第67話 入国

 

「いい天気だな、空の旅日和だ」


 ルフィアを発ってから数時間、時間は昼を少し過ぎた頃になっていた。

 ルフィアからドールまで、通常であれば一週間ほどかかる道程だが、空を飛ぶルナにかかれば、半日程度で済んでしまう。


「リンくん、ドールが見えたわよ」


「了解、あんまり近寄り過ぎず、人気の無いところで降りてくれ」


「はーい」


 ルナはそう言ってドールから少し離れた森の中に降りた。


「お疲れさん、えーっと生きてます?」


 リンが声をかけたのはルナでない。


「……なんとか」


 ウェインが疲弊しきった声でかろうじてそう返事をした。


「ちゃんと掴まって無いから落ちるのよ、リンくんが頼むから特別に乗せてあげたのに」


 ドールに土地勘のないリンは補佐役としてウェインを連れてきたのだが、その途中でルナの背中から落ちてしまったのだ。

 ルナがいつかリンに使った魔法のおかげで無傷で済んだのだが、結局それ以降はルナが足で掴んだまま数時間空の旅をする事になり、心の方には大きな傷が残ったようだった。


「これほどまでに地面に安心感を覚えたのは生まれて初めてですよ、空の旅はもう遠慮したいです」


「まったく、世話がやけるわね一回落ちたくらいで、アリスは何度か落としたら慣れたわよ?」


 そのセリフにリンとウェインが思わず聞き返した。


「「落とした?」」


「落ちても大丈夫だって言ってるのにうるさかったから、実際体験してもらったのよ」


 事もなげにそう言ってのけるルナ。


「………さ、のんびりしてても仕方ないしそろそろ行こうか、ルナは小さくなってくれ」


 アリスには気の毒だが、帰ったら慰めてやろうと心に誓い、一同はドールへと向かった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 魔導都市ドール、その名の通り魔法技術が発展した都市であり、ドール王国の王都でもある。

 広大な都市を囲む巨大外壁に守られており、東西南北の四ヶ所にある門からしか入ることは出来ず、かつ入国時にはしっかりとした審査も行なっている。


 と、ドールへ向かう道すがらウェインが説明してくれた。

 審査と言ってもルフィアで行われているものと大差ないらしく、基本的には犯罪者などが都市に入るのを防いでいるだけなので、身分さえ証明出来れば入国は難しくないらしい。


 門にたどり着いたリンの視界に入ったのは長蛇の列だった。


「すごい人だな」


 リンの口から思わずそんな感想がこぼれる。


「ドールの魔導具はエデンでも一級品として名高いですからね、求める人は多いんですよ、それにこの列は殆どが商人なので私たちは別の列から入国出来ますよ」


 そう言ってウェインは長蛇の列を横目にどんどん門へと近づいていく。


「失礼、入国をご希望ですか? でしたら何か身分の分かるものを提出して下さい」


 守衛と思われる騎士が声をかけてきた。


 実はドールの説明を聞いている時にウェインから説明があった。


「入国の際はリン様が侯爵である事を伏せて入国しましょう」


 リンがルフィアの領主である事を伝えれば入国は極めてスムーズに行く、しかもそれなりの待遇で護衛もつくのだが、今回の目的を考えれば極力目立ちたくないとの考えからだった。


 その考えにはリンも同感であり、異論は無かったのだが、そうなると身分の証明をどうすればいいのかという疑問にぶつかった。


 だが、それもウェインの助言で簡単に解決する。

 それがギルドで発行してもらった物の提出だった。


 インテリジェンスカード、通称ICを使えばいいとの事だった。

 リン自身、取得したは良いが、すっかり忘れていた。


 話していた通り、守衛にICを手渡す。

 普段からそうなのか、軽い会話を交えながらウェインのICを確認し、続いてリンのICに目を通した。

 だが、そこで守衛が突然動きを止めた。

 そしてそれまで浮かべていた笑顔を消し、一瞬で警戒の色を濃くする。


「…このICは間違いなく貴様のものか?」


 守衛の目線は真っ直ぐリンを捉えている。

 リンははっきりと頷くと、守衛は僅かに考えてから口を開いた。


「こんなですぐに入国を許可する訳にはいかない、悪いが詰所まで同行してもらえるか?」


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 門をくぐったすぐ横に建てられた詰所に連れられたリン達は、通された一室の椅子に座っていた。


「妙な事は考えないでくれよ? 正直私には判断出来ないから来て貰ったんだ、無用な嫌疑だったら謝るからもう少しだけ待ってくれ」


 何故こんな事になっているのか理解出来ないリン達だったが、リンのICが原因なのは間違いない。


『…どうなってるんだ? 領主の事がバレたのかと思ったが違うみたいだな』


『そうですね、でも完全に犯罪者って扱いでもありません、何か警戒させるものがリン様のICに記載されていたんだと思います。 とは言え、守衛が確認できるのはリン様がアナザーである事とステータスぐらいのはずですが…』


 そこまで聞いてリンに嫌な予感が走る。

 それはルナも同じだった。


『なんで無言なんですか?』


『いや…』


『ほぼ原因がわかった気がするわ』


 そこまで話したところで部屋に数人の騎士が入ってきた。


「待たせてすまなかった、私はドール魔導騎士団北方隊隊長のテリー、貴殿が異常なICで入国を希望した者たちか?」


 やっぱりか…リンとルナは思わずため息をついた。


「ふむ…申し訳ないが貴殿が何者であれ、さすがに事情も聞かずに入国させる訳にはいかないのだ、説明してもらえないだろうか?」



 出来ることなら内密に解決したいところであったが、おそらくこのテリーという男には正体がバレている可能性が高い。

 だとすれば、下手に誤魔化すよりもきちんと事情を説明した方が良い。

 そう考えたリンはもう一度ため息をつくと、テリーに話しかけた。


「わかった、事情は説明する。だが出来れば話すのは少人数にしたい、可能な限り人数を減らしてくれないか?」


 それを聞いたテリーは一瞬、警戒を強めたがすぐに連れてきた騎士達を一人残し、部屋の外で待機するよう指示を出してくれた。

 残ったのはテリーと連れてきた騎士が一人、そして入国時に対応した守衛の騎士の3人だった。


「最初に聞かせて貰えないだろうか、貴殿がリン クサカベ殿で間違いないのか?」


 リンは頷くと自分の事とドールにやってきた経緯を話し始めた。


 ーーーーーーーーーーーー


「なるほど…それで閣下みずからドールへいらっしゃったのですね?」


 説明を終えると、テリーは納得したようにうなずいてくれた。


「分かりました、ICの件は内密にするよう厳命しておきます。 しかし、まさかとは思いましたが、本当にセントアメリアの英雄だったとは… 念を入れてこの二人を残して正解でした」


 なんでも残った二人は、それぞれが警邏隊の隊長と守衛長との事らしく、今後ドールの北エリアで動く際に協力してくれるという事だった。

 併せて、他のエリアで事情を聞かれる事態になった場合はテリーが出張ってくれるという。

 非常にありがたい配慮だった。


「助かる」


「いえ、我々としてもそのような組織は一刻も早く排除しておきたいところです、協力は惜しみません」


 こうして、多少のトラブルはあったものの、現地の協力者も得ること成功したリンたちは、テリーの助言もあり、まずは情報収集の為にギルドへと向かった。

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