第62話 孤児院

 朝、朝食を取ろうと思ったリンは屋敷の食堂にやってきた。


「「おはようございます、ご主人様」」


 食堂に現れたリンにメイド服に身を包んだ女性が一斉にお辞儀と共に朝の挨拶をしてきた。


「おはようございます」


 リンも挨拶を返す。


 キースの提案に乗り、奴隷達が屋敷に仕える事になって数日がたっていた。


 男性3名、女性5名の総勢8名の奴隷達が一斉に屋敷に仕える事となった。

 男性は主に警備や力仕事を、女性はメイドとしてそれぞれ従事する事にした。


 お互い戸惑いも多かったが、流石と言うべきかシンの教育により、メイド達は僅か数日でそれなりにサマになっていた。


 男性陣もライズとウェインに戦闘訓練を受けている。

 とはいえ、ライズには領主としての仕事を手伝ってもらっている為、男性陣はウェインが主に面倒を見ている状況だった。

 余談だが先日、リンが様子を見に行くとライズとウェインを含めたリン以外の男性陣がシンにシゴかれていたのだが、その内容が思わず目を覆いたくなるものだったのには戦慄する他無かった。


「どうかなさいましたか?」


 なんとなくメイド達の顔を見つめてしまっていたからか、そんな事を言われてしまった。


「いや、みんな慣れてきたなぁと思ってね」


 思った事を口にしただけだったが、その言葉を聞いたメイド達の瞳から光が消えた。

 みんな一様にぶつぶつと「シンさんが…」とか「申し訳ありません申し訳ありません」などと言っている。

 その様子だけで何が起きているのかリンは察した。

 トラウマにならなきゃいいけど、とリンは内心メイド達が心配になった。


 ーーーーーーーーーー


「あらおはようリンくん、今日は珍しく自力で起きたのね」


 食堂には既にルナとアリスが揃って食事を取っていた。


 とは言えメイド達や守衛、それにシンは既に食事を終え、自分達の仕事に移っている。

 リン達は基本一番遅い時間帯に朝食を取っているのだ。


「おはようございますリン、最近は公務にも大分慣れてきたなようですね?」


「いや…ライズさんやアリスのお陰だよ、俺は教えてもらった事をやってるだけだ」


 ついこの間まで日本で普通の暮らしをしてきたリンにとって領地の運営など雲を掴むような話であり、二人がいなかったらどうしようも無かった。


「そういえば今日は街に出るんだっけ? 久しぶりだし私もついて行っていい?」


「ん? ああ、退屈かもしれないけどそれで良ければ」


 今日はライズやアリス、ルルも連れてある場所へ視察に行く事になっている。


 日々公務をこなす中で早急に対処したいと思っている事案だった。


「じゃあ私は準備して来ますので後ほど執務室へ参ります」


 そう言ってアリスは支度の為に一足先に戻って行った。


「俺も早めに準備するか…」


 リンは早々に食事を切り上げ、ルナと共に執務室へと向かった。


 ーーーーーーーーーー


「さて、それじゃあ揃ったようだし行きましょうか」


 リンは執務室に集まったメンバーにそう声をかけた。


「それはいいけど一体何処に行くの?」


 朝食の際に急遽同行する事となったルナがそんな事を聞いた。


「この街唯一の孤児院ですよ、お二人のお陰で被害が最小限にとどまったとは言え、戦火で親を亡くした子供も少なからずいます」


「他にも問題があってな、とりあえず実際この目で確認した上で今後の支援を検討したいと思ってるんだよ」


 アリスとリンはそう言って、難しい顔をする。


「他の問題って?」


 ルナは二人の様子から戦災孤児以上に問題があると感じとった。


「まぁ、説明するより実際見ないと分からない部分もあるだろ、とりあえず出発しよう」


「まぁいいけど、なら行きましょうか」


「では出発しましょう、孤児院へは私が案内します」


 ライズの案内の元、一同は孤児院へと向かった。


 ーーーーーーーーーーー


「これは……」


「とんでもなくボロボロね」


 町外れにひっそりと建つ孤児院は遠巻きに見ても酷く朽ちていた。

 壁や屋根は所々剥がれ落ち、ガラスの割れた窓には板が打ち付けられるだけになっている。

 他にも上げればキリがない程、至る所に破損が見られた。


「いくらなんでもこれは酷すぎますね、私としては今の時点で建物の改修支援は必要でしょう」


 アリスはため息混じりに言う。


「まぁ、その辺りも含めてまずは施設の人に色々聞いてみよう、誰かいるといいんだが…」


 リンはそう言って孤児院の敷地へと足を踏み入れた。

 孤児院の敷地は子供が遊ぶ為か、広めの庭があり、建物自体は二階立ての小さな学校の様な外観だった。


「近くで見るとますますボロボロだな…」


 ライズやウェインから話では聞いていたが、実際見てみれば、想像以上に酷い状況だった。


「あの……何か御用ですか?」


 声のした方を見るとそこには妙齢の女性が一人怪訝な表情でリン達を見つめていた。


 服装こそ着古したと思われる格好で化粧などもしていなそうだが、綺麗な女性だった。


「突然の訪問申し訳ありません、今日はこちらの孤児院について色々と伺いたい事があってお邪魔しました」


「伺いたい事、ですか?」


 ライズの言葉に不安そうな表情を浮かべる女性だったが、何かに気がついたのか突然、顔に緊張が走ったかと思うと、今度はリンを見て青ざめた。


「も、申し訳ありません!」


 そう叫ぶといきなりその場で土下座をした。


「税は必ず納めます! ですからどうか孤児院の取り潰しだけは…どうかお願い致します!」


「落ちついて下さい、今日は税を取り立てに来た訳ではありません、まずは顔を上げて下さい」


 女性の言葉から事情を理解したライズは努めて優しく声をかけた。

 だが、女性は一向に顔を上げず、震える声で驚きの言葉を発した。


「奴隷の件でしたら私がなります! ですからどうかお願い致します!」


 唐突な彼女の言葉の意味が理解できないリンたちは思わず言葉に詰まってしまった。

 そんなリンたちを見かねたのかルナが口を開いた。


「なんだかよくわからないけど、全員ひとまず落ち着いたら? 貴女も事情を聞かせてくれない? 少なくとも悪いようにはならないと思うわよ?」


「それもそうだな、えーっと、貴女の名前を聞いてもいいですか?」


 リンの言葉に顔を上げると、消え入りそうな声でーー


「わ、私はセリナと申します」


 そう口にした。


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