第61話 暗い光
式典から数日経ったある日、リン達は屋敷にいた。
使用人などはまだ居なかったが、シンやルル、ウェイン達と協力して屋敷での生活を送っていた。
中でもシンの存在は大きく、清掃と食事はほぼ任せきりになっていた。
「しかし、流石にこれだけ大きなお屋敷では掃除が行き届きませんので早めに使用人を雇って頂きたいところですな」と言われていた。
使用人に関してはライズがギルドを通して手配しているが、思った通りに人を雇う事が出来なかった。
その理由としては、侯爵家であり領主であるリンの屋敷に紹介出来るレベルの人材がいないという事だった。
このままではシンの負担が増える一方だと困っていたのだが、意外なところから解決策の提案者が現れたのだ。
今日はその人物と屋敷で会う約束をしていたリンは、自身の執務室で慣れない書類整理をしつつ待っていた。
「リン様、キース殿をお連れしました」
「どうぞ入って下さい」
部屋をノックする音と共にそう声をかけられる。
「お待たせ致しました。 ご無沙汰しておりますリン様」
そう言って商人キースは大袈裟にお辞儀をする。
「こちらこそご無沙汰してます、すみませんわざわざご足労おかけして、どうぞ座って下さい」
リンはキースをソファへと促し、自身も対面に腰をかけた。
タイミングよく現れたシンが飲み物を出してくれる。
キースからお祝いの言葉を送られつつ、当たり障りの無い会話を交わしていたが、話は本題へと移る。
「リン様、以前お任せ頂いた奴隷の件を覚えておいでですか?」
「そういえばお任せしたきりでしたね、すみませんでした」
「いえいえ! 実は申し訳無いお話なのですが、まだ買い取り手が見つかっていないのです」
リンとしてもそれは仕方無い事だと思った。
元々時間がかかると言われていた上に、当時は戦争真っ只中だった。
買い手が見つからないのも無理からぬ話である。
「別に急いでいる訳では無いですし、気にしませんよ」
「それは大変ありがたいのですが、今回ご提案したいのは、お預かりしている奴隷達を使用人としてリン様ご自身の元に置いてはどうか、というものなのです」
「ふむ、なるほど、それは良い方法かもしれませんな」
リンは少し躊躇いつつも、ライズが肯定的な事もありキースの提案を受け入れる事にした。
「では明日改めて奴隷を連れて参ります」
「分かりました、お願いします」
こうして、意外なところから人手不足を解消する事となった。
ーーーーーーーーーーーーー
キースが帰った後もリンは執務室で慣れない仕事をこなしていたが、先ほどの話が頭から離れなかった。
「どうしました? 何か考え込んでいるようですが…」
一緒に作業していたライズにも伝わってしまったのかそんな事を聞かれた。
「…何というか、どうしても奴隷というのが慣れないと言うか、抵抗があるというか…今回の件もこれでいいのか分からなくて…」
「リン様が奴隷に対してどの様なイメージを持っているのか分かりかねますが、今回の件はむしろ奴隷にとっては幸運な事でしょうな」
いつの間にか現れたシンにそんな事を言われた。
「領主に仕える機会など、なかなかありませんからな、普通は商人や中流貴族などに仕える事になりますからな」
「でも奴隷って人としての尊厳を軽んじていると言うか、踏みにじっているように感じるんですよ」
これまで日本という国で生活してきたリンにとって、奴隷と言うのはどうしても忌避感を感じていた。
「ふむ……」
シンは何かを考える様子を見せ少しの間ののち口を開いた。
「そう思うのであれば、そうならない様扱えばよろしいでしょう」
「…そうですね」
モヤモヤとした思いは消えないが、言われて見ればシンの言う通りだった。
アリスの時と同じ様に、奴隷としてでは無く、仲間として迎えようと考えた。
「それより少々お疲れのご様子、少し自室で休まれてはいかがですか?」
特に疲れを感じていなかったがシンに「休む事も仕事です」と言われ、リンは自室で休憩する事にした。
「ではお言葉に甘えて少し休ませてもらいます、ライズさんも無理はしないで休んでください」
「分かりました、リン様こそゆっくり休んで下さい」
申し訳なさを感じつつ、リンは自室へと戻っていった。
「若いのにリン様はよく頑張っていますね、思いやりもあり、これなら良い領主になってくれるでしょう」
どこか嬉しそうにそう話すライズにシンは静かに首を横に振った。
「ライズ様はそう思われますか? 私はむしろ危ういと感じています」
突然の厳しい発言にライズは驚いた。
なにしろ自ら仕えたいと申し出た程だ、てっきりリンに期待しているものだと思っていたライズは咄嗟に反論しそうになった。
だが、喉まで出かかった言葉を続くシンの言葉で飲み込む事になった。
「リン様の優しさはどこか不自然なものを感じるのです、無理をしていると言うべきか、まるでそうしなければいけないと思っているように…それに、ライズ様もお気づきなのでは無いですか? リン様に瞳の奥の暗い光をーー」
それは初めて出会った時に感じた得体の知れないなにかーーー
「ええ…何か暗いものを感じた事はあります…正直それが何かまでは分かりませんでしたがーーー」
確かにライズ自身初めて会った時には得体の知れないそのなにかに不安を感じた事もあった。
だが、その後もリンと話し、短い付き合いではあるが共に過ごした時間の中でそれは薄れ、消えていた。
「……あれは明らかに憎悪の光です、それこそあの若さであれ程の憎しみを抱くなど、普通では無いでしょう」
憎悪ーーー
一体なにを恨んでいるのだろうとライズは疑問に思う。
普段のリンからはその様な感情を感じた事は無い。
「性根は心優しい青年です、それは間違いないでしょう、だからこそ私は心配なのです」
そう言ったシンの表情は優しいものだった。
その表情を見てライズは自分が勘違いしている事に気がつく。
「私はリン様を支え、見守りたいと思ったのです」
その話すシンを見て、ライズは思わず笑ってしまった。
その表情がまるで我が子を心配する父親の様だったのだ。
「シン殿が父親なら私は年の離れた兄といったところですかね?」
ライズの言葉にシンは珍しく小さな動揺を見せた。
だが、それも一瞬の事ですぐにいつもの表情に戻るとーーー
「それを言うならライズ様の方が父といったご年齢でわないですかな? 私は可愛い孫を見守る爺ですな」
まさかそんな事を言われるとは思っていなかったライズは眉根を寄せ、なんとも言えない表情になった。
「なんにせよ、私達が今はリン様の支えとなれるようお互い頑張るしかないですな」
その言葉にライズは力強く頷いた。
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