第65話 優しくて残酷

「リン様、準備に多少時間を取ってしまいましたが、ただ今戻りました」


 シンが執務室でライズと今後の相談をしていたリンに使いの完了を報告した。


「少々緊張している様子でしたので、案内はルルに任せました、今は広間の方に集まっているはずです」


 突然の事なので彼・女・達・が緊張するのも無理はないと思ったが、ルルに任せておけば問題ないだろう。


「ありがとうございます、では申し訳ありませんが夕食の支度をお願いします、いつもより人数も多い事ですし、早めに取り掛かっていただけると助かります」


「かしこまりました」


 シンは一礼すると部屋を出ようとドアノブに手を掛けたところで立ち止まると、振り返った。


「リン様、一つ進言をさせていただきます」


 リンが首をかしげるとシンは少し強めの口調でーー


「此度のリン様の案、私からは何も申し上げる事はございません、ですが我々使用人や家臣に対する敬称はいい加減おやめなさい、領主としての威厳に関わります」


 そう告げた。


 以前から度々注意されてはいたが、遂に叱られてしまう。


 リンとしても、今回の件は他の貴族と否が応でも顔を合わせる事になる。


 そうなればシンの言っている事はやはり重要になるかもしれないと無言で頷いた。


「今後は厳しく注意いたしますのでそのおつもりで」


 そう言ってシンは部屋を出て行った。


「ふふふ、怒られてしまいましたな、やはりリン様の指導はシン殿が適任ですね」


 ライズの言葉にリンは思わずため息をついた。


「はぁ…さてはライズさん、シンさんに言いましたね?」


 今までもライズがそういった領・主・と・し・て・の・振・る・舞・い・について何か直接言ってくることは無かったが、今日も孤児院で早々に素が出てしまった。


「さて、なんのことですか? それより早速シン殿に注意された事が出来ていませんよ?」


「……努力しますよ、まったくどうにも二人には頭が上がりませんね」


 リンにとって領主として右も左もわからず、現在も助けを借りて何とかやっている状態であり、特にライズとシンにはあらゆる部分で助けてもらっている。


 日本人として育ってきたリンにとって、そんな二人を呼び捨てにするという事はどうにも抵抗があった。


「ふふふ、頑張ってください、さて彼・女・た・ち・をこれ以上待たせても悪いでしょうし、広間に顔を出しましょうか?」


「ええ、よく考えれば事情も説明せずに連れてきてしまいましたからね、特に彼・女・は今頃青ざめているかもしれません」


 悪いことをしてしまったな、とリンは苦笑いをうかべた。



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 リンが広間の扉を開けると、十数人の子供とセリナの視線が一斉に集まった。


 そしてセリナに至っては、案の定と言うべきか真っ青な表情で涙を浮かべている始末だった。


「……やっぱりか」


 その様子に気が付いたライズも苦笑いをうかべる。


「リン様、申し訳ありません、説明はしたのですが…」


 ルルは心底申し訳なさそうに、頭を下げる。


 急を要する事とはいえ、やはりきちんと説明をした上で連れてくるべきだったとリンは反省する。


「いや、ルルさ…ルルは悪くない、俺の配慮が足りていなかったんだ、後は俺から説明するから気にしないでくれ」


 視界の端にシンが映った事で、とっさに言い直す事でごまかす。


 背後でライズが笑いをこらえているのに気が付いたリンはため息をつきつつ、セリナの方へ歩いていく。


「セリナさん、突然連れてこられて色々と混乱もあると思いますが、順を追って説明しますので、まずは落ち着いて下さい」


 セリナは青ざめた表情のまま小さく頷いた。


 それを見て、リンはセリナだけに聞こえるよう声をひそめると――


「子供たちには聞かせたくない話があります、子供たちは庭で遊ばせておきましょう、安心してくださいセリナさんが心配している様な事は一切ありませんから」


 それだけ言うと、リンはライズとメイドたちに子供たちを庭に連れていくよう頼んだ。


 子供たちは広い庭で遊べると聞いて純粋に喜びライズ達と共に広間から出ていく。


 子供たちを見送ると、リンはセリナに事情を説明しはじめた。


「まずは突然連れてきた事を謝ります、ですがセリナさん達の安全を考えると一刻も早く保・護・する必要があったんです」


「保護…ですか?」


 突然そんな事を言われてセリナは困惑する。


「はい、何故とそんな話になるのかと言うと――」


 リンは孤児院でセリナの話を聞いた時からどうにも違和感があった。


 その違和感は屋敷に戻ってから聞いたライズの話でより大きくなり、最終的にはほぼ確信に近いものに変わったのだ。


 アルファ伯爵は孤児院に多額の税を要求した。


 一つ目の違和感は、それが本当に税が目当てなのだろうか? という事だった。


 そしてリンはそうではないと考えたのだ。


 アルファ伯爵の目的、それは孤児院の子供たちを奴隷として他国に売り払う事だとリンは考えた。


 こう言っては何だが、経済的に厳しい孤児院に細々と税を払わせるより、よほど金になる。


 二つ目の違和感はセリナの母に娘と子供をどこの国に売り払ったか教えた事だった。


 多くの貴族を知っている訳ではないが、聞かれて素直に教えるとはリンには到底思えなかったのだ。


 その点に関しては、残念ながらライズも同感だと言っていた事も確信を深める要因となった。


 要するに邪魔な孤児院の長であるセリナの母マリナを孤児院から遠ざけたのだ。


 という事は、アルファ伯爵は今後も子供たちを奴隷として徴収する可能性が極めて高いとリンは判断したのだ。


「そんな…」


 リンの説明を聞いたセリナは一層に顔を青くして、そう言った。


「最初に言った通り、あくまで俺の推測でしかありません、まるで見当違いな可能性もあります」


 リンとしてはほぼ確信に近いものがあったが、一応そうセリナには言っておく。


「なんにせよ、しばらくは屋敷ここで生活するといい、部屋はたくさん余ってるし、食事も用意できる。 それに何より安全だ」


「はい……よろしくお願いします」


 セリナはあまりにもショックだったか、茫然としつつもそう答えた。


「…とりあえず、今は少し休んだ方がいい。 ルル、彼女を部屋に連れて行ってあげてくれ」


 ルルは「わかりました」と言ってセリナを部屋へと案内した。


 その際、セリナは精神的にも限界だったのか、立ち上がる事も出来ず、ルルに手を引かれていた。




 ―――――――――――――


「リン!」


 セリナと入れ替わるように広間に入ってきたアリスが怒鳴り声をあげた。


「ど、どうした?」


 突然のことに驚くリンにアリスはツカツカと近寄ると―――


「話は聞いていました、その上で一つ言いたい事があります」


 そう言って、リンの正面に腰を下ろした。


「リンの考えはわかります、全部が間違っているとも言いません、ですがもう少しやり方があったんじゃないですか? これでは彼女たちを餌にしているように思えてなりません!」


「それは……」


 リンは「違う」と言えなかった。


「先手は取らせない、そう言っていましたね? あの時のリンはとても冷たい印象を受けました。 正直少し怖いとすら感じました」


 そう言ってアリスは悲しそうな表情をうかべた。


「……リンが純粋に彼女たちの身を案じて屋敷に匿っているのならいいのです、何も出来ない私と違って実際に行動できるリンは凄いと思います、でもその行動原理はどこからきているのですか?」


 リンはアリスの真剣な瞳を直視できず、思わず目をそらしてしまった。


「………何も答えてくれないのですね」


 アリスはそう言うと立ち上がり、背を向けた。


「リン、貴方は優しい人です、彼女たちが心配なのも嘘ではないのだと思います、でもそれだけではないのですよね? 今のリンは優しくて残酷です」


 それだけ言うとアリスは広間から出て行った。



「……見透かされたな……」



 リンのつぶやきは誰もいない広間に吸い込まれていった。


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