第70話 無責任な救いの手
ラノベやゲームではお馴染みの種族エルフ。
長い耳で長命、魔法なんかが使えるイメージでまさにファンタジーそのものな存在、それが私の目の前に存在した。
「………」
なんとなく怯えた様な、警戒されている様な気配を感じて私は慌てて話しかけた。
「ご、ごめんね! 苦しくなかった?」
あれ? これさっきも言った気がする。
エルフっぽい少女に自分でも気がつかない程度には混乱していたようだった。
(フルフル)
少女は首を横に振った。
どうやら苦しくなかったという意思表示のようだ。
「えーっと…私は相馬遊里、貴女は?」
(??? フルフル)
少女は首を傾げて、再度首を横に振った。
その様子に、言葉が通じてないのかと思ったが、何故か違う気がした。
「えーっと…もしかして自分の名前が分からないとか? あはは、まさか…ね」
異世界に来て早々に記憶喪失な少女と出会ってしまうなんて、そんなラノベな展開あるはずが無いと思ったのだがーー
(コクコク)
少女は首を縦に振って肯定した。
その瞬間、万が一の言葉が通じてない可能性が否定され、ラノベな展開が私に降りかかった事を理解させられた。
正直、自分もまだ何がなんだか分からない状況にも関わらず、問題ばかりが積み上がる事に軽い目眩を覚えた。
だが、このままこの子を放置する事など出来るはずもなく、見通しも何もないまま成り行きでこの少女と共に行動する事を、半ばヤケクソ気味に決めた。
「毒をくらわばなんとやら、ね。 ねぇ私とあそこまで行かない? なんとなく街っぽいし、貴女の事も何か分かるかもしれないし」
(コク)
少女は首を縦に振ると、私の手を握った。
一人っ子の私にとっては新鮮で少し嬉しかった。
私は彼女の手を握り返すと、高い壁に囲まれた街らしきものへと歩き出した。
ーーーーーーーーー
「あ! あそこ! 入り口っぽい!」
壁伝いに歩き続け、ようやく入り口らしきものを見つけた私は思わず声を上げてしまった。
(コクコク)
少女は表情を変えずに頷くだけだったが、なんとなく喜んでいる気がした。
私は少しだけ早足になりながらも、入り口らしき門まで近づいた。
「すごい人…これに並ぶとなると結構時間かかるんじゃ…」
恐らく門を通って中に入る為の検問の様なものだと思うが、いかんせん並ぶ列が長い。
馬車が何十台も並び、列の長さは数百メートルはある。
「はぁ…見ててもしょうがないし、並びましょうか、これで入れなかったら色々と大変な事になる気がするけどね…」
ここに至ってようやく私は自分の置かれている立場が極めて危うい事に気がついた。
ここがどこだか分からず、元の世界に戻る方法もわからない。
当然、知り合いもいなければ頼る相手すら分からないのだ。
これで中に入ることが出来なければ…などというのは考えたくも無かった。
私は結構な焦りを感じつつ列の最後尾に並んだ。
すると前の馬車からひとりの男性が声を掛けてきた。
「おや? 貴女方ひょっとしてドールは初めてですか?」
突然声をかけられて少し驚いたが、言葉が理解出来ることに少し安堵した。
「え、ええ、旅の途中なんですけど、ちょっと事情があって立ち寄ったのですけど…」
いきなり、異世界から来ました! なんて言ったら頭のおかしい奴だと思われると考え、咄嗟に誤魔化す。
「やはり旅の方でしたか、ここまで大変だったでしょう、しかし随分と軽装ですが、ひょっとして魔物にでも襲われるましたか?」
人の良さそうな男性だったが、その目はどこか値踏みする様な、探る様な視線であまり居心地のいいものではなかった。
それが相手にも伝わったのか、男性はすぐに表情を崩し、視線からも不快なものは消えた。
「失礼しました。 色々と事情もあるのでしょう、それより、旅の方ならここにいる必要はありませんよ」
一瞬、旅人は中に入れないのかと焦ったが、男の話を聞いてすぐに安心へと変わった。
どうやらこの列は主に商人などが並ぶ列で、荷物の検査を待つ為のものらしい。
荷物の少ない旅人ならば、もっと早く中に入れると教えてくれた。
「ホント!? 助かったぁ、教えてくれてありがとうございます」
「いえいえ、それともし何かの事情で荷を無くしてしまったのなら、守衛さんにその辺も相談するといいでしょう、きっと悪い様にはなりませんよ」
私は男性にお礼を言って列から離れると、そのまま門へと向かった。
門の正面に来たところで私達の姿を見つけたからか、鎧を着た男性が声をかけてきた。
「旅の方ですか? 入国をご希望でしたら、身分を確認出来るものを提示してください」
そう言われて私は思わず固まってしまった。
なぜって、身分を証明するものなど当然無い。
挙句、連れている子供は記憶もない。
なんて説明すればいいのか分からず言いよどんでいると、男性の方から話かけてきた。
「ふむ…よく見れば荷物も持たず、見た事もない服装…まさかとは思いますが貴女、自分がどこから来たのかここがどこなのか分からなかったりしますか?」
すっかり忘れていたが、私は制服を着ていた。
この世界の事は分からないが、おそらく制服を着ている人などまずいないだろうと思う。
「えーっと…日本から来ました、なんて言ってもわからないですよね…」
思い切って本当の事を言ってみた、制服の事は触れないでおく。
「ニホン…ですか…ちなみにここは魔導都市ドール、そしてこの世界はエデンと呼ばれていますがその事は知っていますか?」
やはりと言うべきか、ここが異世界である事が、今確定した。
――――――――
驚いた事に、この世界には異世界からの転移者は度々現れるそうだ。
それはこの世界では割と常識らしく、驚くほどすんなりと信じてもらえた。
事務所の様なところで色々と手続きを済ませると、テリーさんと名乗る騎士の人がこの世界の事を色々と教えてくれた。
帰る方法は分からなかったけど、アナザーと認定された事で当面の生活の心配は解消された。
「とりあえず、お話しておくべき事はこのくらいです。 まずはギルドに行ってICを発行してもらい、当面の生活費を援助してもらうといいでしょう」
「色々と、本当にありがとうございます」
「いえいえ、これも仕事ですから、それよりそちらのエルフの少女ですが…」
こちらの事情を話している段階で彼女の事も相談していた。
「……一時的に保護する事は可能です、ですが――」
とても言いづらそうにそう言葉を濁すテリーさんを見て私は何故か察してしまった。
こんな小さな子が魔物がはびこる外界にいたのだ、どう考えても複雑な事情がある。
「ドール国民であれば、運が良ければ孤児院に入れるかもしれません、ですがそうでなかった場合は最悪国外追放の可能性すらあります」
それは実質、死刑宣告だった。
私が彼女を見ると視線が合った。
何を言っているのか理解しているだろう、彼女は悲しそうな表情を浮かべていた。
「私と一緒にくる?」
それを聞いた彼女は驚いた表情を浮かべ、首を横に振った。
正直、責任なんか取れない。
道端に捨てられている子猫ですら、その命の重さに責任を持つ事が出来ず、いつも心の中で謝りながら放っておく事しか出来なかった。
私だってどうなるかわからないのに、こんな小さな子の人生まで背負うなんてとても出来ない。
なのに、なぜかそう言ってしまった。
「正直、どこまで面倒みてあげられるか分からない、すっごい大変な思いもするかもしれない、それでもいいなら一緒においでよ」
我ながら本当に考えたらずだと思う。
だけど、きっと彼なら迷わずそうするだろう。
どこまでも独善的で偽善的だけど、そういうところでは迷いがない。
だから今回は彼を見習って、無責任を承知で目の前の少女に手を差し伸べてみよう。
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