第95話 脅し
リンはこの場でこの男達をどうこうする気は無かった。
だが、この質問の答え次第では気持ちが変わってしまいそうだった。
一度ハズれてしまったモノは簡単には直らない。
それが目に見えないモノなら尚更だ。
リン自身、気がついていないだろう。
殺すという行為に対する考え方が、ゆっくりと少しずつ、変わっている事に--
「こ、殺してない!」
長髪の男は震える声で叫んだ。
「俺たちはまだ誰も殺しはしてない!」
「なら、テリーさんの奥さんは何処にいる? 何故、殺したなんて嘘をついたのか、納得のいく理由を聞かせて貰おうか?」
気がつくと白月の切っ先が長髪の男の首に触れていた。
「う--」
喉に触れる冷たい感触に長髪の男は声を震わせる。
少し後ろに下がるか、上体を逸らせば、突きつけられた切っ先から逃れられるが、そんな事を考える余裕など彼には無かった。
酸欠に喘ぐ魚の様に口をパクパクさせながら声にならない声をあげながら、必死の形相を浮かべる。
「う、売っちまったんだ!」
その言葉にリンは怪訝な表情を浮かべた。
だが、もしそれが本当ならば、テリーの妻はまだ生きている可能性が出てくる。
リンは突きつけた切っ先を引くと、無言で続きを促した。
長髪の男は溜め込んだ息を吐き出すと、青ざめた顔で嘘をついた理由を話した。
彼らに与えられた仕事は単純で、用は奴隷の管理と売却だった。
奴隷の仕入れに関しては、連絡役であるフードの男がドールの近郊まで連れてくるのを引き受ける
のみで勝手な事は許されておらず、売却に関しても全てローブの男からの指示に従っていた。
当然、売り上げた金もローブの男が管理しており、長髪の男達には一定の報酬が支払われるのみだった。
故に彼らはこっそりと奴隷を売ってしまう方法を考えた。
普通に売れば当然、ローブの男にバレてしまう。
そこで取った方法と言うのが、奴隷を死んだ事にしてしまう事だった。
テリーの妻もそんな方法で彼らが売った一人だったのだ。
そんな事をしていたとバレれば彼らも只では済まない。
結果、リンにテリーの妻の事を聞かれた時、ローブの男の手前、話の辻褄合わせに嘘をついたと言う訳だった。
話を聞いたリンは大きくため息をつくと、白月を鞘に納め、口を開いた。
「お前らを生かしておく理由が出来たな、何処の誰に売ったか洗いざらい話して貰うからそのつもりでいろ、万が一、嘘だった場合どうなるか言う必要はないな?」
リンの言葉に長髪の男は何度も首を縦に振った。
「聞いての通りです、彼らから情報を聞き出すのはお任せします」
そう騎士に告げると、少しだけ迷ってから小さな声で一言付け加えた。
「この件は、出来ればテリーさんにはまだ伝えないで下さい。 まだ、コイツらの言っている事が本当とは限らないので……」
それを聞いた騎士が小さく頷くと、少し申し訳なさそうに、同じように小声で答えた。
「分かりました。 ただ、最終的な判断は本部の者が行いますので、私に出来るのは我々、北方騎士団の中だけに留まるかも知れません」
それは仕方ない事だろう。
本来なら上官である
だが、彼もテリーの事を思い、リンの提案を受け入れてくれた。
リン自身、テリーにこの話を伝えるべきか悩んだ。
黙っておく事が優しさかどうか本当のところは分からない。
ただ、悪戯にテリーを苦しめるかも知れない。
だが、先程彼が言った言葉を思い出し、黙っている事に決めたのだ。
きっと彼なら途中で諦めたりはしないだろう。
そう信じられた。
------
長髪の男から聞きたい事を聞き終えたリンは、再び商館へと戻っていた。
リンがウェインの探すと、すぐにどこか見覚えのある女性と話す、その姿が目に入った。
同時にウェインの話す女性が誰なのか、すぐに理解した。
足早にウェインに近付くと、向こうもリンに気が付き、手を上げて合図を送った。
「リン様! 彼女がセリナさんの妹さんです」
やっぱりか、リンはそう思いつつ小さく頷いた。
「そうか、無事で良かった」
この時、リンは内心大きく安堵していた。
口に出す事は出来ないが、正直なところ、状況的に見て彼女をこの場で助け出せる可能性は半々だと思い始めていたからだ。
とは言え、他にも攫われた人は大勢いるのだ。
彼女が無事だったからと言って満足する訳にはいかないのが現実だった。
だが、とりあえずは
それはウェインも同じだろうと思い、その顔を見たリンだったが、なぜかウェインの顔は曇っていた。
その表情にリンの中で悪い予感が湧き上がった。
「どうやら、母親であるマリナさんも一緒に捕まっていたらしいのですが、つい先日どこかに連れて行かれて以降姿が見えないそうなんです」
「お母さんは、私の身代わりに連れて行かれたんです」
そう悲痛な表情で話すセリナの妹にリンは思わず表情を歪めた。
だが、テリーの奥さんの件もある。
まだ諦めるのは早いと言おうと口を開きかけたリンだったが、続く言葉に思わず言葉を失った。
「フードを被った男と一緒にいた気色悪い声の男に連れて行かれたんです」
気色悪い声の男--
そう表現される男に覚えがあった。
いよいよ遊里の直感が悪い方向で当たろうとしている。
その時にハッとして、リンはマップへと意識を向けた。
商館に突入するまでは、頻繁に注意を払っていた。
だが、遊里の言葉を思い出した今この瞬間まで、意識をそちらに向ける余裕が無かった。
ルナがいる、という油断もあった。
だから気がつくのが遅れてしまったのだ。
宿にある反応はたったの
遊里の反応は宿の外にあり、移動している--
向かう先は宿から離れたセーラとイーリスだった。
「クソッ!!」
突然、そう大声を上げたリンにセリナの妹とウェインの身体が驚き大きく跳ねた。
「ウェイン!! ここは頼んだ!」
リンはすぐさま転移門を開こうと意識を集中する。
行き先は宿の部屋だが、焦りから上手くイメージが固まらない。
僅かな時間にも関わらず、苛立ちが強くなるリンにウェインが強い口調で声を掛けた。
「リン様!! 落ち着いて下さい!!」
ウェインはリンの肩を強く引っ張り強引に目を合わせた。
「何かあったのは分かりました。 ですから一旦落ち着いて下さい、それが出来ない貴方ではないでしょう?」
真剣な表情でそういわれ、リンは頭に上った血が下がるのを感じる。
大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
何度か繰り返すと、少しだけ冷静になれた気がした。
「悪い、助かった」
「いえ」
ウェインに感謝し、もう一度、今度は冷静に状況を整理する。
遊里の移動速度はそれほど早くはない、このペースならまだ充分間に合う。
すぐに追うべきかとも思ったが、ルナとメグミの事も気になったリンは一旦宿に戻る事を決めた。
「ここは任せたぞ」
「了解です!」
「レイナさん、お母さんの件は俺が直接その男に聞いてきます、貴女はここでまってて下さい」
リンはそれだけ告げると、宿に向けて全力で走り出した。
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