第97話 息止めるのツライから!
それは一瞬の事だった。
「お邪魔しますよぉ」
男がそう言って、手に持った妙な水晶をかざすと急激に身体の力が抜け、立っている事が出来ず膝をついた。
「それではお二人は頂いて行きますねぇ」
そう言うと、カプトは魔法でも使ったのか、浮かび上がったセーラとイーリスを連れ去ってしまった。
「ま、待ちなさいよ!」
苦しげな声だけが虚しく響いた。
「うー……」
未だに力は入らないものの、辛うじて立ち上がると逃げて行ったテラスへと目を向けた。
「追いかけなきゃ……」
フラつく足取りでテラスへ近づこうとすると--
「ユーリさん、ダメだ、一人で行くのは危険過ぎる」
背後からかけられた声はメグミのものだった。
だが辛うじて意識がある程度で、ルナに至っては完全に気を失っているようだった。
「メグミさん! 私はあの男を追います! 凛が戻ったらそう伝えて下さい!」
危険は承知の上で遊里はカプトを追いかける。
リンがいつ戻るか分からない以上、待っている事は出来なかった。
遊里はメグミの返事も聞かずに、テラスから外へと飛び出す。
既にカプトの姿は見えないが、遊里に迷いはなかった。
己の感覚に全てを託し、走り出す。
理由などない、だが、確信を持って追いかける。
右に左に、夜の街を走る。
初めは疲労感で足が重たかったが、時間が経つにつれ、徐々に疲労感も薄れ、気がつけば普段と変わらない速度で走っていた。
どこに行くのか分からないが、迷いなく走れる、そんな不思議な感覚のまま気がつけば、見覚えのない建物の前で足が止まった。
屋敷と言うには大きすぎるが、一般的な住居と比べると豪邸と言っても差し支えないサイズの建物だ。
「うん、ここだ」
遊里は躊躇う事なくドアノブを回す。
鍵などは掛かって無いようで、すんなりと扉が開く。
「良かった、最悪壊さなきゃいけないところだった」
遊里はそう独り言を呟くと周囲を警戒しつつ、足を踏み入れる。
建物内に人の気配は無い。
それどころその広さに対して驚く程物が少なかった。
エントランスで既に感じる生活感のなさに、えも言われぬ不気味さがあった。
だが、今はそんな事を気にしている場合では無いと自分に言い聞かせ、建物の中を探索し始めた。
ここでも直感を頼りに一階から探索を始める。
片っ端から部屋を調べていくが、どの部屋もまともな家具すら見当たらない。
もはや空き家と言われても納得する程だった。
だが、遊里に迷いは無い。
ここにセーラ達はいると確信していた。
そうして探索を続けた遊里は怪しい部屋を発見した。
それまでの部屋とは違い、机や本棚、ソファーにベッドなど多くの家具や調度品が置かれていた。
「この部屋、まだ暖かい……小説とかなら隠し部屋があるか、あるいは--」
部屋の隅々まで入念に調べる。
そして遊里は不自然な部屋の一角に目が止まった。
その一角だけアンバランスな程何も置かれていない。
「ここだけ何も置かれてないって事は……」
四つ足をついて丹念に調べると、見つかったそれは地下への隠し階段だった。
幸い、妙な仕掛けなど無く、あっさりと開いてくれた。
遊里は小さく喉を鳴らすと恐る恐る地下への階段を降りる。
足元を照らす程度の灯りはあるものの、地下へと続く階段は途中途中折り返す為、どこまで降りるのか分からない造りになっていた。
どこまでも続くのでは無いかと、少しばかり不安になりながら何度目かの折り返しでようやく階段が終わり、一枚の扉が姿を現した。
地下室の入り口と思わしき扉を開くと、それまでの薄暗さが一転して強い光が漏れ出す。
一瞬のホワイトアウトのあと目に飛び込んできたのは、地下とは思えない程に広い空間だった。
見たこともない巨大な機械があちこちに設置されており、低い唸り声を上げている。
そんな巨大な地下室の奥に動く人影を見つけた。
その人影はこちらに気がついたのか、振り返ると少し驚いた表情を浮かべた。
「おやおやぁ? これはこれは、まさかここが見つかるとは驚きましたねぇ」
そう言うと、カプトはなにがおかしいのかヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべた。
さっきと同じ手を使われれば再び行動不能に陥る可能性もある。
一応対策は考えているが、ぶっつけ本番は出来れば避けたい。
遊里は腰のホルスターから魔導銃を素早く抜くとカプトにその銃口を向けた。
「動かないで!」
銃口を向けられてもカプトは表情を変えずに平然と機械を弄り始めた。
「ッ! 動かないでって言って--」
「どうぞどうぞ、撃ちたければご自由にどうぞ? まぁ無駄ですがねぇ」
カプトはそう言って懐から見覚えのある水晶を取り出した。
その瞬間、遊里の全身に緊張が走る。
このままでは先ほどと同じ様に意識を奪われる--
そう思い、遊里は引き金に掛けた指に力を込めようとしたが、出来なかった。
目の前にいるのが人であるという事実に、引き金を引く事を躊躇わせる。
「撃たないのですか? 折角この宝玉の真の力をお見せ出来ると思ったのに残念ですねぇ、まぁいいでしょう」
カプトはそう言って手にした水晶を遊里にかざした。
「ッッ!」
先ほど宿で受けた奇襲と同じ、強烈な脱力感が遊里を襲う。
「あはははは! どうですか? 魔力を強制的に奪われるのは?」
やっぱりそうか--
遊里は自身の推測が正しかったと納得した。
初めてこの攻撃を受けた時はなにがなんだか分からなかったが、後から考えるとそう言った類の攻撃なのだろうとは思っていた。
イーリスが先日リンに注告していた、魔力の過剰使用は危険だと、場合によっては意識を失ったり死ぬ事もあると--
だから遊里はもしもう一度同じ攻撃を受けた場合どうすれば良いか考えた。
要は吸い取られなければいい--
単純だが、間違いようの無い答えだった。
「くぅ……ふぅぅ……んッ!!」
全身から引っ張り出される魔力を身体に留める。
魔力をコントロールする技術も知識も無い遊里には本来不可能な芸当の筈だった。
だが、強制的に吸い取られる、という状態が逆に自身の魔力を明確に感じられる結果に繋がり、強引に魔力制御の感覚を掴んでしまったのだ。
「んんんんッッ!!」
「はいぃ? なんですその無茶苦茶な魔力制御は!」
初めてカプトが本当の意味で驚愕の表情を浮かべる。
それもそのはずで、生半可な魔力制御では防げない事は事前の実験で分かっていた。
それをいとも簡単に防がれたのだから驚くのも無理は無かった。
「息止めるの辛いから何回もしたく無いけどね!」
遊里は口ではそう言ったものの、内心では上手く凌げた事に安堵していた。
「意味が分かりませんねぇ、まぁいいです、改良の余地がある事がわかっただけでも収穫としましょう」
「さ、貴方の自慢の宝玉とやらも私には効かない事が分かったところで二人を返してもらおうかしら!」
遊里がそう高らかに宣言するも、カプトはまるで聞こえて言ったいないかの様にブツブツと独り言を呟きながら、あろう事か遊里に背を向けて巨大な機械をいじり始めた。
そんなカプトの行動に遊里は、決めゼリフっぽい事まで言った手前、思わずカチンと来てしまった。
「む、無視?! もういいよ! 勝手に探して連れ帰るから!」
そう言って遊里が一歩足を踏み出そうとした瞬間、ゾクリとしたものが背筋に走り、反射的にその場から飛び退いた。
すると次の瞬間、鋭い光線が床を穿った。
「これも躱しますか、なかなか興味深いですねぇ?」
カプトは手にした宝玉と遊里を交互に見ると、再び軽薄な笑みを浮かべると--
「では、どれだけ躱せるか、実験と参りましょうか」
そう言って再び遊里に宝玉をかざすのだった。
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