第96話 アホの子、再び

 夜の街を疾走する--


 最初こそ転移魔法を使う事も考えたが、この後何があるか分からない以上、多少の時間ロスを覚悟の上で走る事を選んだ。


 夜更という事もあり、人目は少ないものの皆無では無い。

 だが、そんなものを気にしている余裕はなかった。


 全速力で宿へと駆け込んだリンは、フロントからの声も無視してルナとメグミがいる部屋へと飛び込むやいなや声を上げた。


「ルナ! メグミさん!」


 床に倒れ伏し、返事の無い二人にリンは血の気が引いていくのを感じる。

 慌ててルナ駆け寄ると、その身を抱き上げた。


「うぅ……リンくん?」


 腕の中でモゾモゾと動いたルナにリンは安堵の息をこぼした。

 ルナを抱えたまま今度はメグミに駆け寄るとその両肩を強めに揺する。

 するとメグミも同じように小さな呻き声を上げ、薄らと目を開いた。


「良かった……とりあえず二人とも無事なようだな」


「リン君……僕は気を失っていたのか……」


「やられたわ……まさかあんな方法で襲って来るとは思って無かった」


「一体何があったんだ? ルナがあっさりやられるなんて……」


 もし襲われたとしてもルナと遊里の二人がいれば大抵の事は何とかなると考えていたリンとしては、この状況がにわかに信じられなかった。


「魔力を奪われたんだ、それも相当強力な魔導具でね」


 フラフラと立ち上がったメグミがそう言って悔しそうに歯噛みした。


 急激な魔力消費は危険、リンの知識でもそれぐらいの事は理解出来る。

 何しろ自分は一度それが原因で死んでいるくらいだ、一歩間違えればこの場にいた全員が死んでいてもおかしく無かったと言う事実にリンはゾッとした。

 同時にそんな事をしてくれたカプトに怒りが湧く。


「リン君! ユーリさんが一人で彼を追って行った、止めようとしたんだが……すまない」


 メグミが謝る事では無い、恐らく誰が止めても遊里はカプトを追っただろう、そういう奴なのはリンが一番分かっている。


「まったく……遊里の奴、無茶すんなって言ったのにな」


 とにかく今は遊里を追うしかない--


 遊里の現在地を確認すると既にセーラ達の反応と重なろうとしていた。


 思っていたより移動が早い事にリンは焦る。


 だが、メグミを一人にして良いものか悩むところだった。

 普段ならルナに任せるところだが、今の状態では任せられない。


「リン君、僕の事は気にしなくて良い、彼は僕に興味ないからね、それよりイーリスの事を頼む!」


 悔しい--

 そんな思いが痛いほど伝わってきた。


 メグミの言う事を信じるしかないとは言え、心配な事に変わりは無かった。


「分かりました……すみません……」


 それでも今はそれしか方法が無かった。


 自分の力ではどうしようもなくて、何かに縋るしかない無力感--


 どうして世界は弱い者に辛く厳しいのだろう--


 弱い事が罪だとでも言うのだろうか?


「ルナ……行くぞ」

「え? ちょっと待って、私まだ動けな--」


 リンはルナの言葉を最後まで聞かずに、片手でルナを掴むと部屋のテラスから近くの建物の屋根に飛び移った。


「ちょ! リンくん人の話を聞きなさいって!」


 鷲掴みにされたまま、ルナが叫んだ。

 だが、リンはそんなルナに呆れた様子で告げる。


「魔力が無いから動けないんだろ? だったら前みたいに俺の魔力を吸収すれば良いだろ」


「あ……その手があったわね」


 以前、ルフィアから王都へアリスを助けに行った時にルナはリンの魔力を使っていた。


 リンは肩にわずかな熱を感じると同時にルナに魔力流れるのを感覚で理解する。


「助かったわ、おかげでもう大丈夫よ」


「それは良かったな、それにしてもルナの魔力がどれくらいあるか知らないが、そんなにあっさり意識を失うほど奪われるものなのか?」


 ルナから聞いた竜族のイメージではそうそう魔力が空になるとは思えなかった。

 余程強力な魔導具を使われたのかと心配になったリンだったのだが--


「あー……それは〜……その……」


 目が泳ぎ、歯切れが悪い。

 明らかに言いづらい何かがある。


「……聞きたくない気がしてきたぞ」


 間違いなくロクでも無い上に、下らないものな気がしてならない。


「この姿の事は前に話したと思うけど--」


 霊獣形態とルナは言っていたのをリンは思い出す。


 言葉を話せなくなり、魔法も殆ど利用できなくなり、極めて非力なる。

 その代わりに、あらゆる状態異常も自然に治癒し、魔力も回復すると言っていた。


 丸っこい姿になり、一見すると竜には見えない姿でお腹のモフモフがリン的には気に入っている。


「この姿になると魔力は殆ど必要ないのだけれど、多少は魔力は消耗するの」


 例えば空を飛んだり、竜族特有の能力などを使えば魔力は消費するが、そういった普段の行動には支障は無いらしい。


 ある意味当然とも言える話だが、ルナが何を言い淀んでいるのかいまいち見えてこないリンは首を傾げる。


「その代わり本来持つ魔力は使えない上に、魔力の回復は周囲に漂う魔素を吸収するか、契・約・者・か・ら・融・通・し・て・貰・う・必・要・が・あ・る・の・よ・」


「ふーん、それが何か問題なのか?」


 話を聞く限り、特に問題は無いように思える。

 だがルナは何故か額から汗をダラダラと垂らし、リンと目を合わせない。


「そ、そうね、普段ならなんにも問題ないわね。 あ・る・事・を・除・い・て・言えば支障は無いから」


 ここに来て引っかかる事を言い出すルナにリンは眉根が寄る。


「……そのある事ってなんだ?」


 ここまで来ると流石にリンも理解出来る。

 そのある事、と言うのがルナが言いづらそうにしている理由なのだと言う事に。


「あー……私もさっき気がついたのよ? 本当に驚いたわ」


「だから何にだ?」


 少し離れた屋根に飛び移る為に大きく跳躍したリンの耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。

 驚きのあまり着地の勢いを殺せず、屋根の瓦が砕け散る。


「すまん、よく聞こえなかった。 もう一度言ってくれるか?」


 急いでいるというのに思わず足を止める。

 表情は笑顔だが、額には青筋が浮いている。


「痛い痛い痛い! 潰れる! 悪かったとは思ってるってば! でもまさか、リ・ン・く・ん・が・居・な・い・と・元・の・姿・に・戻・れ・な・い・と・は・思・わ・な・か・っ・た・の・!・」


 要するに、今日一日の中で何度かルナに遊里達を任せていたが、万が一が起きていたとしても、ルナは何もできなかったという事になる。


「任せなさいとか大見得切っていたものの、何かあっても何も出来なかったという訳だな?」


 ギリギリとルナを掴む手に力を入れる。


「イタタタタタタ! ごめんなさい! 謝る! 謝るから!」


 目に涙を浮かべながら必死に謝る姿を見て、これ以上言っても仕方ないと、リンは手に込めた力を緩めた。


「まったく……どうしてそう肝心な部分が抜けてるんだ」


 リンは盛大なため息をこぼす。

 実際のところ、リンはルナが元の姿に戻れない事を怒っている訳ではない。

 もし自分が居ないところで何か起きていたとしたら、ルナは身を挺してでも約束を守ろうとするだろう。


 例えそれで自分の身が危険に晒されたとしてもだ。


 初めて会った時もそうだった。


 自分の事より、他人の為を思えるお人好しなのだ。


「アホの子だけどな……」


 リンがそう呟く。

 普段なら声を荒げて抗議してくるルナも今回ばかりは何も言わない、申し訳なさそうな表情でうなだれている。


「行くぞルナ! 二人を助け出して全員無事に終われば万事解決、終わり良ければ全て良しだ」


「え、ええ! 任せなさい!」


 立ち直りの早い子だった。

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