第78話 報告
「お疲れ様です、ユーリさんミクちゃん、それとーー」
ギルドの職員がリンをちらりと見る。
その視線はなにかを確認したいような、気まずそうな、なんとも言えない複雑なものだったが、リンはその意味にすぐに気がついた。
「リンです、
そう職員に告げた。
「そ、そうでしたか、申し訳ありません」
どこか恐縮した様子で返事をする職員に、リンはそっとため息をついた。
昼間、遊里の依頼を手伝う際に手続きをしたので、その時提出したICで立場が割れたのだろう。
個人情報を保護する立場から接し方に困っていたようだった。
「お疲れ様です、依頼が完了したのでいつも通り素材を提出したいんですけど、ちょっと急いでてーー」
そう、リン達は急いでいた。
というのも、メグミ達と話をしていたリン達だったが、空が茜色に染まり始めた頃になって、ようやくギルドへの依頼達成報告とウェインとの待ち合わせを思い出したのだ。
夜になってもリン達が戻らなければ、ウェインに心配をかけてしまう。
だが、ギルドに依頼達成報告しなければ期限切れで失敗扱いになってしまう。
結果、メグミには明日再び訪ねる約束をして大急ぎでギルドへと訪れたのだ。
幸いすぐに手続き出来るという事で、すぐに素材倉庫と呼ばれる部屋へ案内された。
名前通り巨大な倉庫で、あちこちに冒険者と思われるグループがギルド職員と話をしていた。
「では私はここでお待ちしていますので、討伐した魔物を運んで来ていただけますか?」
普段からそうするのだろう、ニコニコと慣れた様子で告げるギルドの職員に遊里は小さく頷くとーー
「凛、お願い」
リンは周囲を確認する。
幸いと言うべきか、他の冒険者達からは死角になる部分も多く、この場で出しても問題なさそうだった。
その事を確認したリンは指定された場所へストレージの中身を出した。
次の瞬間、レッドオーガの巨体と十数匹のブラックウルフの死体が積み上がった。
「ーーふぇ?」
何が起きたか分からないといった様子で目をパチリさせる職員ーー
口は半開きで先程までの営業スマイルも完全に消えていた。
「この事は一応秘密にしておいてくれ、騒がれたら面倒なんでな」
職員にそう告げると、未だ混乱している様子だったが、そこはプロなのか無言で頷いた。
その後、鑑定自体はスムーズに進み、数分後には終了した。
鑑定が終わると最初の受付に戻り、報酬と素材の買取代金が支払われた。
「ではこちらが今回の報酬と買取代金です。 報酬が大銀貨3枚、素材の買取代金がレッドオーガの分が金貨1枚、ブラックウルフは状態により前後しますが全部で大銀貨15枚です」
「ありがとうございます」
銀のトレーに乗せられたお金を受け取ると、遊里は嬉しそうにしながら小さくお辞儀をした。
「それから――」
すっかり元の様子に戻った職員が一枚の用紙を取り出すと――
「先程、キース商会の方がいらっしゃいまして事情を伺ったところ、ブラックウルフの集団に襲われているところをお二人に助けられたとの事でしたが間違いありませんか?」
「ああ、間違いない―― ん? キース商会??」
聞き覚えのある名前に思わず聞き返してしまう。
「はい、お気づきでは無かったのですか?」
「キース商会??」
遊里はなんの事だか分からない様子だったが、当然リンには心当たりがある。
だが、それをここで説明している時間はなさそうなので、そのまま話を進める事にした。
「ではこちらの書類にサインをお願いします。 無いとは思いますが、万が一、虚偽である事が判明した場合、罰せられ、ライセンスの剥奪となりますのでご注意下さい」
職員の注意事項を聞きながら内容を確認すると、やはり先程助けた馬車はルフィアから訪れており、リンの知るキース商会で間違いなさそうだった。
偶然のイタズラに多少の驚きはあったが、別に問題があるわけでは無いので、リンは書類にサインをすると、職員に手渡した。
職員が内容を確認すると、先程と同じ様に銀のトレーを差し出した。
「ではこちらがキース商会様よりお預かりしました謝礼です」
その金額を見た遊里が驚きの声を漏らした。
「ええ?! 多くない?!」
銀のトレーには、金貨が15枚載せられていた。
確かに多いとは思うがある程度予想通りだったので、そのまま受け取る。
なにやら遊里は難しい顔をしていたが、時間も無いので職員にお礼を言ってギルドを後にした。
外に出ると、既に辺りは暗くなり始めていた。
宿に戻る道を歩いていると、遊里が話しかけてきた。
「ねぇ、さっきのお金だけどさ、あんなに貰っていいのかな? 偶然助けただけであんな大金、ちょっと気が引けるんだけど……」
遊里の言いたい事は理解できた。
リンも以前、キース達を助けた時に同じ様な事を思った事があったからだ。
「確かに少ない金額じゃないな、だけどこれは貰っておく方がお互いにとって良い事なんだよ」
以前キースに言われた事をそのまま遊里に話す。
助けた側は謝礼を受け取る事で、助けられた側は謝礼を払う事で貸し借りを作らない。
それが、この世界での通例だと。
「うーん……」
「それで相手が気兼ねしなくて済むならいいんじゃないか?」
「そういうもんかぁ……」
いまいちスッキリはしていない様だが、一応納得してくれたようだった。
とは言え、実際のところこのお金を受け取るつもりは無い。
領主が領民を助けるのはある意味では当然なので、ルフィアに戻り次第キースに返すつもりだった。
問題はそのあたりの事情を遊里にどう説明するかだった。
そんな事を考えている間に宿に到着した。
空はすっかり暗くなっており、時間的にも夜と言っていい頃だった。
そういえば部屋を取っていない事を思い出し、受付に声をかける。
二人部屋で空きがあるか確認すると、既にウェインが部屋を取っている事を告げられ、そのまま部屋まで案内された。
「お疲れ様です]
「すみません、待たせました」
「いえ、私も今戻ったところです」
とりあえずお互い疲れもあるだろうという事で、食事をとることにした。
食堂で取ることも可能だが、部屋の方が気兼ねしなくてすむので遊里達と共に部屋で食事をとった。
食事も終わり落ち着いたところで、ウェインの報告を聞く。
「まず結論から報告しますと、違法に奴隷を売買している組織の潜伏先は判明しました」
わずか一日でそこまで調べ上げたウェインの優秀さには驚いたが、少々気になる言い方だった。
「ですが、問題は奴隷として売られた者たちの行き先です」
短い時間の中で調べた限り、国外に売られた者よりドール国内で売買された者の方が多いようなのだ。
だが、肝心の売却先がまるでわからないらしい。
貴族が噛んでいる可能性もあり、調査は慎重に行う必要があるようだった。
「噂程度ですが、ドールの研究者が購入しているという話も聞きました。 明日はその辺りを重点的に調べていきます」
「分かりました、俺にできる事があればなんでも言ってください」
違法な奴隷組織を潰す。
だが一番大切なのが攫われた者たちの救出だ。
これ以上、厄介な事にならな無い事を祈るリンだった。
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