第94話 見下げ果てたクズ

 本当に気分が悪い――


 なぜ、弱者はいつもなにもかも奪われてしまうのだろう――


『弱いから奪われる、嫌なら強くなればいい――』


 違う――


 力に力で対抗しては結局、同じ穴のムジナだ――


『自衛の為だ、仕方ないだろう? 悪いのは奪う奴らだ』


 結果、相手を殺してしまった――


『仕方ないさ、やらなきゃやられてたんだ』


 本当にそうだったのか?

 他に方法があったんじゃないか?


『いい子ぶるなよ、正論振りかざして偽善者ぶっても、の本質はそうじゃないだろ?』


 違うっ!


『いつまでそうやって自分を騙し続けられるか見ものだな----』


 --------


「リン様? 大丈夫ですか?」


 俯いたまま、ロビーの階段に座っていたリンにウェインが心配そうに声をかけた。


「ん……ああ、大丈夫だ」


 うわの空だったリンがハッとした様に顔を上げた。

 考え事をしている程時間に余裕は無い。

 組織自体は潰した筈だが、安心するのはまだ早い。


「攫われた人達の様子はどうなんだ?」


 最も重要なのは攫われた人達の安否だ。

 考えたく無い話だが、テリーの奥さんの様な事も覚悟はしなければならない。


「正直その辺はまだ分からないと言うしかありません。 言ってしまえばどれだけの人が攫われたのかも分かっていませんし……」


 確かに言われてみればその通りだった。

 リン達が把握している人達以外にも少なからず攫われていると考えた方が自然だろう。


「この商館自体は今騎士団の方達が捜索してくれています。 その辺はテリーさんが指揮を取っていますので聞いてみたほうが良いですね」


「分かった、テリーさんには俺が聞いてみる。 ウェインさんは悪いが騎士団の人達と協力して救出された人達の確認を頼む」


 ウェインにはルフィアの行方不明者をリスト化した物を預けているのでそれで一人確認してもらうほかないだろう。


「了解しました」


「何かわかったら教えてくれ」


 そう言ってリンは少し離れた所で騎士達と話しているテリーへと声を掛けた。


「テリーさん」


 その声に振り返ったテリーの表情はどこか辛そうだった。

 だがそれも無理無いだろう、何しろ息子は無事だったものの、奥さんの事があったのだ。


「閣下、この度は息子を助けて下さりありがとうございました」


 テリーはそう言って深々と頭を下げた。


 だがリンはテリーの言葉を素直に受け取れなかった。


「いや……気にしないでくれ……」


 客観的に見れば、リンに責任は無い。

 だが、どうしてもテリーの奥さんを救えなかった事がチラついてしまう。


 そんなリンの心内を察したのかテリーは総合を崩した。


「閣下、私はまだ妻の事を諦めた訳ではありません。 確かにあの男は妻を殺したと言いましたが、それが本当の事か分かりません」


「……そうか、そうだな」


 リンはそれ以上なにも言わなかった。


 テリーが本当にそう信じているのか、リンを気遣ったのか、はたまたその両方か、それはテリーにしか分からない。

 だが、テリー自身がそういうのであれば、これ以上リンはかける言葉は見つからなかった。


 それでも、リンは自分にできる事をしようと思った。


 まず、商館の捜索自体は騎士が行っており、既に地下牢以外からも数名保護しているという事だった。

 その中には商館の主人もいたらしく、捜索に協力してくれているという事だった。

 ウェインの持つリストとの照合を頼み、快諾を得る事もできた。


 攫われた人達の事は一旦テリーとウェインに任せる事にして、後は捕まえた連中から話が聞きたいと考えていた。


「捕まえた連中はどうしてる?」


「それなら表で他の部下に見張らせています。 中央の騎士団が到着し次第引き渡す予定です」


 なんでもドールで捕らえられた罪人は都市中央にある騎士団本部に連行されるそうだ。


「わかった、ちょっと話を聞いてくる。 それと一つ聞きたいんだが、警邏隊長は見つかったのか?」


「いえ……未だ発見の報告はありません、既に中央から各騎士団には捜索命令が出ていると思うのですが……」


「……そうか」


 そうは言ったものの、リンは内心あの男が見つからないのは無理も無いと感じていた。

 というのも、宿でテリーの話を聞いてからあの男の消息が掴めなかったのだ。

 マップで探してもドールの周辺を含め、位置が特定出来ないのだ。


 既にリンにも探知出来ないところまで逃げたのか、他に理由があるのか分からない。

 そもそもマップの能力自体が未だにはっきり分からない以上、リンの中では参考程度に留めているつもりなので、余計な事を言って混乱を招くより黙っていた方が良いだろうと判断したのだ。


「じゃあ俺は奴らに話を聞いてきます。 テリーさんは申し訳無いですが商館の捜索を頼みます」


「わかりました」


 リンは商館を出ると、近くにいた騎士に捕まえた連中の居場所を聞いてみた。

 騎士はそのまま案内を引き受けてくれた。


「さて、お前に改めて聞きたい事がある」


「……なんだ」


 長髪の男は態度こそ悪いものの、既に逆らう気はない様子だった。


「まずお前たちは誰の指示でこんな事をしていたんだ?」


 既に当たりはついているものの、彼らから証言が得られればそれに越した事はない。


「知らないな、指示は全てさっきアンタもみたフードの男だよ、依頼人の情報は詮索するなと言われてる」


 期待していた訳じゃ無いが、やっぱりと言わざるをえない回答だった。

 と言っても、それをそのまま鵜呑みにするつもりは無い。


「信じられないな、正直に答えるつもりが無いならもう用は無い」


 ゆっくりとした動作でリンは白月に手をかけた。


「ま、待て!! 本当だ! 俺たちはなにも知らない! そうだ! 奴だフードの男に聞けばいい! 奴が連絡役だ!」


「残念だが、奴は逃げたらしくてな、聞きたくても聞けないんだ」


 実際のところは逃げたと言うより逃したと言う方が正しい。


 遊里では無いが、それは単なる直感だった。

 元々、連絡役がいるだろうと踏んでいた。


 フードの男と目の前の長髪の男のやり取りを聞いて当たりをつけたが正解だったようだ。


 後は奴が依頼主の所へ戻った所を、諸共捕まえればいい。

 十中八九、ルフィアか王都へ戻るだろう。

 普通に移動すれば後から追っても十分間に合う。


 万が一、逃げ出した場合は追いかけて捕まえれば良いだけだった。


「待て! 待ってくれ!」


「警邏隊長、あの男は何者だ?」


 恐らく、ドール国内での連絡役だろうと睨んでいたリンだったが、男の回答は予想外のものだった。


「あの男は客だ! い、いや、正確には買い手の使いだと聞いている! それ以上は何も知らない!」


 まさかの回答だった。

 攫われた人達の中で既に売られてしまった人達の足取りを知る重要人物という訳だ。


 しかも困った事に奴に関しては一切足取りが掴めない。


「奴が買った人達はどこに連れて行かれた?」


「知らない! 本当に知らないんだ!」


 期待してはいなかったが、本当にまるで情報を持っていない。


「これだけの事をしておいて、お前は『知らない知らない』か、見下げ果てたクズだな」


 リンの瞳から光が消える。

 同時に息をする事すら躊躇うほどの殺気が長髪の男を襲った。


「最後の質問だ、テリーさんの奥さんを殺したのは本当か?」

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