第77話 転移魔法
「ふぅ、なんとかなったな」
倒したブラックウルフをストレージに収納したリンは小さなため息をついた。
レッドオーガを収納した時点でこれ以上は入らないと感じていたが、なんとか全てのブラックウルフを収納する事が出来た。
「ありがとう凛――ふ、ふふふ……」
「いつまで笑ってるんだよ……」
「ごめんごめん……ふふふ」
遊里は余程おかしいのかリンがストレージにブラックウルフを収納する作業中も時折思い出し笑いをこぼしていた。
そんな遊里の様子にリンは軽い頭痛すら感じていた。
「リンくんは何がそんなに嫌なの? いいじゃない、自分の技に名前をつけるのは大切よ?」
『うん、かっこいい』
ルナにしてみれば、技に名前がある事は当たり前であり、セーラにいたっては目をキラキラさせながらリンに羨望の眼差しを向けていた。
確かにこの世界の基準で考えれば技に名前があるのはごく自然な事なのだろう。
だが、身悶えるほどに恥ずかしいリンとしてはもうこの話は終わりにしたかった。
「もうその話はいいだろ……それより、さっさと街に戻ってギルドに魔物を買い取ってもらおう」
話題を変えたいのもそうだが、言いようのない窮屈感を感じていたリンは、出来るだけ早くストレージ内の魔物を外に出したかった。
「そうだね、今からでも明るい内に戻れるだろうしーーでもなんで馬車先に行かせたの? せっかく街まで乗せてくれるって言ってたのに」
先程助けた馬車はいわゆる商人が乗っていた。
商人はリンがブラックウルフを蹴散らしたのを見て、すぐにリン達の元に来ると泣いて感謝していた。
商人はお礼も兼ねて街まで送ると言ってくれたのだが、リンは倒したブラックウルフの回収を理由にそれを丁重に断っていたのだ。
最初、商人は作業が終わるまで待つと言ってなかなか折れなかったのだが、リンの「さっきの魔物が仲間を連れて戻ってくるかもしれない」という言葉を聞いて渋々引き下がってくれた。
それでもギルドを通して謝礼を払うから、と名前だけはきっちり聞かれた。
遊里は断ろうとしたが、リンはその申し出を受け入れた。
「仕方ないわよ、空間収納の魔法なんておおっぴらに見せるもんじゃ無いからね」
「ルナの言う通りだ、それに移動に関しては当てがあるんだ、それには出来るだけ人目を避けたいからな」
試した事はなかったが、リンはスキルのお陰で成功する確信があった。
上手くいけば今後の移動が格段に楽になる。
「当て? リンくんの言うことだから心配はしてないけど不安にはなるんだけど……」
同じ様な意味合いのはずなのに何故か失礼だと思うリンだったが、遊里がウンウン言いながら同意した。
「わかる! 心配する事はほとんど無いけど、常に不安にはなるよね!」
「……はぁ」
何か言い返したいリンだったが、どうせ不毛なやり取りになるだけだとため息一つついて飲み込む事にした。
「それで? なにする気なの?」
ルナの質問にリンは一言で答える。
「転移魔法ってやつを使ってみようと思う」
以前アルの家来のバベルが使っていたのを見ていつか試してみようと思っていた。
既にイメージは出来ている。
リンは目を閉じ、集中する。
移動先で騒ぎになるのもゴメンだったので、騒ぎにならなさそうな場所を選択する。
「は? いや、いくらリンくんでも無理だと思うけどーーって! 聞きなさいよ!」
ルナが何か言っているが、気にも止めずに転移魔法を発動した。
直後、立ちくらみの様な不快感が襲いかかってきた。
以前に急激に魔力を消費した際に感じたものに近かったが、以前の様に死ぬ程ではなく、意識を失う事もなかった。
リンが目を開くと目の前に一枚の木製の扉が佇んでいた。
「……なにこれ?」
ルナが不信感丸出しでリンに問いかける。
イメージ通りなので成功したはずなのでリンは完結に答える。
「転移魔法」
「いや、そういう事を聞いてるんじゃ無いわよ!」
「え?」
何が言いたいのか分からないリンは思わず首を傾げる。
「『え?』じゃ無いわよ! 何で扉が――」
「あ! これあれだ! ネコ型ロボット的なやつだ」
何故か怒るルナの言葉を遮り、遊里がどこか嬉しそうな声を上げた。
「は?! ネコ? 何の話? というか――」
「まぁまぁ落ち着けって、さっきから「は?」しか言ってないぞ。 とりあえず移動しよう、こんな場所とは言え、人目につかないとも限らないからな」
騒ぐルナを無視してリンは自ら作り出した扉のノブを捻るとそのまま開け放った。
するとそこには口を開けたまま固まるメグミの姿があった。
――――――――
「なるほどね、あれはリンくんの転移魔法だったんだね。
突然現れたリン達に最初は驚きを隠せないメグミだったが、事情を説明するとどこか納得した様子を見せた。
「ええ、すみません突然お邪魔して、人目につかず、かつ安全な転移先がここしか思いつかなくて」
「いや、構わないよね。 それより一つ聞いていいかい?」
メグミは笑って許してくれたが、急に表情を真面目なものに変えた。
「君はさっき転移魔法を使ったと言ったが、補助の魔導具や転移石を使ったのかい?」
質問の意図が見えなかったが、リンは素直に答えようとした――が、
「そうよ、信じられないでしょうけど単独で転移魔法を使ったのよ」
ルナが不機嫌そうにそう言った。
突然話始めたルナに驚くかと思われたメグミだったが、意外にもその表情はそれほど驚きの色が見られなかった。
「伝心の宝珠をつけているから意思疎通は出来るのかと思っていたけど、随分と知能が高い使い魔だったんだね」
伝心の宝珠に気がついていたのならメグミの驚き方にも納得だった。
「ルナよ、悪かったわねさっきは挨拶もしなくて、驚かせるのも何だったから黙ってたのよ。 まぁそれもリンくんのせいで無駄になったけどね」
ルナが不機嫌な理由が分からなかったリンだったが、先程ルナが放った一言でなんとなく理解しつつあった。
「話を戻すけど、リン君が使った転移魔法はそもそも通常の転移魔法とは大きく異なる。 何より補助の魔導具も無しに単独で転移魔法を使用出来ると言うのは極めて異常と言わざるを得ないんだよ」
メグミの言葉を補足するようにイーリスが口を開いた。
「初めて見たときは自分の
その言葉にリンは無言で首を振った。
「私の眼でも底が見えないけれど、少なくとも高位の魔導師を百人単位で集めても貴方には及ばないわよ?」
「貴女、ひょっとして魔眼?」
ルナが聞き慣れない様な、聞いたことがあるようなオタクには馴染み深い単語が飛び出した。
「ええ、対象の魔力量や性質を視覚情報として認識が出来るの。 セーラちゃんを見た時も驚いたけど、リン君は比較にならないわねぇ、もっとも貴女の事も全く見えないのだけれど」
「私にその手の能力は通用しないわよ、事情があってこんな姿になってるけどこれでも竜族だからね」
ルナの言葉に今度こそ二人は驚いた様子を見せた。
「竜族……まさかこの目で見る事になるとは……転移魔法を単独で使い、竜族を従える――リン君、君はいったい何者なんだい?」
二人の目に困惑と疑念の色がありありと浮かんでいた。
これはいよいよ詳しい話をする必要がありそうだと気が重くなるリンだった。
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