第86話 「助けて下さい」
「大分時間を取られたな、遊里達が心配してなきゃいいんだが…」
「申し訳ありません、私のせいで……」
ウェインが申し訳なさそうにそう漏らしたが、リンは静かに否定した。
リンは調査と偵察を完全にウェイン一人に任せてしまった自分に非があると思っていたのだ。
「危うく貴方を死なせるところだった、謝って済む事じゃないが--」
「リン様、それは違います。 元々偵察や密偵というのは危険を伴うものです、今回の一件は私の判断ミスが招いた事、リン様が気に病む事ではありません」
リンの言葉を遮り、そうはっきりと否定した。
そもそもウェイン自身、敵側にこちらの動きが伝わっている可能性が高い事を前提に調査を行なっていた。
領主自ら出張っているのだ、アルファ伯爵がリンの動きを警戒していれば敵にこちらの動きが伝わるのは必然だった。
故に調査を急いだ。
こちら動きに気がついていれば、時間を与えるのは相手にとって好都合でしかないからだ。
その結果が、罠にかかり死にかける羽目にあってしまったとウェインは心苦しそうにそう話した。
そんな話をしている間にようやく滞在先の宿が見えてきたのだが--
「遊里?」
「凛! とウェインさん?! 無事だったんですね!」
自分と別れ、まっすぐ宿に向かったはずの遊里が何故か同時に到着するという事態にリンは驚きと疑問が湧いた。
それ以上に疑問なのが遊里の後ろを歩いてきた二人の存在だった。
「メグミさんとイーリスさんまで……いったいどういう状況だ?」
「あー……色々あって、とりあえず中で話そうよ、ここじゃ落ち着いて説明出来ないし」
色々聞きたい事もあるが、確かにここで話し込む理由は無かった。
それに出来るだけ早めにウェインを休ませたいと思っていたリンは遊里の音葉に素直に頷いた。
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宿に入り、部屋に向かう。
僅かな時間ではあったが、その場にいるものは誰一人口を開かなかった。
そんな中、リンは内心ため息を吐いていた。
(なんでメグミさん達が、か……冷静に考えれば分かる事だ。 確かに彼らも標的になる可能性はゼロじゃない。 ダメだ、もっと冷静に、物事を俯瞰的に見るんだ……)
リンはそう、自分に言い聞かせる。
リンは常日頃から冷静でいる事を心掛けている。
それは、亡き父に教えられた事だった。
「凛? 大丈夫? なんか難しい顔してるけど……」
遊里に声を掛けられて気がついたが、リンは部屋の扉の前で立ちすくんでいた。
リンは思わず苦笑をこぼした。
やはり周りが見えなくなっていると自覚させられた。
「悪い、ちょっと考え込んでた」
一度かぶりを振って巡る思考を断ち切る。
扉を開け、部屋に入ると部屋に設置されたソファへウェインを座らせ、自らも腰を下ろす。
他の者達も各々が腰を落ち着けた。
「私飲み物でも入れるね」
遊里がそう気遣いを見せると、イーリスも手伝いを申し出る。
二人が入れてくれたお茶が行き渡るとリンが口を開いた。
「さて、どこから話そうか……」
リンがそう口にすると真っ先に声を上げたのはイーリスだった。
「そちら方は初めてお会いしますね、私はイーリスと申します」
「僕はメグミ、彼らと同じ世界から来た異世界人です」
二人は簡単な自己紹介をする。
二人にしてみれば、何故自分たちがここに連れて来られたのかも分からない状況にも関わらず、落ち着いていた。
「これはこれは、大変失礼をいたしました。 私はウェイン、リン様の付き人をしています――っ?!」
慌てて腰を上げ深いお辞儀と共に挨拶をしたウェインだったが、言ってしまえば貧血気味の状態でそれは無理があった。
めまいを起こしたのか、膝が抜け、前のめりに倒れこみそうになるのをリンが慌てて支えた。
「っく……申し訳ありません」
ウェインは恥ずかしさと悔しさをその顔に滲ませた。
「ちょ! 大丈夫ですか?!」
「顔色が優れないようですが、どこか具合がわるいのですか?」
ユーリとイーリスが心配そうにそう声を掛けた。
リンは、まずウェインの事を含め、自分の方から事情を説明する事にした。
「まずはその事から説明するよ、とは言えおそらく色々疑問も出てくると思うがそれは俺の責任だ。 正直、もっと事情を説明するべきだったと反省している、悪かった」
そう前置きをして、リンは頭を下げた。
その場にいた者達は突然のリンの謝罪に面食らってしまい、言葉が出ないでいた。
「私から一つだけいいかしら」
微妙な空気が漂う部屋にルナの声が通った。
その声に返事をする者はいなかったが、視線は皆ルナに向けられていた。
「リンくんにも色々と事情があるの、そこだけは理解してほしいわ」
ルナは少しだけ心苦しそうにそう言った。
それが、贔屓目からくる擁護だと理解していたからだった。
「別に気にしてないよ、凛のそういうところは今に始まった事じゃないからね」
そんな気まずそうな二人に対して、遊里はそう平然と言った。
リンはそんな幼馴染の言葉にありがたいやら、申し訳ないやら複雑な気持ちを抱きつつ、遊里のおかげで少しだけ軽くなった場の空気に感謝しつつ、遊里達と別れてからの事を説明した。
一通り話が終わると、遊里の鋭い声が飛んだ。
「クロ! 絶対クロ! そのテリーって人は分からないけど、警邏隊長の人は間違いなくクロだよ」
遊里が憤りを隠さずそう声を荒げた。
【直観】の異能を持つ遊里がそう断言するのだ、確定するのは早計かと思ったのだが――
「そうですね、間違いないでしょう、根拠もあります。 調査の報告も兼ねて、私の方から説明してよろしいですか?」
ウェインは遊里の言葉を肯定すると、そう言って話を始めようとした。
だが、イーリスがそれに待ったをかけた。
「ウェインさん、そんな状態で無理をしてはいけませんよ?」
確かに、リンが回復した直後と比べてだいぶマシになったとはいえ、つらそうなのには変わりなかった。
イーリスがウェインに「失礼しますね」と声を掛けると優しくその手を取った。
白く、しなやかな手がウェインの手に触れる。
「応急処置にしかなりませんが」
そういうと、イーリスは目を閉じ、小さく呟くとウェインに添えた手が淡く光を放った。
すると徐々にウェインの顔に赤みがさし始める。
「これで少しは楽になると思います」
ウェインはイーリスの言葉を確かめるように手を握ったり開いたりした後、立ち上がりその場で軽く跳ねてみる。
その姿は先ほどまでの衰弱しきった様子とは明らかに違っていた。
「ありがとうございます、驚くほど楽になりました」
ウェインはイーリスに深々と頭を下げるとほかの者たちにも頭を下げた。
「ご心配、ご迷惑をおかけしました」
「気にしないでください! 無事でよかったです」
「また命拾いしたわね」
『元気になってよかったです』
皆、回復したウェインに喜びを見せた。
「リン様、ご迷惑をおかけしました」
リンは小さく首を振った。
「気にしないでくれ、こっちこそ無理をさせて悪かった」
ウェインは一瞬なにかを言いかけて、その言葉を飲み込んだ。
リンの性格上、これ以上なにか言ってもリンがその態度を変える事はないと思ったのだろう。
(二度も命を救ってもらった、私は私に出来うる限りで報いるのみ――)
そう心に誓うとウェインは、表情を真剣なものに変え、自身の調べ上げた事を報告するべく口を開く。
「では、改めて私が調べた事の報告を――」
「待て」
突然、リンがウェインの言葉を遮った。
その声はともすれば聞こえないほどに小さく、しかし鋭さをもってウェインの言葉を制止した。
気が付けばリンはその手に白月を握っており、静かに部屋の入り口を見つめると、その向こう側へと声を掛けた。
「動いてくれるなよ、少しでも妙な気配があれば――」
「ま、待ってください!」
驚きと焦りが色濃く感じられるその声にウェインとルナは聞き覚えがあった。
リンは警戒を緩める事無く、静かに扉へと近づくと白月を握りしめたまま、扉の向こうへ声を掛ける。
「カギは開いてる、入ってこい」
有無を言わせぬ圧をもって、声の主にそう告げた。
扉を隔て、姿が見えないにも関わらず、その言葉に込められた警告に声の主は気が付いていた。
『でなければ容赦なく斬る』
わずかな間ののち、ドアノブが小さな音を立て動くとゆっくりと扉が開かれる。
その向こう側に現れた人物は、やはりウェインとルナの知る男だった。
「どういうつもりだ? こっちから尋ねるはずだったと思うが?」
リンがそう言うと、男は意外な言葉を口にした。
「妻を……子どもを助けて下さい……」
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