第73話 忌まわしい記憶

 街を出る前にいくつか寄りたいところがあると言われ、リンはドールの東エリアに来ていた。

 ここは魔導都市ドールの代名詞とも言うべき魔導技術関連の施設が集まったエリアだという。

 魔道具を取り扱う商業施設が立ち並び、他にも研究施設や学院なども存在する。


 北エリアほどではないが、賑わいを見せる街中を遊里に案内され、一軒の建物へと足を踏み入れた。

 入口の扉をくぐる際に[魔石工学研究所]の文字が目に入った。


「こんにちはー」


 遊里がそう声を掛けると、奥から一人の男性が顔を出した。


「やぁ、ユーリさん待ってたよ。 おや? そちらの人はひょっとして……」


 現れた男性を見てリンは驚いた。


 身長はリンより少し低く、真っ白な肌、白衣をまとった姿はいかにも研究者といった風体なのだが、何より驚いたのは、短く清潔に整えられた黒髪と眼鏡を掛けたその顔はどう見ても日本人だった。


 ――――


「初めまして、僕はカトウメグミ、お察しの通り君たちと同じ日本人だよ、よろしくね」


 安心感を覚えるような柔らかい笑顔と共に差し出された手を握り返した。


「俺はクサカベリンです。 こちらこそよろしくお願いします」


「やっぱり君がウワサのリン君だね、おーい! ちょっと来てくれ!」


 メグミが奥の部屋に向かって声を掛けると、一人の女性が顔を見せた。

 肩まで伸びた綺麗なブロンドヘアに、おっとりとした表情でメグミ同様なんとなく安心感を覚える雰囲気をまとっている。


「あらあら、ユーリちゃんいらっしゃい、そちらの方はどなたかしら?」


 印象と違わず、おっとりとした話し方をする。


「紹介するよ、彼女はイーリス、僕の妻だよ。 イーリス、彼がウワサのリン君だよ」


 すこし照れくさそうにメグミが紹介してくれた。


「あらあらうふふ、貴方がウワサのユーリちゃんののリンさんね?」


 イーリスの言葉に、遊里が盛大に取り乱す。


「ちょちょ! ちちち、違います! 幼馴染です! 従兄弟です!」


「あら~? そうなの? 私はてっきり――」


 顔を真っ赤にして否定する遊里とニコニコとした表情でからかうイーリスにリン達は完全に蚊帳の外で、セーラは相変わらず無表情のまま何を考えているか分からないが、そんな二人のやり取りを眺めている。


「まぁまぁ二人ともその辺で、リン君たちが呆れているよ。 それよりユーリさん例のアレ、見せてもらっていいかな?」


「あ! そうだった、その為に来たんだった」


 騒ぎすぎたのか息を切らしながら遊里は腰に下げたカバンから何かを取り出したものを机の上に置いた。

 それを見て、リンは思わず驚きの声を漏らす。

 なにしろ机に置かれたそれは、どう見ても拳銃そのものだった。


 ――――――


 ドールで遊里が最初にしたこと、それは仕事探しだった。

 当面の生活は援助が出たおかげで困る事はなさそうだったが、セーラの生活費までそこから出す事は間違っている気がした為だった。


 そこで遊里はまずギルドに相談を持ち掛けたところ、ギルドの依頼を受ける事を提案された。

 だが、遊里はいきなり問題にぶち当たった。

 リンもそうだったが、不思議な事に言葉による意思疎通は全く問題ないものの、文字の読み書きが一切できなかったのだ。

 もちろんそれでも受注できる仕事もあったが、報酬が極めて低いものであったり、専門の知識を必要とするものばかりで、最終的に提案されたのが、魔物の討伐依頼だった。


 だが、これまで日本で争い事とは無縁の生活をしてきた遊里にとって、魔物を狩るなど無理な話だった。

 いきなり行き詰った遊里にギルド職員が提案した依頼、それがメグミが出していた依頼だった。


「新型の遠距離魔導武器の運用テストですか?」


「はい、依頼人の方はドールでも有名な魔石工学の研究者で、とても優秀な方です。 条件もいいですし、もしよかったら一度話を聞いてみてはいかがですか?」


 ギルド職員の言う通り、かなりの好条件なのだが自分に務まるのかという不安と、何より気になったのは――


「こんなに条件が良いのにどうして誰もこの依頼に手を出さないんですか?」


 条件が良いのに誰も手を出さないという事はそれ相応の事情があるのではと思ってしまう、だがその理由は至って簡単なものだった。


「冒険者の方はスタイルというものが確立してる方ばかりでして……わざわざ慣れない武器を使う事を嫌がるんですよ」


 何となく理解できる理由だった。

 多少の不安はあったものの、「話を聞いて無理なら断ってもいいですから」という言葉も手伝って、遊里はその依頼を受ける事に決めた。


「で、その依頼人がメグミさんで、あれがその新型の武器って訳か」


「うん、名前も見たまんま魔導銃って言うんだけど、これが私の異能と相性が良かったんだ」


 リンの知識でも銃というのは、訓練しなければ狙った場所に当てる事が難しいというイメージだった。

 ましてや動く相手に当てるなど本来素人には不可能なはずなのだが、そこを無理やり補ってしまうのが遊里の異能だった。


「僕としても最初はユーリさんの様な女の子に持たせるのは気が咎めたんだけど、これ以上無いほどに結果を出してくれてね、おかげで思った以上に早く完成にさせる事が出来そうだよ」


 何をしているのか分からなかったが、メグミは魔導銃と呼ばれたソレを調べている様だった。


「そういえば、凛の異能って聞いてなかったんだけどどんな能力なの?」


 そのうち聞かれるだろうとは思っていた。

 だが、リンは未だに自分の異能が果たしてなんなのか分かっていない。

 不死の力が異能なのかとも思っていたのだが、遊里の話を聞いてやはり違うような気がしてきたのだ。


「……遊里は自分の異能を自覚したって言ってたよな?」


「?? そうだけど、どうして?」


 自信の不死の力についてはいずれ話す事になる、リン自身遊里には話しても構わないと感じていた。

 だが、今その話をすればメグミにも知られてしまうし、何より力に気が付いた経緯など説明すれば遊里に間違いなく心配される。


 リンの脳裏に忌々しい記憶がよみがえる。

 薄汚い欲望に多くを奪われ、最後は己の命すら奪われかけた。

 生死の境を彷徨っている自身を最後まで案じてくれたのは遊里だった。


 出来る事ならもう二度と心配はかけたくない――何より、心の奥底にしまいこんだ記憶にもう苦しめられたくなかった。


 結局は自分本位な事に気が付き、リンは思わず自分を殴り飛ばしたくなる。


「あ、あのさ! ごめんね!」


 突然謝りだした遊里にリンは思わずハッとした。


「なんか、聞いたらまずかったみたいで……もう聞かないからさ! ……だから、そんな怖い顔しないでよ」


 張り詰めた空気と遊里の辛そうな表情を見て、思わずリンは自分の顔を手で覆った。

 そのまま大きく深呼吸する。

 目一杯に取り込んだ空気と共に胸の内に湧いた黒い感情を吐き出す。


 何度か繰り返す内に気持ちが落ち着いてきた。

 最後に残った空気を吐き出すと、リンはゆっくりと口を開いた。


「……ごめん、もう大丈夫だ」


 長年の付き合いもあり、遊里にはそれだけで伝わった。


「あはは、平気平気、だったから、ちょっと驚いただけ」


 こういう時、事情を知る相手が居るというのは本当にありがたい事だとリンは改めて思った。


「……ちょっと、なに二人で勝手に解決してるのよ」


 ルナが不貞腐れたように文句を口にする、だが


「あー……いや、ちょっと嫌な事を思い出してな……悪かった」


 曖昧な言葉で誤魔化す。

 申し訳ない気もしたが、今はなにも説明したくなかった。


「待たせて悪かったね! 完成したよ!」


 嬉しそうなメグミの声で、ようやく張り詰めていた時間が終わった。

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