか特殊な状態だという事までは理解できる。


 だが、肝心の部分が分からなかった。


「わかりやすく言えば魂が無いのよ」


 ルナの話では生物は一部の例外を除いて、フィジカル体と精神アストラル体で構成されていて(厳密にはもっと細かいらしいが)魂を守っているらしい。

 そしてこれらは密接に繋がっており、仮に肉体もしくは精神体のどちらかでも大きく損傷、破壊されると魂を留めておく事が出来なくなる。

 結果、生物は死に至るのだそうだ。


 逆に言えば、この二つが健在であれば魂は安全であり、魂が無くなる事などあり得ない。


「だけど、ここにいる人達はその魂だけが存在しない、これは異常な事よ」


 肉体も精神体も無傷なのに魂だけが存在しない。


「絶対有り得ない事なのか?」


「絶対、とは言えないわ、極々稀に起きることもあるし、中にはそういう事が出来る化物もいるけど……」


「これだけの人がこうなるのはあり得ないって事か」


 だが、現にこうして起こっている以上、原因は必ず存在する。


「なら、その原因を作り出した奴に話を聞けばいい、俺達がここで頭を悩ませるのは時間の無駄だろ」


「そうね……確かにそれが一番早いでしょうね、でも一つだけ言っておくわ」


 肉体と精神体、そして魂は密接に繋がっている。

 どれか一つでも欠ければ、それはすなわち死を意味する。


「魂を失った器は長くは持たないわ」


 ------


 どこまでも続く闇--


 いや、もしかしたらすぐそこに果てがあるのかもしれない--


 だが、一切の光が存在しないこの場所でそんな事は何の意味も無い。


 これはそんな記憶と呼べない虚無の記憶--


 己の存在すらも希薄になりそうな絶対的な闇の中で、セーラはひたすら自分という存在を守ろうと必死に己の膝を抱えていた。


 いつからこうしているのかなど最早覚えていない。


 気が狂う程の孤独に、セーラの心は限界をとうに超えていた。


 声も感情も思い出も、全てを凍り付かせ、ただひたすらにその時を待ち続ける--


『セーラ……ごめんなさい……わたくしが未熟なばっかりに……もうすぐ、もうすぐだから……』


 もはや、誰の声かも思い出せない、だがどこか懐かしく温かいその声に耳を傾けながら、セーラはその時を待ち続ける事しか出来なかった。


 ------


 頬に触れたなにが彼女の意識を覚醒させる。

 無意識の内に頬に手をやると、そこで初めてセーラは自分が涙を流していた事に気がついた。


 まだぼんやりとする意識の中でセーラは当たりを見回す。


 見覚えの無い場所、そして無数の巨大な機械が目に入る。

 自分が横になっている事に気がつき、身体を起こそうとして、横にいるイーリスに気がついた。


 その姿を見てようやく自分の身に起きたことを思い出した。


 一度聞いたら忘れそうも無い不快な声が聞こえたかと思えば、強烈な倦怠感に襲われ、あっという間に身体の自由を奪われた。


 セーラは慌ててイーリスの肩を揺する。

 だが、一向に目を覚ます気配は無い。

 息はあるので死んではいないようだが、顔色は悪い。


 セーラはもう一度周囲を見回し、あの男がいない事を確認する。

 姿が見えない事に小さく安堵の息を漏らすと、自分がするべきことを考え始めた。


(逃げる、しかないけど、私じゃイーリスさんを抱えるなんて出来な--?」


 頭を悩ませていると、それまで周囲の機械の駆動音に混じり、人の声が聞こえた気がした。

 セーラが耳を澄まし、周囲の騒音に紛れる声に集中すると--


「…………!」


「……」


 やはり、人の声が聞こえる。

 それも複数の声が聞こえてくる。


 物陰に隠れながら声の方に近づいたセーラはそこにいた人物を見て思わず息を飲んだ。


 必死の形相でカプトが放つ光線を紙一重で避け続ける姿だった。


 ------


「ふむ、驚きましたよ。 これだけ躱せるとは思いませんでした。 しかも貴女はただ躱している訳じゃない、私の攻撃を先読みしている」


 数十発にも及ぶ光線を避けられたにも関わらず、何故かカプトは嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「そう思うなら諦めてくれたら嬉しいんだけど?」


 強がってはみたものの、正直限界が近かった。


 攻撃は躱せるが、超高速で放たれる光線を避け続けるのはかなりの体力を消耗する。

 異能の全開使用がここまで体力を消耗するという事を遊里は知らなかったのだ。


(ヤバイなぁ……足にきてる、少しでも時間を稼ぎたいところなんだけど……)


 そう思った直後再び攻撃の兆候を感じ、その場から後方に飛び退く。

 更に続けざまに放たれる光線を身体を捻り躱したところで足が縺れ、バランスを崩してしまった。


「ヤバっ……!」


 避けられない! 遊里がそう感じた瞬間、飛び出してきた何かに突き飛ばされ、諸共地面に倒れ込んでしまう。

 直後光線が頬を掠めた。


「おやおやおやぁ? 驚きましたねぇ、もう意識が戻ったのですかぁ?」


 カプトの言葉に遊里は腰にしがみつく、自分を突き飛ばした者の正体を見て驚きの声を上げた。


「セーラ?!」

「ユーリさん大丈夫?」


 セーラが心配そうに遊里の顔を覗き込んだ。

 驚きのあまり、言葉が出ない遊里だったが、直後に感じた寒気にセーラを抱き抱えたまま地面を転がった。


「っく!」


 なおも止まぬカプトの猛攻に遊里はセーラを守る為、手にした魔導銃の引き金に指を掛ける--


 狙うのはカプトの持つ謎の水晶--


 外せば致命的な隙が出来る、次の攻撃を躱す事は出来ない。

 全神経を集中し、引き金を引いた。


 放たれた弾丸は寸分の狂いも無く、カプトの持つ水晶を捉えていた。


 当たる、そう確信した遊里だったが、次の瞬間、信じられない事が起きた。


 真っ直ぐに放たれた弾丸はカプトの持つ水晶の手前で、音もなく消滅してしまったのだ。


「え?」


 思わずそう声が溢れた遊里にカプトは心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「あはははは! 成功です! 素晴らしい!」


 なにが起きたのか分からない遊里にカプトは顔を覆い愉快で堪らないといった様子で笑い声を上げる。


「これこそこの宝玉の真の力! あらゆる攻撃を無力化し、魔力として吸収する魔導具! 私が作り出した最高傑作なのですよ!」


 まるで悪戯が成功したかのように無邪気な笑みを浮かべるカプトとは対照的に遊里は絶望的な表情を浮かべていた。


 だが、それも当然の事だろう。

 あらゆる攻撃を無力化するという事は、こちらの攻撃が一切通用しないという事なのだから。


「驚きましたか?! 驚きますよねぇ! これはかつて存在したと言われる伝説の種族、ハイエルフの叡智を読み解き、復元した魔導具なのですよ!」


 ハイエルフ--


 セーラと同じ種族であり、千年前に滅んだとされている。

 他種族とは隔絶たる魔力を有していたと言われ、現代では複製はおろか修繕すら不可能な技術で作られた魔導具はこのハイエルフの技術だと言われている。


「さて、実験も成功しました。 もう貴女に用はありません」


 カプトはそう言うと、再び宝玉を遊里に翳し、躊躇うこと無く、一発の光線を放った。


 躱せない--


 そう確信した遊里は、とっさにセーラを背で庇うように抱きしめ、目を強く閉じた。


「遊里!!」


 直撃を覚悟した瞬間、遊里の耳に届いた声--


 訪れる筈の、痛みも衝撃も無い--


 遊里は恐る恐る目を開き、ゆっくりと振り返った。


「ごほッ!」


 苦しそうに咽せ、口から血を流すリン--


 胸に開いた拳ほどの穴には、はっきりと向こう側の景色が映し出されている。


「え? え……?」


 目の前の光景が理解出来ず、遊里は思考を停止させた。


 だが、その光景を理解しようとしない遊里に、咽せ返る血の匂いが現実を突きつける。


「逃げろ……」


 リンは掠れる声でそう一言だけ告げると、自らが作った血の海に沈んだ。

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