第91話 格

 夜の闇に紛れるように数十の影が蠢く。

 それらは一様に武装し、殺気立っていた。


 彼らは闇ギルドで雇われたゴロツキや傭兵崩れだ。

 ほとんどの者が前科持ちや現役の犯罪者ばかりである。

 そんな連中ゆえ、実力の程は中の下がほとんどだが、中には相当の実力者も存在した。

 だが、裏の世界の住人である以上何らかの問題を抱えている者しか存在しない。


 そんな連中ばかり集まる闇ギルドは、絶対的な実力至上主義の世界である。

 故に今回の様に数十人単位で集められた場合、自然と実力のあるものがリーダーを務めるようになる。


 文句がある者は実力で従わせる。

 従わなければ制裁、と至ってシンプルだ。


 だが、シンプルゆえに、比較的統率が取れた集団になることが多い。


 今回もその例に漏れる事は無かった。


 唯一例外だったのは、通常なら集まった時点で多少なりとも揉めるものだが、今回は誰が言い出す訳でもなくリーダー格が決まった事だった。


「オーグさん、偵察組が戻りました。 やっぱ正門と裏門以外は結界が張り巡らされていて侵入は無理っぽいっす」


「ご苦労だった、まぁ問題ねぇだろ。 ほとんどが女子どもばかりって話だ。 問題はライズの野郎と元Sランクの爺だが、人質でも取れば楽勝だろうよ」


 オーグと呼ばれた男は余裕の態度でそう言い切った。


 この男こそこの集団のリーダー格だった。

 元Aランク冒険者で高い実力を誇る男だったが、依頼者を殺した事で冒険者資格をはく奪されていた。


 オーグが立ち上がると、それまで喧噪に包まれていた集団が静まり返った。


「おう、そろそろ仕事の時間だ、分かってると思うが、屋敷の連中は皆殺しだ。 ただし、王女だけは生け捕りにしろ、人質としてこれ以上ねぇ上に、依頼者からも殺すなと言われているからな。 間違っても手ぇ出すんじゃねぇぞ」


 オーグの言った通り今回の依頼内容は二つ、屋敷にいる者の殺害と王女の誘拐だった。

 二人の実力者がいる事を考えても報酬は破格だった。


 なにより、オーグは自身の実力に絶対の自信を持っていた。

 冒険者資格をはく奪されなければ、いずれはSランク冒険者として地位と名声を手に入れていたはずだと思っている。


 だが、この後オーグは思い知る事になる。

 Sランク冒険者という存在がいかなるものなのかを――


 ------


 屋敷の周辺は多少の草木があるが、数十人からが身を隠す事は難しかった。

 正面の門や裏門を避ければ不可能では無いが、正規の入り口以外は魔術的な結界が覆っており侵入は不可能。


 事前の調査で分かっていた為、オーグはギリギリまで身を隠しながら屋敷へ近づき、以降は正面から強行突破するつもりだった。

 数名を裏門に回したが、それは逃走されない為の見張り役でしかない。


 いよいよ肉眼で屋敷が見える位置まで来たところで、オーグに予想外の光景が飛び込んできた。


「どういう事だ? 見張りが見当たらないぞ」


 偵察役の情報では正面の門には夜間であっても常に一人は見張り役が立っているという話だった。

 だが、今はその見張りが居なかったのだ。


「ラッキーっすね、このまま一気に--」

「ッチ」


 オーグは舌打ちを鳴らした。

 この状況を幸運だと捉えられるほど間抜けでは無い。

 オーグはおもむろに林から出ると、その姿を晒した。


「この様な時間にお客様とは、どちら様ですかな?」


 気がつけば門の前に一人の老執事が立っていた。

 一瞬前まで、たしかに誰もおらず、気配も無かった。

 目を離した覚えもない、だが本当に気がつけばそこに立っていたのだ。


「ふん、なぜバレた?」


 オーグはわずかに感じる戸惑いを振り払う様にそう声を上げる。

 対峙してすぐにわかった。

 この老執事こそ報告にあった元Sランクだと。


主人あるじは只今留守にしております、他の者も既に休んでおりますゆえ、お引き取りいただけますかな?」


 オーグの問いに答える事は無く、飛び出したのは文字通りの門前払いの言葉だった。


「悪いがそうはいかねぇんだ、こっちも仕事だからな」


 オーグが小さく左手を上げると、ゾロゾロと人影が暗闇から這い出してきた。

 一様に武器を持ち、ニヤニヤと下卑た笑みをその顔に貼り付けていた。


「そうですか、残念です」


 老執事はそう言って静かに首を横に振った。


「アンタも昔は相当な手練れだったらしいが、この人数相手にどこま--」

「ガッ!」

「ぎゃ!」

「ぐぅっ……」


 オーグの言葉を遮る様に、唐突にうめき声が上がった。

 見れば数人が崩れ落ち、白目を向いて気絶、いや絶命していた。


「私は主人のように優しくはありません、貴方一人、話を聞ければ充分でしょう」


「クソ! 待ち伏せだ! 周囲を警戒し--」

「がッ!」

「ッッ!」

「ぐべ……」


「は?」


 オーグの仲間達が次々と地に伏せる。

 攻撃されているのは間違いない、だが気配が全く無いのだ。

 その事実にオーグの理解が追いつかない。


「なんだ……どうなってやがる!」


 気がつけばオーグを残し、数十人いた仲間達は全滅していた。

 時間にすれば僅か数十秒だったが、その間オーグは一歩も動く事は出来なかった。


「まったくもって未熟も未熟、腕に覚えがあるようですが、この程度見切れないようでは到底お話になりませんな」


「黙れぇぇぇ!!」


 オーグが怒りに任せた一刀を老執事へと振り下ろす。

 その一刀は凄まじい威力とスピードでもって確かに老執事をとらえた。


 はずだった。


 だが、オーグの腕に伝わったのは地をえぐる感覚のみで肝心の老執事の姿は忽然と消え失せていた。

 確かに剣が当たる瞬間までそこにいたはずの存在が消え失せていたのだ。


「安い挑発に乗せられ、大振りの一撃……そんなものが当たるとでもお思いですか?」


 背後から掛けられた声にオーグは戦慄した。


 見失っただけではない、これほど簡単に背後を取られたのだ。

 それは、もはやプライドが傷つくなどという生易しいものではない。


 これまで己が築き上げたものを、まるで赤子の手を捻る様に上回られた。


 一定の実力を持つがゆえに理解させられる――


 格が違う、立っている次元が違うのだ。


 久しく感じていなかった恐怖がオーグの感情を塗りつぶした。


「ふむ……実力差を理解するくらいの事は出来るようですな、精神面は未熟ですが、まぁ及第点といったところですかな」


 老執事の言葉がオーグの耳に届く――


 オーグは自分の実力ではこの男に勝つ事など不可能であると既に理解していた。

 抵抗は無駄であり、待っているのは確実な敗北――


 心も自信も打ち砕かれ、今にも剣を離しそうになる――


 だが、オーグの心の奥底に残った剣を離すことを許さなかった。


「俺は――」


 それが何かは分からなかったが、オーグは離しかけた剣を再び握りしめると――


「まだ負けてねぇぇぇぇ!!」


 身を翻し、再び渾身の一刀を振り下ろす――

 それは先ほどの様な怒りに任せたものとは違う、鋭い一撃だった。


 繰り出された一撃が老執事に触れる瞬間、オーグの目が初めてその動きを捉えた。


 その一刀が老執事を捉えられない事はオーグ自身が一番理解していた。

 再び躱され、次の瞬間には己の敗北が決定するはずだった――


 老執事の手が、一瞬先の剣筋へと置かれる――

 その手に、指に剣が触れた瞬間、渾身の一刀がその動きを止めた。


 刃は確かに老執事に触れている。

 いや、正確には人差し指と中指の間に挟まれ、その一撃は止められていた。


「なるほど、心の強さはそれなりですな、悪くない一撃でした」


 まるで何事も無かったかのように、静かにそう告げる老執事にオーグは不思議と笑いが込み上げた。


「ははは! とんだ化け物がいたもんだ! 降参だ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」


 領主の館に襲撃したのだ、尋問され最後は処刑される事を理解しながら、なぜかオーグは満足していた。


「おや? 思っていたよりいさぎよいのですな?」


「ああ、武のいただきってやつを拝んで自分の器を理解させられた、不思議と満足したんだよ」


 言葉通り、オーグの表情は憑き物が落ちたように、晴れ晴れとしていた。

 それを見て、老執事は何故か満足気に頷くとオーグに告げる。


「色々と聞かせていただきましょうか、どうやら素直に話していただけそうですしな」


 まもなく、騎士団が到着し、襲撃事件は静かに収束した。

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