第66話 魔導都市ドールへ
「以上の調査結果からアルファ伯爵がクロである可能性は極めて高いかと思われます」
数日のウェインの調査結果から、アルファ伯爵が中心となって複数の貴族たちによる違法奴隷の実態が見えてきた。
今回リンたちは孤児院の一件から調査に乗り出したが、調べてみれば孤児院に限らず、ルフィア全体で失踪者が少なからずいる事が判明した。
特に目立ったのは戦時中に志願兵として駆り出された者達だった。
その志願兵というのも孤児院と同じ手口で半ば脅された様なもので、行方不明のまま戦死したと家族には伝えられている。
「実際に戦死された方もいるでしょうが、それにしても数が多過ぎるので、恐らくそういう事だと思われます」
要は戦争のどさくさに紛れていたという訳だ。
許せることではない。
その報告を執務室で聞いていたライズやルル、アリスはそれぞれが内心怒りに震えていた。
そんな中、リンはただ腕を組んだまま表情を変えなかった。
「それと、既に聞き及んでいるかもしれませんが、今日にでもアルファ伯爵自らリン様に面会を申し込まれています」
その点はその場の全員が知っている事だった。
そしてそれは、リンにとっては予想通りの行動だった。
「……その点は問題ない、予想通りだからな」
そう、リンにとっては予想通りの行動だった。
傲慢で醜悪、自らの利益の為なら他人を平気で踏みにじる輩は皆同じ様に動くことを知っている。
だから、彼女たちを匿えば取り返しに来るのだ、自らの利益を守る為に。
ならば、おびき出し叩き潰してしまえばいい。
例え、アリスの言う通り、
それが彼女たちの為だと自分に言い聞かせながら―――
―――――――――――――――――
「お初にお目にかかります、私はアルファ家現当主のベーツェ・アルファと申します。 この度は直々のお目通り感謝いたします」
正午を少し過ぎた頃、予定通りに数名のお供を連れてアルファ伯爵が屋敷に訪れた。
パッと見の印象は以前会ったルフィア公爵の様な傲慢さは見られないが、既に裏の顔を知っている以上それ以上の感想は出てこなかった。
「こちらこそ挨拶も出来ず申し訳なかった、何分不慣れなもので
そもそもリンとしては友好的な関係など考えていない、お互いがただ腹の内を探りあっているだけの社交辞令など面倒なだけだった。
「それで? 今日はどういったご用件で? ただ挨拶に来たという訳ではないのだろ?」
リンに向こうの出方を探るつもりなどない、それが伝わったのか、アルファ伯爵の表情から笑顔が消えた。
「閣下もお忙しいでしょうから単刀直入に申し上げます。 孤児院をはじめとしたルフィアの各所施設の免税、これはどういうおつもりですか? 私どもは代々この街の運営を任されていたのですが、突然なんの断りもなくそんな事をされては到底納得できかねます」
言葉は丁寧だが、そこには明らかな敵意が込められていた。
そんなアルファ伯爵にライズが回答を口にしようとしたのだが―――
「その点については――――」
「領地運営に関しては今後は俺が取り仕切る、前後したがこの場を持って正式な通達とする、以降は必要に応じて指示を出すので勝手な行動は慎んでもらうのでそのつもりでいろ」
「なっ…!」
あまりにも唐突に告げられて内容にアルファ伯爵は目を白黒させ驚いた。
「この件は陛下よりお許しをいただいている、逆らえば即ち国家に逆らうという事だ。 そうだな、さっそく一つ頼もうか、ほかの貴族たちにもこの件を伝えておいてくれ、俺は色々と忙しいんでな」
普段のリンとはまるで別人かのような態度にライズは内心気が気でないのだが、リンはそんなライズなど気にもせずにさらに言葉をつづけた。
「それとだ…先日視察した孤児院だがな? なんでも管理していた貴族に数名が奴隷として徴収されたらしのだが、何かしらないか?」
それを聞いたアルファ伯爵があからさまに狼狽える。
「さ、さて私が知る限りではそのような話は聞いたことがありませんね、事実だとすれば奴隷法に違反する重大な問題です、私の方で調査させましょう!」
「その必要はない、既にこちらで調査している、お前は言われた通り先ほどの件を他の貴族に伝えるだけでいい」
それだけ言うとリンはライズに目で合図を送った。
「それでは申し訳ありませんが、この後も予定が立て込んでいます。 今日のところはこれでお引き取り下さい」
そう言って、アルファ伯爵達を追いだした。
最後にアルファ伯爵は苦虫をかみつぶした様な表情で一言挨拶すると屋敷を出て行った。
予定どおり、聞きたい事、言いたい事は言った。
後はあちらの動きを待つだけだった。
――――――――――――――
アルファ伯爵が屋敷を出るとライズはこれまで見た事がないほど疲れた表情で大きなため息をついた。
「リン様、やりすぎです… 肝が冷えましたよ…」
そう、ライズにしては珍しく不満を漏らした。
「ああ、悪かったな、ああいった手合いには一分のスキも見せたくないんでな」
悪びれもせずそう言ってのけるリンにライズは再びため息をもらす。
「だが、おかげで尻尾を出してくれた、分かってはいたがやはり奴が関わっているのは間違いなさそうだな」
ライズもそれに気が付いていたのか大きく頷いた。
アルファ伯爵が見せた尻尾、それは実際に関わりが無ければ知らないはずの事。
「孤児院には少ないとはいえ、十三歳以上の子供もいますからね、だが、伯爵は奴隷法に違反すると言っていた」
「ああ、調査していると脅かした以上、なにかしらの動きも見せるだろう、これで証拠と奴隷として攫われた人たちの居場所が見つかれば言う事なしだな」
リンとしてはそこまで簡単に事が運ぶとは思っていないが、なにかしらの収穫はあるだろうと考えている。
―――――――――――
数日後、リンの目論見通りの報告がウェインから上がった。
「リン様の言う通り、アルファ伯爵を重点的にマークしていたところようやく攫われた人たちの居所が判明しました」
リンの脅しが効いたのか屋敷から帰ったアルファ伯爵はすぐに動きを見せたらしい。
「どうやら攫われた人たちは全員がドールへと連れていかれ、現地の裏組織が売買を仕切っているようです」
単身でそこまで調べ上げたウェインの優秀さに驚きつつ、リンはウェインにねぎらいの言葉をかけた。
「ご苦労様でした、少し休んでもらったら引き続き証拠集めをお願いします」
ウェインのおかげでようやく準備が整った。
「私たちの方もリンくんに言われた通りやっといたわよ」
ルナがそう言って手のひらサイズの布袋をリンに渡した。
中にはぎっしりと白金貨が入っている。
「まさか自分の鱗を王様に売りつけることになるとは思わなかったわ」
「お父様も驚いていましたが、今回の件も報告したうえで十分な金額で買い取ってくださいました」
ルナとアリスの二人に頼んだのは資金集めと陛下への報告。
そしてシンとルルには―――
「私たちの方も手配は完了しております、既に何名かの子供を屋敷で保護しました。 併せて孤児院の修繕、増築も依頼済みです」
シンに頼んだ孤児院の修繕、そしてルルには戦災孤児の保護を騎士団と協力して指示していた。
「ありがとうございます、それじゃあ後のことは任せました」
リンはそう言ってライズに小さく頭を下げた。
「お任せ下さい、リン様の留守は我々が守ります」
これで安心して留守に出来るとリンは思ったが、最後にどうしても伝えておきたい事があった。
「今回の件で色々とみんなには迷惑をかけて申し訳ないと思っている、特にアリス―――」
突然名前を呼ばれて驚いたのか、アリスは身体を固くした。
「正直、先日の言葉は胸に刺さった、図星だったよ。 でも彼女たちを助けたいという思いは嘘じゃない、だから行ってくるよ、留守の間は貴族共を抑えるのを任せた」
アリスは驚いた表情をうかべるとすぐに笑顔に変わった。
「リンはずるいですね、分かりました。 その代わり帰ってきたら色々と聞かせて貰います、私はリンの妻になるんですからね」
そう言って少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「あ、あー… そうだな、まぁこの件が無事に片付いたら、追々な…」
リンの言葉にその場の全員が白い目を向ける。
それを誤魔化すようにリンは大げさに咳払いをすると
「それじゃ行くか、魔導都市ドールに!」
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