第80話 大馬鹿
メグミに渡された皮袋を開くと、中に入っていたのは遊里の持つ魔導銃の弾だった。
「その弾、僕は魔弾と呼んでいるんだけど、ご覧の通り魔石から削り出したモノなんだ」
確かに銃弾型の綺麗な透明色のそれは、先程メグミが異能で変化させた魔石と同じだった。
「今やってもらった様に、その魔弾に込めた魔力がそのまま属性として反映されるんだ。 詳しい仕組みの説明は省くけど、魔弾そのものは撃ち出されず、魔力だけを撃ち出すから魔弾は消費しない。 とはいえ繰り返し使うと徐々に魔弾の魔力は抜けてしまうし、魔弾そのものもいずれ使えなくなるよ」
そう説明するメグミは饒舌で、どこか誇らしげだった。
長年研究してきたモノを人に語れる事が嬉しいのだろう。
使い方を熱心に説明してくれたのだが、熱が入りすぎたのか話が脱線を繰り返した為、内容の割には時間がかかった。
「よ、要するにコレを持って魔法を使えばいいんですね」
多少悪いとは思ったのだが、話の内容が既に理解負のなところに及んでいた為、わざと話の腰を折った。
「うんうん、その通りだよ! そうすることで魔石に組み込んだ機構が――」
どうやらその程度ではメグミの研究者スイッチは切れない様で、リンは内心ため息をついたのだがーー
「あなた、その辺にして下さい。 リンさん達が困っていますよ」
イーリスが苦笑混じりにメグミを止めてくれた。
「あはは……すまないね。 まぁそういう訳だから魔弾に関してはリン君に任せるよ。 もちろん困った事があればいつでも言って欲しい」
少し照れた様子でメグミはそう言った。
「ところで今後もドールを拠点に活動するのかい?」
「いや、今は事情があってドールに来ているが拠点はセントアメリアのルフィアという街だから用が済んだら戻る事になると思う」
その言葉にメグミとイーリスの驚きの表情を浮かべた。
「セントアメリアって、ついこの間まで帝国と戦争していたんじゃ……」
「そういえば、敗戦濃厚の王国を勝利に導いた英雄が――」
「そうですね! ホント大変でした!」
イーリスの言葉をリンは思わず遮ってしまった。
遊里になんと言ったらいいか分からず、未だほとんど説明出来ていない。
いずれ話さなければと思っていたが、今この場でメグミ達の口から伝わるのは色々と避けたかった。
「うーん……余計なお世話かもしれないけれど、リンさんはこれからユーリちゃんと一緒にやっていくのよね?」
イーリスは優しくリンに問いかけた。
リンが無言で頷くと、イーリスは優しい表情のまま諭すように言った。
「なら言っておくべき事は早めに行った方がいいわ、些細な事で行き違ってしまったら悲しいわよ? それに女の子は男の子の隠し事なんてお見通しなのよ」
最後は少し意地悪な笑みを浮かべた。
リンはその笑顔に何故か冷や汗が流れる。
「ははは、リン君も大変だなぁ」
メグミは他人事だと思って笑っていた。
リンは少し考えてから遊里に向き直ると口を開いた。
「まぁ、なんだ……別に隠してた訳じゃ無いんだがなんて言えば良いのか分からなくてな。 ちょっと長くなるし、夜にでもゆっくり話すよ」
「うん、ありがとう」
言い訳がましい上に、結局先送りにしてしまい申し訳なく思うリンだったが、その言葉に遊里はただ頷いてくれた。
ありがたい反面、話した時の遊里の反応を考えると頭が痛くなるリンだった。
――――――
「それじゃ、魔導銃の事に限らず、なにかあればいつでも遊びに来てくれ、歓迎するよ」
メグミは会った時と変わらず、最後まで温厚な表情で見送ってくれる。
「みんな身体に気をつけて元気でね。 リンさん、こんな素敵な幼馴染いないんですから、しっかり守ってあげて下さいね」
イーリスも変わらず穏やかな優しい笑顔で送り出してくれた。
最後の一言には妙な迫力があったが、二人とも本当にいい人達だった。
リン達は改めて二人に感謝を伝えた。
まだドールを離れる訳では無いので会おうと思えば簡単に会える。
だが、魔導銃の完成という一つの区切りを迎え、ドールを離れる事を決めた為か、遊里は目に涙を溜めながら感謝と、若干大袈裟な別れを告げていた。
とは言え、リンには遊里の気持ちが分からないでも無かった。
気丈に振る舞ってはいるが、元々普通の女子高生であった遊里にとって、突然の異世界は不安しか無かったはずなのだ。
その上、お節介で世話焼きな性格でもってセーラを引き受け、先の事もどうなるか分からなかった遊里にとってのメグミとイーリスの存在は大きな心の拠り所だった。
「ま、どうせまだドールにはいるんだ、魔導銃が完成したとは言え、魔弾のチャージとか実際に試したらその結果報告も兼ねてまた来よう」
ウェインの調査が終わるまでは特に用事も無い、それなら今後の為にも出来る事をしておくべきだと考えたリンは街の外へ出る事にした。
改めて二人に別れを告げたリン達はギルドへ向かう事にした。
時間はまだ正午を少し回ったところだ。
魔弾の実験も兼ねて簡単な依頼が無いか確認してみるつもりだった。
だが――
『リンくん』
『ああ、わかってる』
ギルドに向かって移動を始めてすぐだった。
最初は勘違いかと思う程度のものだったが、すぐにそれが何者かの視線だと気がついた。
不快で僅かに悪意が感じられる視線は、感じ始めてからここまで途切れる事無く続いていた。
『お粗末な尾行だし、実力も知れたものね』
確かに簡単に気取られているようでは実力は大した事は無いだろう。
だが問題はそこではなかった。
『問題はなんで俺たちを尾行しているのかって事だ』
ドールに来てつけられる様な事をした覚えは無い。
むしろ目立たぬ様、気を配っていたつもりだった。
にも関わらず尾行される理由など多くない。
『リンくんの素性を知っている、もしくはこちらの動きが知られているか察知されたか、でしょうね』
『ああ、ウェインが優秀なのは間違い無いが、相手の事が分かっていない限り安心は出来ない』
リンは少し前を歩く遊里とセーラに目を向けた。
尾行に気が付いている様子も無く、手を繋ぎ楽しそうに歩く二人を見て、リンは少し考えた。
このまま二人を巻き込んでいいものか、遊里もセーラもリンがドールに来た目的を知ってなお、危険を承知で協力してくれると言っていた。
だが、それでも出来る事なら巻き込みたく無いのがリンの本音だった。
尾行している相手が仕掛けて来なければ気がつかないフリをする手もある。
ウェインの報告を待って可能ならばルナと二人で解決してしまえばいいのだ。
遊里は怒るかもしれない――
だが、それでもやはり危険な目に合わせるのは避けたいリンは、現状可能な方法で出来るだけ安全を確保する事にした。
『ルナ、二人を頼む。 どうやら追跡者の目的は俺の様だし、向こうの出方を探る』
『……いいの?』
『ああ、一人で十分だ』
油断しているつもりは無いが、仮に向こうが仕掛けてきても負けない自信があった。
『……そういう意味じゃないんだけどね』
何故か少し呆れた様子のルナにリンは頭を捻った。
その様子をみたルナは更に呆れたように小さなため息を吐く。
余計に意味が分からないリンだったが、今この場でその理由を追及しているほどの事でもないと考え、先を歩く遊里になるべく自然に声を掛けた。
「遊里、悪いんだが先にギルドに行っててくれるか?」
振り返った遊里が不思議そうな顔でリンを見つめた。
「いいけど、どうしたの?」
その表情を見て、リンのチクリと胸が痛んだ。
裏切る訳でも騙すつもりも無い、ただ心配なだけでそこに悪意などあるはずもない。
遊里達を思えばこその行動なのだ。
リンはそう自分に言い聞かせ、胸の痛みに気が付かないフリをする。
「あ、ああ、ちょっと試したい事があってな、必要なものを買ってから行くよ。 あとからギルドに行くから先に行って依頼を探しておいてくれないか?」
そう言うと、遊里の表情が一瞬だけ消える。
だが、それは本当に一瞬の事でリンがそれに気がつく事は無かった。
「りょーかい、じゃあ先に行ってるけどあんまり遅くならないでね?」
リンの目には普段と変わらない見慣れた遊里の表情がそこにあった。
「ああ、悪いなすぐに行くよ」
そう言って、リンが踵を返す。
どこか人気のない路地裏にでも足を運ぶつもりだった。
だが、次の瞬間――
ガンッッ!!
目が飛び出すのではないかと思うほどの衝撃がリンの後頭部を襲った。
続けて目に涙が滲むほどの痛みが襲ってくる。
そして痛みと混乱で思わずうずくまったリンの頭上から怒りに満ちた声が降ってきた。
「こんの――大馬鹿!!」
痛む後頭部を抑えながら振り返ったリンの目に映ったのは――
やはり見慣れた遊里の――
お説教モードの怒り心頭といった表情だった。
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