第92話 セーラの動揺
「ルナ、遊里、後は任せたぞ」
ウェインが戻り、いよいよ攫われた人たちの救出へと向かう。
「問題ないと思うけど、気を付けるのよ」
ルナはカプトの襲撃に備えて、遊里と共に宿に残ってもらう事にした。
「無茶するなって言っても無駄だろうから、せめて無事戻ってきてよ?」
遊里の不安そうな顔に、リンは笑顔で答える。
「そっちこそ無茶するなよ、なるべく早く戻るが、万が一の時はルナに任せて遊里は三人を守ってくれ」
「分かった」
「メグミさん達も、まずは自分たちの身を第一に考えて下さい」
「ああ」
「リンさんも気を付けて」
「セーラ」
声を掛け、リンは驚いた。
セーラが見た事も無いほどに怯えていたのだ。
縮められた身体は見てわかるほどに震え、顔面蒼白といった様子で、明らかに異常だった。
「お、おい、大丈夫か?」
驚いて声を掛けるが、セーラは震えるばかりでリンの声が聞こえているのかも定かでない様子だった。
「セーラ?! 大丈夫?」
遊里が慌てた様子でセーラに駆け寄ると、その身体を抱きしめた。
「大丈夫だよ! 私が絶対に守ってあげるから!」
遊里がそう声を掛けると、セーラの身体が ”ビクッ!” っと大きく跳ねる。
『大丈夫よ、*****が必ず守るわ』
セーラの脳裏に知らない声が響く――
それはノイズがかかった様に聞き取りづらい声で、セーラに優しく話しかける声――
だが、どうしてか悲しく、不安が押し寄せてくる。
記憶を失っている今、それが何故かは分からない。
だからこそ、不安でどうしようもなくなってしまう。
気がつけば、全身でリンの足にしがみついていた。
セーラ自身理由など分からない。
ただ必死にリンを行かせまいとする。
『行かないで! 行かないで!!』
ボロボロと涙を零しながら訴える姿に、リン達は驚きと戸惑いからどうしたらいいか分からない。
「セーラ! 落ち着け、大丈夫だ! 遊里達がついてるし、俺もすぐ戻ってくる」
「怖いよね、大丈夫だよ、私がついてるから」
必死になだめるリンと遊里だったが、セーラはただ首を左右に振る。
まるで幼児がイヤイヤをするかの様な姿は、見た目以上に幼い。
『大丈夫だ、すぐに戻るからセーラは*****と一緒にいなさい。 私も*****も強いから--』
『逃げなさい!! *****!! セーラを連れて早く逃げるのです!!』
『*****!! *****!!』
『セーラ……どうか元気で……ステファニア、後は任せましたよ----』
ガクンッと、突然セーラの身体から力が抜け、床に倒れ込んでしまった。
遊里が慌てて抱き起こすと、セーラは気を失っていた。
「セーラ?! 大丈夫?!」
「ユーリちゃん、あまり揺すってはダメよ」
イーリスは素早くセーラの様子を確認すると安堵の表情を浮かべた。
「気を失っているだけね、心配いらないわ」
イーリスはそう言ってセーラをベッドに横たえた。
普段から大人しく、感情の起伏が少ないセーラが見せた突然の変化に、リンと遊里は少なからず動揺していた。
とは言え、落ち着いて考えれば思い当たる節が無いわけではない。
むしろ冷静に考えれば
「今のやり取りに、セーラの記憶を揺さぶる何かがあったって事か?」
「その可能性が高いだろうね……それもトラウマに触れるような、強い衝撃だったんじゃないかな?」
「どういう事? セーラは記憶が戻ったの?」
「本人が気を失っている以上それは分からない、だけどその可能性もあるって話だ」
だが、先ほどの様子から考えれば戻らない方がいいとすら思える。
セーラは間違いなくつらい体験をしている。
あくまで想像でしかないが、記憶を失う原因に直結している気がしてならなかった。
「なんにせよ、ここで俺たちがあれこれ言っても、結局はセーラが意識を取り戻さないと分からない、可哀そうな気もするが、今は時間も無いし、後の事は遊里に任せる」
遊里はリンの言葉に、多少戸惑いながらも頷いてくれた。
セーラが心配でないと言えば嘘になる。
短い時間とはいえ、同じ時間を過ごしてきたし、少なからず慕ってくれていると感じていた。
既にリンの中に、セーラに対する情は芽生えている。
だからこそ、今は自分に出来る事を優先するべきだと思っている。
安全とは言い難いこの状況を一刻も早く解決する事が、セーラの為になると思うからだ。
「ルナ、頼んだぞ」
「さっきも言ったけど、気を付けるのよ」
リンは少しだけ後ろ髪をひかれつつ、宿を後にした。
――――――
夜の街を二つの影が疾走していた。
「セーラ、大丈夫ですかね?」
宿を出ると、それまで黙っていたウェインがそんなことをこぼした。
宿にいた時は口にしなかったものの、やはり気にはなっているのだろう。
「分からない―― だけど、セーラには遊里が付いてる、あいつは面倒見がいいからな、きっと大丈夫だ」
どこにでも、やけに面倒見のいいタイプの人間はいるものだが、子どもの頃から遊里はそういうタイプの人間だった。
遊里はいつも友人に囲まれていた、慕われ、頼られているのを幾度となく目にしていた。
友人や家族にも出来ない相談を受けた事も数えきれないほどある。
だからきっと今回も遊里なら大丈夫だと信じていた。
「そうですか、じゃあリン様はそんなユーリさんの数少ない頼れる人なんですね」
ウェインの言葉が理解できず、口を開けたままポカンとしてしまった。
「なんでそうなるんだ? いつも小言を言われては『凛は本当に手がかかるなぁ』って毎度毎度怒られてた記憶しかないぞ?」
頼られていると感じた事など一度も無かった。
「ふふふ、じゃあそういう事にしておきましょう、そろそろおしゃべりも控えた方がいいでしょう」
気が付けば、敵のアジトのすぐそばまで来ていた。
なにか言い返したいリンだったが、確かにこれ以上、雑談をしている余裕はない。
気持ちを切り替え、可能な限り気配を小さくすることに意識を向けた。
「お待たせしました、なにか動きはありましたか?」
「いえ、相変わらず明かりはついていますが、見張りも見当たりませんし、特に動きもありません」
テリーとウェインの目線から、敵のアジトが視界の先にある一軒の建物だと理解できた。
比較的大きく、家屋というより商店や宿の様なつくりの建物だった。
「木を隠すなら森の中と言ったところですか、あれは奴隷商館ですよ」
テリー曰く、敵のアジトになっているのは奴隷の売買を目的とした商館らしい。
とは言え、表向きは営業許可を受けた合法的な奴隷を取り扱っているという。
「なるほど、確かに隠れ蓑としてはうってつけだな、人の出入りが激しくても怪しまれず、堂々としていられるって訳か」
「ここの奴隷商はドールでは一番の古株です。 まさか法を犯してまで裏取引をしているとは未だに信じられないのですが……」
「テリーさんと同じかもしれないな」
テリーの話を聞いて、予想はしていた。
敵はあちこちから人質を取って、自分たちに都合のいいように動かしている可能性は十分にあった。
「とりあえず、中にいるのが全員敵とは限らないだろう、そう思って動いた方がいい、それと二人にはそれぞれ頼みたい事がある」
そう言って、リンは二人にこの後の動きを伝える。
ハッキリ言って、戦力的にはリン一人でも問題ないと考えていた。
だが、色々と用心しておくに越したことはない。
目的はあくまで、攫われた人と人質の救出なのだ。
「さて、じゃあ行くか――」
三つの影が、音も無く動き始めた――
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