第71話 勘

「と、言う訳なのよ」


 遊里と再会したリン達は、落ち着いて話をする為に遊里達が滞在している宿を訪れていた。


「はぁ……」


 遊里がこちらの世界に来てからの話を聞いたリンは思わず大きなため息をついた。

 リンの頭の中は未だに混乱している。

 話を聞いた今でも考えが纏まらないままだった。


「まぁ、正直信じたくない気持ちでいっぱいだが、こうして目の前にいる以上、遊里もこの世界に迷い込んだって事は理解できた」


「まぁ私としても最初は色々戸惑ったけど、今では気持ちも整理できたし結構楽しんでるよ」


 平然とそう答えた遊里にリンは驚いた。

 自分の様に既に肉親を亡くした身ならいざ知らず、遊里には家族もいるし、友人も多い。

 普通に考えれば帰りたいと思うのが普通だ。


「あ、当然帰れるものなら帰りたいよ? でも現状だとそれも難しいし、だったら楽しまなきゃ損だとおもうのよ」


 それを聞いたリンは驚きを通り越し、あきれてしまった。


「楽しむって…今頃叔父さんも叔母さんも心配してるぞ」


「んー…お母さんは多分心配してると思うけど、お父さんは大丈夫な気がするのよね」


 何を馬鹿な事を、と思うリンだったが、遊里は自信があるようで不思議に思う。


「なにを根拠にそんな楽観的な事言ってんだよ」


「勘!」


「……は?」


 思わず聞き返してしまう。


「だから、勘だってば、と言ってもただの勘じゃないよ」


「意味が分からないんだが……」


 所詮、勘は勘だろうとリンは思ったのだが、それまで黙って話を聞いていたウェインが口を挟んだ。


「ひょっとして、異能ですか?」


 異能、それを聞いてリンはようやく理解した。

 アナザーが持つ特殊な力、それならば遊里の自信にも納得がいった。


「はいその通りです、正確に言えば私の異能は【直観】です。 ほんの数日前にはっきり自覚できました」


 自覚したのは数日前だが、そもそもがこの世界に来た時からその兆候はあったらしい。

 なんにせよ、そのおかげで言葉を発することが出来ないミクとの意思疎通も難なくこなす事ができ、さらには冒険者として魔物退治などもこなしたらしい。


「わざわざギルドで依頼をこなしてるのか? 援助があればそんな危険な事しなくてもいいんじゃないのか?」


「それをリンくんが言うの?」


 ルナがあきれたようにリンの言葉にツッコミを入れた。


「あ、やっぱりその子喋れるんだ、頭良さそうだし何となくそんな気がしてたんだけど」


「ふーん、そんな事も分かるのね、私はルナ改めてよろしくね」


「あ、私はウェインです、申し遅れてすみません」


 ルナの自己紹介に続いて、ウェインも自己紹介する。


「なぁ名前と言えばその子だけど……」


 リンは遊里の横に座る少女へと目を向けた。

 視線に気がついたのか彼女は小さく首を傾げ「なに?」といった感じを見せる。


「うん、自分の名前も分からないみたいだし勝手にミクって呼んでるんだ」


 そう話す遊里にミクも頷く、どうやら本人も嫌がってはいないようだった。


「そうか……因みに、もし本当の名前が分かるなら知りたいか?」


 リンはスキルのおかげで基本的には視界に入るものであれば意識を向けるだけで名称などの情報を得ることが出来る。

 どうやら遊里にそういったスキルなどは無い様子


 なので、リンとして当人達が望めば教える事は簡単だった。


「え? なんで凛がミクの名前知ってるの?」


 リンは自身の持つスキルや視界に映るウィンドウの様なものについて説明した。


「なにそれ、私そんなゲームみたいなもの見えた事無いけど……」


「だから前も言ったけど、そんな事言ってるのリンくんだけよ」


「どうやらそうみたいだな」


 リンとしては別に疑っていた訳ではないが、実際同じ境遇の遊里もそう言っている以上、間違いないのだろうと納得した。


「ま、そんな事はどうでもいいや、もし分かるなら私は知りたいかな、ミクはどう? 知りたい?」


『どっちでもいい、ユーリさんが知りたいなら聞いていい』


「ふぇ?! 今のなに?! ひょっとしてミクちゃん?!」


 突然頭の中に響いた声に驚いた遊里が声を上げる。

 ミクが頷くと、遊里は嬉しそうにミクに抱きつく。


『ユーリさん、ちょっと苦しい……』


「あ! ごめんね、嬉しくってついつい……」


 遊里の腕から抜け出したミクは「大丈夫」と言うように首を振った。


「……それで、どうする? 俺としてはどっちでもいいんだが……」


 記憶を失う辛さなど、リンには理解出来ない。

 だが、もし本人が記憶を取り戻す事を望むのなら名前と言うのは重要な情報だとリンは思っていた。

 名前を聞く事で何か思い出すかもしれないし、今後自分の事を調べる上でも役立つのは間違いない。


 だが、本人にその気がないのであれば、かえって重荷になるかもしれないともリンは思っていた。


『私は本当にどっちでもいい、ユーリさんが気になるなら聞いていい」


「うーん、じゃあ聞いてみてどうするか考えようか」


 ミクが小さく頷いたのを見て遊里も頷いた。


「決まったみたいだな、彼女の名前はセーラ、セーラ・シルベストル」


「ん? シルベストル……?」


 それを聞いたルナがなぜか首を傾げた。

 だが、それ以上何か言う訳でもなかったので、気にはなったが、とりあえずは置いておく事にした。


「セーラ、うん、いい名前! 確か王女とかそういう意味だったよね? ひょっとしてエルフの王女様だったりする?」


 リンの背中に嫌な汗が流れた。

 なにしろ、そういうまさかの展開は既に経験済みなのだ、冗談でも考えたくない話だった。


「ははは、それは無いと思いますよ、エルフは国を持たない種族で森に集落を作って暮らしていますから」


 ウェインの言葉にリンは少しだけホッとする。


「そうなんですね、エルフの王国とかがあって、そこの王女様だったらどうしようかと思いました」


「ハイエルフという種族の王国はあったらしいのですが、千年以上も昔に滅んでしまい、今では文献にしか残ってな――」


「え?」

「あ!」


 リンのつぶやきと、ルナの声が重なる。


 そしてその瞬間、リンは先ほど聞いたばかりの遊里の異能を思い出した。


 勘が鋭くなる――


 単純だが、常時発動するその能力はあらゆる事柄で威力を発揮する。

 わずかな情報からでも、正解へと勝手に導かれる異能を有する遊里が、セーラという名前から彼女が王女なのでは? と感じたのだ。

 それが意味するところに気が付いたリンはめまいを覚えた。


「ハイエルフ、そうよ、千年くらい前に滅んだハイエルフ王家の名前がシルベストル…… あれ? でもハイエルフって王国と一緒に滅んだはずなんだけど……」


 遊里の異能と三千年の時を生きるルナの情報、そして自身が見た種族名ハイエルフという情報、偶然と言うのは無理があった。


「……リン様、トラブル体質もいい加減にしてくださいよ」


 いい加減にしてほしいのは俺の方だよ、と心底思うリンだった。

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