第64話 腐りきった奴

 

 ーーーセリナの話は今から三か月ほど前に遡る。


 それまで、経済的に苦しいながらも孤児院の子供たち十数名と母親のマリナ、そして妹のレイナと共に暮らしいていた。

 贅沢は出来ないが、子供たちと共に笑いあいながら生活していた彼女たちだったが、それも戦争が始まってからは徐々に貧窮していった。


 最初に影響が出たのが食事だった。

 戦争の影響で上昇した物価が孤児院を直撃したのだ。

 ただでさえ食べ盛りの子供たちを多く抱えているにも関わらず、満足に食料を購入することができなくなってしまった。


 その上、それまで孤児院を支援してくれていた人々も生活が苦しくなり、さらに状況が悪化していった。


 それでも何とか子供たちを守ろうとセリナ達は切り詰めながらも生活していたが、そこにトドメを刺す事態が発生した。


 それが、税金だった。


 戦争税と称した徴税により、孤児院は完全に立ち行かなくなってしまったのだ。


 払えるだけのお金があればまだ良かった。

 だが、既に孤児院に払えるだけの蓄えなど無く、連日貴族たちによる取り立てが始まった。


 最初はただでさえ少ない食料をーーー

 次は孤児院にあった金属類などをーーー


 そしてそれでも足りないと言われ、遂にーーー


「貴族様に…子供たちを奴隷として徴税すると言われました」


 そう話すセリナは涙を浮かべ、震える声でそう言った。


「それで、実際に子供たちは……」


 アリスの問いかけにセリナは首を横に振った。


「そもそもこの孤児院はほとんどの子が12歳にもならない子たちばかりです、なので奴隷になることが出来ないと訴えました」


 その言葉にリンは首を傾げた。


「エデンでは12歳以下の子供は奴隷として売買してはならないと定められているのです」


 リンの様子を見てウェインがリンに耳打ちしてくれた。

 その配慮にリンは視線だけで感謝を伝えた。


「ですが…こちらの話は聞いてもらえず、園の子供二人が連れていかれてしまったのです」


 セリナは悔しそうにそう言うと悔しそうに拳を握りしめた。


「なッ?! それは明らかに違法行為です! お父様が定めた法律を明らかに無視しています!」


 アリスが叫び声と共に勢いよく腰掛けていたソファから立ち上がった。


「うるさい! いいから座りなさい! 貴女がここで怒っても仕方ないでしょ!」


 ルナはそう言うと憤るアリスの鳩尾に鈍い音を立てて体当たりした。


「うぐっ……」


 アリスはそのままソファに崩れ落ちた。


「……だ、大丈夫か?」


 あまりにも気の毒で思わずそう声をかけるリンだったが、声にならないのかアリスはソファで背中を丸めたままプルプルと震えるだけだった。


「え? 今の声は? え? その子が喋ってるんですか?」


 今になって気がついたのか、それまで辛そうに話していたセリナだったが、ルナが話す、という事実に目を丸くして驚いていた。


「え? 今更? さっきから話してたんだけど… まぁいいわ、それで?」


「え? あっ! はい、その事実を知った妹は子供を返してもらおうと、直談判に行き、そのまま帰って来ませんでした」


 未だルナが喋っているという事に驚いているのか、とてもざっくりとした説明だったが、そこまで聞けば妹がどうなったかは容易に想像出来た。


 その後も質問を交えつつ話を聞いた結果ーーー


 妹は連れていかれた子供二人と共に奴隷として捕らえられてしまった。


 その事実に気がついたセリナの母親であるマリナは、必死にかき集めたお金を持って娘達を返して貰おうとしたが、時すでに遅く、娘達は国外へと売り払われていた。


 なんとか売却先を聞き出したマリナは「連れ戻してくる」と言って売却先まで旅に出た。


 だが、その後一切の音沙汰が無くなってしまったという事だった。


「…その後も更に税金を徴収すると言ってきたのか」


 リンはようやくセリナの最初の態度に納得がいった。


 既に3人、母親も含めれば4人もの家族を奪われているのだ。

 貴族の、それも領主が直々に現れれば、あれほどの過剰な反応と態度、無理も無かった。


「セリナさん、教えて下さい、貴女達を追い詰めている貴族は誰なんですか?」


 もはや看過できる内容では無い。

 そう思ったリンは自然とその言葉が出た。


「それは…」


 セリナはその名前を口にしていいのかためらってしまった。


 これではまるで密告ではないか?


 もしかしたら報復があるのではないか?


 そんな考えが頭をよぎってしまったのだ。

 そんな不安がセリナに名前を口にする事を躊躇させた。


「安心してくれ、貴女達の安全は俺が保証する、これでも領主だからな」


 リンはセリナを真っ直ぐに見つめ、そう口にした。

 まだ躊躇もあったが、ほかに頼る当ても無いセリナはその言葉を信じるしかなかった。


「…アルファ伯爵様です」


「やはりそうですか…」


 ライズはその名前が出てくることを予想していたように、そうつぶやいた。


「リン様、いったん屋敷に戻りましょう、アルファ伯爵が絡んでいるとなると事は単純ではありません」


 ライズの提案にまだ疑問は残るものの、アルファ伯爵がどういう人物なのか知らないリンはその提案を了承することにした。


「ウェイン、すまないがクリスに伝言を頼む、信頼できる者をなるべく悟られないよう孤児院を巡回するよう伝えてくれ、むろん内密にだ」


 ウェインは無言で頷くと、すぐに動いた。

 その表情からは硬く、それだけアルファ伯爵が厄介な人物であると認識しているようだった。


 その後、ライズはセリナに税の免除を証明する書類を渡し、何かあった時の連絡方法として騎士団を頼るように伝えると孤児院を後にした。


 ーーーーーーーーーー


 屋敷に戻ったリンたちは執務室に集まっていた。



「アルファ伯爵はこのルフィアで領主に次いで最も力と影響力がある男です」


 ライズはそう言って、アルファ伯爵のことを話し始めた。


 アルファ伯爵はルフィアで領主を除けば、最も爵位が高く、その思想は貴族至上主義で市民は貴族の為に存在するものだと考えているらしい。

 以前から聞いていた通り、このセントアメリアにはそういった考えの貴族が多く、ルフィアも例外ではない。

 もちろん貴族のすべてがそういった思想ではないが残念ながら大多数の貴族はそういう思想を掲げているという。

 そういったルフィアの貴族を取りまとめているのがアルファ伯爵だという。


「特にルフィアは前領主がそういった思想の方でしたから余計にそういった考えの貴族が多いのですよ」


 リンは初めて前領主に会った時を思い出した。


「確かにあれはひどいもんだったな」


「叔父様は昔から特権階級意識が強い方でしたが、久しぶりにお会いした時には愕然としました」


 アリスは悲しさと怒りが混じったような複雑な表情を浮かべた。


「そんな人物ですからね、私の家も以前から何度も衝突してきました、とはいえ爵位も上でしたからね、どちらかと言えば圧力をかけられていたと言ったほうが正しいでしょう」


 そんな人物が裏で糸を引いているのだ、思っている以上に面倒な事態になることは明白だった。


「おそらく、孤児院の税の免除に関しても抗議してくることは明白です」


「領主であるリンくんの決定なのに?」


「もちろん、明確に抗議はしてこないでしょうが、そういった事が得意な人物ですね」


「最悪ね…」


 ルナはそう言ってうんざりしたようなため息を吐いた。


「……どこの世界にも腐りきった奴はいるんだな」


 リンはそう一言だけつぶやいた。

 その言葉はひどく冷たく、どこまでも軽蔑したような印象を受ける色を帯びていた。


「リン?」


 アリスはそんなリンに違和感を感じた。

 決して長い付き合いとは言えないが、どちらかと言えば温厚な印象のリンから出た言葉だという事が少し信じられなかった。

 そしてそれはその場にいたルルやウェインも同じだった。


「…そういった輩には先手を取らせない、こっちから動くか」


 そう言ってリンはウェインとライズ、そしてシンにそれぞれ視線を向けると一気に考えをまとめた。


「うん、シンさん申し訳ないんですが、一つお使いを頼まれてくれませんか?」


 そのお使いの内容は、その場にいた全員が驚くものだった。

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