第63話 俺には無理

 リン達は話をする為に萎縮しきってしまったセリナをなだめつつ、孤児院の中に入らせてもらった。


 孤児院の中は外観よりはマシだったが、それでも彼方此方が傷み、老朽化しているのは明白だった。


「この様な部屋で申し訳ありませんが、一応この孤児院の応接室です…」


 通された部屋は、壁や天井に傷みは見られるものの、掃除は行き届いており、ソファーとテーブルも用意されていた。


「お気遣いありがとうございます、セリナ殿はこの孤児院の責任者ですか?」


「いえ…私の母がここの責任者だったのですが…」


 そう言ってセリナは再び顔を伏せてしまった。

 仕方ない事とはいえ、彼女の傷に触れてしまったと思ったライズが慌てて謝罪の言葉を口にした。


「申し訳ありません、配慮が足りませんでした」


 ライズの言葉を聞いたセリナが少しだけ驚いたような表情を浮かべた。


「いえ、大丈夫です、それで今日はどの様なご用件でしょうか? 税の話ではないと仰っていましたが…」


「ライズさん、やっぱり俺が話します」


 それまで一言も発しなかったリンが口を開いた。


 実はここに来る前、孤児院での話はライズが中心となって進める事になっていた。

 そもそもが領主自ら足を運ぶ事自体が本来ありえない事であり、ましてや話をするなどあり得ない事だと言われたのだ。


 リンも最初はライズに任せるつもりだったのだが、孤児院の現状を見て、セリナの話を聞いて、考えが変わってしまったのだ。


「すみません、わがままを言って…」


「いえ、リン様がそうしたいのであれば、止める理由などありませんよ」


 ライズは少し驚いた表情をしていたが、すぐに頷いてくれた。


「挨拶が遅くなり申し訳ない、はリン・クサカベ、今日は突然の訪問に対応してもらい感謝する」


 リンがそう言うとセリナは目を白黒させながらその場にひざまづいた。


「こ、こちらこそ申し訳ありません! まさか直接お声をかけていただけるとは思わず、失礼な態度をーー」


 慌てて謝り始めたセリナをリンは言葉で制した。


「あまり恐縮しなくていい、あー……」


 何故かそこまで言ったリンだったが、続く言葉が出てこなかった。


「……やっぱり、俺には無理だな」


 そう誰に言うでも無くリンは呟いた。


「あー…すまん、侯爵らしい振る舞いを心掛けるよう言われていたんだが…セリナさん、そんな訳であんまり気にしないで下さい、その方が俺も話しやすい」


 リンはそう言って苦笑いを浮かべた。

 その発言にライズやウェインは苦笑を漏らし、アリスはため息を漏らす。

 いずれも「やっぱり…」といった諦めに近いものだった。

 こうなる事が半ば予想出来たのでライズが対応する事になっていたのだ。


「それにしても、もうちょっと頑張って下さいよリン様…」


 ルルががっくりと肩を落とした。


「まぁリンくんだしね、こうなると思ったわ」


 そんなやりとりを見てセリナは目を丸くして見ていた。


「セリナさん、要件を単刀直入に言います」


 その言葉にセリナの表情が緊張で強張った。


「俺はこの孤児院を支援したいと考えています、具体的には税の免除や建物の改修費用、子供達の教育、あまり多くは出せないかもしれないが、日々の生活に必要な費用といったところです」


 リンの言葉にセリナは理解が追いつかないのか呆然とする。

 しかし、徐々にその言葉の意味を理解し始めたのか次第に動揺し始めた。


「え? 支援って? そんな…え?」


 リンはコロコロと表情の変わる彼女に思わず笑いそうになってしまった。


「ただ、代わりにいくつお願いがあります」


 再びセリナの表情が緊張する。


「この街にも戦争の影響で孤児が増えています、このまま放置する事は出来ないので受け入れて欲しいんです」


 決して多くは無いが、戦争で親を亡くし行く当ても無く彷徨っている子供達がいる。

 このままでは命に関わる上にいずれは犯罪に手を染めてしまう。

 そうなる前になんとかしたいと考えたのだ。


「は、はい…それは孤児院として当然の事…ッ」


 セリナは言葉を詰まらせ、俯くとその肩を震わせた。

 そして嗚咽を漏らし始めてしまった。


 突然の事にリンはどうしていいか分からず、固まってしまったが、ルルがそっとセリナを抱きしめた。


「もう、大丈夫です、今までよく頑張ってくれました」


 ルルのその言葉にいよいよセリナは声を上げて泣き出してしまった。


 ルルがいてくれて良かった、と心底感謝するリンだった。


 ーーーーーーーーー


「申し訳ありませんでした!」


 ひとしきり泣き、ようやく落ち着いたセリナが顔を真っ赤にしながら頭を下げた。


 色々と張り詰めていたものが一気に解けた反動だったのだろう、無理もないとリンは思った。


「気にしなくていいですよ、ルルさんも言っていましたが色々苦労したんですから当然です」


「ありがとうございます…正直もう限界だったので、本当にどうしたらいいかわからなかったんです、母や妹の事も気がかりでしたが、それ以上に子供達をどうやって守ったらいいのか分かりませんでした」


「子供達の中に体調を崩している子などいませんか? 私が随伴した一番の理由は孤児院の皆さんの健康が心配だったからなんです」


 ルルは治癒魔術を得意としているが、それに加えて医学的な知識も豊富な為、早急に治療が必要な子供がいないか確認したいと言っていた為、連れてきていた。


「今のところは大丈夫です」


 セリナの言葉にルルは胸を撫で下ろした。


「それなら良かった、では今後の支援については早急に始められるよう最善を尽くします、セリナさんから何か希望はありますか?」


 元々、孤児院の支援は必須だろうと聞いてはいた為、リンはライズと既にある程度の予定は立てていた。

 その上で実際に孤児院を訪れ、必要に応じて対応するつもりだった。


「いえ! これ以上ご迷惑をお掛けする訳にはーー」


「迷惑とかではありません、リン様もおっしゃった通り、今回の話はルフィアの孤児を救う為にも必要な事です」


 ライズがそう伝えると、セリナは少し迷いながらも遠慮がちに口を開いた。


「…その…少し、食事が足りていません…取れていない訳では無いのですが…」


 そう申し訳なさそうに告げた。


「食料か…わかりました、それについては今日中に手配するので明日には充分な量が届けられると思います、あとはーーー」


 リンはそう言ってセリナに金貨を数枚手渡した。


「今日の食事や直近で必要なものがあればそれで用意して下さい」


 セリナは受け取った金貨を見て驚きのあまり固まっていたが、ハッとした様子で声を上げた。


「こ、こんな大金よろしいのですか?!」


「ええ、任せてしまって申し訳ありませんが…」


「いえ! ありがとうございます!」


 そう言ってセリナは深々と頭を下げた。


 本来ならこれで当面は安心できるはずだった。

 だが、リンやライズには一つ気がかりな事があった。


 セリナに会った時、口にしていたあの言葉ーー


 リンがどう切り出すか考えていると、ライズが先に口を開いた。


「セリナ殿、最後に一つだけ聞いておきたい事があります」


 真剣な表情でそう切り出したライズに、リンはなんとなくだが、自身と同じ質問だと感じた。


「先ほどおっしゃっていた奴隷のお話、詳しく聞かせて頂けませんか?」


 ライズの言葉にセリナの表情が一気に曇った。

 そして、躊躇いがちに開かれた口からもたらされた言葉は衝撃的なものだった。

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