第76話 黒歴史
「すみませんでした……」
ギルドの討伐依頼は対象の指定部位を持ち帰る事で初めて討伐したものとなる。
力加減がまるで出来ていなかった結果、対象の魔物はリンの魔法でほぼ消滅しており、残った一部も消し炭になっている。
指定部位はおろか一番お金になる魔石すら、跡形も無くなってしまった。
「リンくんは今後、緊急時以外攻撃魔法禁止よ。 最低限の手加減覚えるまでは絶対ダメ」
「はい……」
怒り半分、呆れ半分のルナに攻撃魔法禁止令を出されてしまった。
「まぁまぁ、とりあえず一体確保出来れば依頼は達成だし、そろそろ戻らないと暗くなっちゃうね」
遊里の言う通り、日は傾き、のんびりする時間は無くなってきていた。
日が落ちる前に街に戻る予定だったリン達は当然野営の準備などしていない。
通常の冒険者ならば想定外に備えて最低限準備しているものだが、リン達のような初心者集団にそこまで気が回る者はいなかった。
日が落ちれば明かりと呼べるものは月明かりのみのこの世界で、なんの準備も無しに夜を過ごすのは危険過ぎる。
「それで? リンはどうやってこの巨体を運ぶつもりなの?」
通常であれば荷車に乗せ馬に引かせるのだが、街を出る前にリンがそういった手配は不要だと言ったので馬も荷車も用意していない。
「ああ、任せておけ」
リンはレッドオーガに手を触れる。
すると一瞬にしてレッドオーガが消えた。
近くで見ていた遊里が驚きの声を上げる。
「え?! 消えた? なにしたの?」
「別に消えた訳じゃない、ちゃんとあるから安心していい。 わかりやすく言えば収納魔法みたいなもんだ」
ストレージ、以前ルナを助ける時にも利用したスキルで生き物以外なら、自身が持てる範囲で収納する事が出来る。
【持てる】というのがリンが持ち上げられる、という意味である事は既に確かめてあったのでそれほど心配していなかったのだが、思っていたより巨体だったので実は内心上手くいくか不安だった。
(ほんとにこのスキルの説明は不親切だな、やっぱり一度使えるスキルは全部使って確かめる必要がありそうだ)
「なんかリンばっかり便利な魔法つかえてうらやましい……」
遊里が悔しそうな顔でリンを見つめるが、厳密には魔法ではない。
なので遊里が使える可能性も一応はあるとリンは思ったのだが――
「リンくんを基準にしたら駄目よ、あれはデタラメすぎるから、普通は出来ないんだからねあんな事」
ルナが呆れたようにそう言った。
「なんか色々と言いたい事はあるんだが、とりあえず街に戻らないか? 感覚的なものだが、おそらくこれ以上は収納できないと思うからな」
本当に感覚的なものだったが、これ以上は大してストレージに入れる事は出来そうもないと感じた。
それならこれ以上この場に留まる意味は無いと思っての発言だった。
「そうだね、今戻れば余裕をもって街に戻れそうだし、そうし――! 凛! あれ!」
遊里はリンの背後を指さした。
遊里の慌てた様な様子にリンが振り返ると、数百メートルほど離れたところを猛スピードで走る馬車と、それを追う黒い影が多数視界に入った。
「あれは……追われてるのか? とにかく行ってみるぞ! セーラ、悪いがちょっと我慢してくれ」
リンはそう言って返事も聞かずにセーラを肩に担ぎあげると、馬車に向かって全力で走りだした。
馬車と黒い影は猛スピードで走っているがリン達は持ち前の身体能力で徐々にその距離を縮めていく。
そして距離が縮まった事で黒い影がなんなのか見える。
「あれは、犬……オオカミか?」
多数の黒い影の正体――それは黒い体毛の犬型の生き物だった。
「あれは、ブラックウルフ! 集団で襲い掛かってくるれっきとした魔物!」
後ろから追いかけてきた遊里が叫んだ。
必死に逃げる馬車だが、ブラックウルフと呼ばれた魔物は徐々にその距離を縮めており、追いつかれるのも時間の問題だった。
「遊里! その銃でこっちに注意を向けられないか!」
「!! やってみる!」
そう言って遊里は走りながら魔導銃を構えると、ブラックウルフの集団に発砲した。
「ギャンッ!!」
撃ちだされた光弾は狂いなく集団の先頭を走っていたブラックウルフを打ち抜いた。
突然の攻撃を受けたブラックウルフの集団がリン達に気がつくと、リンの狙い通り馬車を追う足を止め、敵意と警戒をリン達に向けた。
「遊里! ルナ! セーラを頼む!」
リンはそれだけ叫ぶと、セーラを地面に下ろし、ブラックウルフとの距離を詰める。
「ちょっと! 凛!」
背後から聞こえる遊里の声を無視して、リンはストレージから白月を取り出し、そのままブラックウルフの集団に突っ込む。
同時にブラックウルフ達もリンへと襲い掛かろうと走りだす。
一瞬で両者の距離が縮むと、先頭を走る一匹がリンめがけて飛び掛かる――
だが、リンは走るスピードを一切落とす事なかった。
飛びかかってくるブラックウルフが間合いに入った瞬間――
「――っっ!」
それは捉える事を許さない超高速の抜刀――
銀線だけを残しすれ違い様に首を落とすと、そのままブラックウルフの集団に飛び込み、返す刃で次々とブラックウルフを両断していく――
素早さと反応速度に優れたブラックウルフ達ですら、切られた事に気がつかぬまま、次々と屍を晒していく――
一秒にも満たない、一瞬の間にリンはブラックウルフの集団を駆け抜けると、そのあとには十を超える死体が転がっていた。
中には首を落とされたにも関わらず、胴体だけが走り続けていたが、すぐにその体を地に横たえた。
「くぅぅん……」
ようやく自分達の仲間が殺された事に気が付いたブラックウルフ達は、戦意を失った様に情けない鳴き声を漏らすと、一斉に逃げ出してしまった。
「ふぅ……」
逃げ出したブラックウルフ達を見て、リンは胸に溜まった息を吐き出すと、静かに白月を鞘へと納める。
リンは逃げた馬車へと目を移すと、少し離れたところで止まっていた。
リンの位置からだと、確実な事は分からなかったが、おそらく無事だろうと思う。
「ちょっとちょっと! いきなり一人で突っ込んでいくとか聞いてないよ!」
遊里が肩を怒らせながらリンの方へ歩いてくる。
「ああ、悪かった。 説明してる暇が無かったからな」
「はぁ……全然悪かったって思ってないでしょ……というか凛そんなの持ってたんだね」
遊里は呆れたようにため息を付きながら、白月を指さした。
「ああ、偶然手に入れてな。 実戦で使ったのは初めてだけどな」
魔法と同じく、時間を見つけては白月を振っていた。
おかげで以前よりはるかに高い身体能力を十二分に発揮しつつ、突然の実戦でも問題なく使う事が出来た。
「あー、なんだっけ? 前に見せてもらった気がする……ふふふ」
遊里が何か思い出したかのように意地の悪い笑みをこぼした。
それを見たリンの背中に嫌な汗が流れる。
「待て……言わなくていい、というか言わないでくれ」
思い出すだけで思わず頭を抱え悶絶しそうになる黒歴史。
「そうそう、確か草壁流抜刀術七式……あは、あははは!」
「ぐぉおおお!」
若気の至り故に自らの名前をつけてしまった、自己流剣術。
剣術を教えてくれていた人が「お前は剣の才能があるから自分の流派を立ち上げたらいい」と言われその気になってしまった痛い過去。
リンの師匠は本気でそう思っていたのだが、そうとは思っていないリンは自らの黒歴史を掘り返され、悶絶する事になった。
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