第60話 固まる足場

 翌朝、ルナは一人朝食に舌鼓を打っていた。


「やっぱりここの料理は美味しいわね、お城で食べた料理も美味しかったけど堅苦しくてイマイチ楽しめなかったし」


「喜んでいただけて何よりです」


 お茶を入れながらシンが嬉しそうに返事をする。


「アンタも食べたら? せっかくの料理が冷めるわよ」


「うう…私はなんて事を…」


 アリスはソファの上で抱えた膝に顔を埋めたまま、ひたすら自己嫌悪の真っ最中だった。


「馬鹿みたいに飲むからでしょ、自業自得だし、アンタの脳内が表に出てただけだから今更って感じなんだけど?」


 ルナの言葉にアリスは更に暗く落ち込んでしまった。


「……きっと幻滅されました、そもそも私は本当にリンに婚約者として見られてるんでしょうか」


 そんなアリスの悲壮感溢れる言葉にルナはトドメを刺す。


「無いわね、無い無い、試しに聞いてみなさい、きっと「ああ、そう言えばそうだな、そのうち考えようか」とか言うわよあの男は」


 未だスヤスヤと寝息を立てるリンにルナは呆れた様な視線を向けた。


 しかし、アリスはその言葉で吹っ切れた。

 というか、壊れた。


 ツカツカと眠るリンに近づくと、無言でそのままリンの襟首を掴んで前後に振る。


「うぅ…なんだ…アリス?」


 無理矢理起こされた事もあり、未だ意識がはっきりしないのか、どこか呆けた表情のままアリスに声をかけた。


「リン…貴女は私との婚約をどう考えてるんですか!」


 鬼気迫る表情のアリスに少しは目が覚めたのかリンは少しだけ考えて口を開いた。


「あぁ…そうだな、また今度考えようか」


 リンがそう言うと、アリスはピタリと固まった。


「リンくん…貴方本当に最低ね…」

「リン様、流石の私もそれはどうかと思いますな」


 ルナとシンの冷たい視線が突き刺さった。


「え、なに? なんで俺ディスられてんの?」


 横で固まっていたアリスはそのままベッドに倒れ込み、枕を濡らした。


 ーーーーーーーーーーーーーー


「おはようございますリン様」


 針のムシロで朝食を食べ終えたリンの元にライズとクリスが姿を表した。


「…おはようございます」


「どうかされたんですか? 心なしか部屋の空気が重いのですが…」


「大した事じゃ無いんだけどね、リンくんは最低だって話よ」


 ルナがライズ達に事情を説明する。

 話を聞いたライズ達は苦笑いを浮かべる。


「それは、ヒドいと思います!」

「ちょちょ! ルルさんマズイですよ!」


 突然部屋にそんな声が響いた。


「こ、こらルル! 不敬だぞ!」


 クリスに注意された人物、それは以前会った騎士団所属の治癒魔導師ルルだった。


「クリスは黙ってて下さい! リン様! それはいくらなんでも姫殿下が可哀想です!」


 もの凄い剣幕で詰め寄られたリンは目を白黒させる。


「どんな経緯で御婚約されたのか知りませんが、婚約者にそんな雑な扱いをされては傷ついて当たり前です!」


「えーっと……ところで、ルルさん何故ここに?」


 とりあえず話題をすり替えようと試みる。


「……お話をすり替えるおつもりですか? そうはいきーーー」

「まぁまぁ、ルルさん、それは後でにしましょう、リン様はお忙しい身ですし、あまり時間を掛けるのもご迷惑ですよ」


 怒るルルをなだめる男にリンは見覚えがあった。


「貴方は確かウェインさんですよね? 元気そうで何よりです」


 以前、王都に諜報員としての潜入していて、瀕死の重傷を負いながらも王都陥落の報せを運んだ男だった。


「覚えていただいて光栄です、あの時は本当にありがとうございました。 リン様がいなければ私は今頃墓の中です」


 そう言ってウェインは跪き、驚く事を言い出した。


「救って頂いたこの命、閣下の為に使わせていただけないでしょうか!」


「私もウェインと同じく閣下に仕えさせて頂きたく、お願いに参じました」


 更には先ほどまで怒り顔だったルルも澄まし顔でそんな事を言い出す。


「リン様、実は他にも数名名乗りを上げている者がおります。 皆、騎士団を退団してでも仕えたいと言う者達なのですが、如何いたしますか?」


 リンは正直迷ってしまう。

 なにも騎士団を抜けずとも屋敷で働いてもらう事が出来ない訳ではない。

 その辺りをライズに聞くと、意外な答えが返ってきた。


「可能ならば、明確に分けた方がなにかと都合がいいでしょう、それに先ほど申し上げた他数名はいいのですが、この二人は少々問題がありまして…」


 ライズにしては珍しく歯切れの悪い言い方をした。


「問題ですか?」


「ええ、実は…」

「我々は既に騎士団より退団して参りました!」


「…という事なんです」


 要するにここで申し入れを断れば、彼らは今日から無職になるということだ。


「……断れないですよね」


 そんな退路を断つ様な方法を取られては、リンの性格上断れなかった。


「では、お二人は今日からよろしくお願いします」

「「はい! ありがとうございます!」」


 リンの言葉を聞いて二人は嬉しそうに返事を返した。


「リン様、私からも一つお願いしたい事がございます」


 そんな事を言い出したのは、意外にもシンだった。


「はい、俺に出来る事でしたら…」


「私もリン様に仕えるさせて頂きたいのですが、如何ですかな?」


「「「え!?」」」


 リンだけでなく、ライズやクリス、ルナすらもその意外過ぎる言葉に驚きの声を上げた。


「元々、春までには部下に跡を任せ、私は引退するつもりだったのです。 大した事は出来ませんが、使用人として身の回りのお世話をさせていただけませんかな?」


 リンにとってこの申し出は願ってもない事だった。

 付き合いが長い訳では無いが、不思議と信頼もしている。

 断る理由など無かった。


「是非お願いします」


 こうして、リンの足元は確実に固まっていった。


 ーーーーーーーーーー


 数日後、リン達は小さな式典を開いた。

 式典と言っても、ライズとクリスの立場が変わった事を知らせる為のお披露目式の様なもので、目的は単純に街の人々に周知する事が目的だった。


 式の最初にはリン自身も街の人々に挨拶する場を設け、街の人々は新たな領主を歓迎した。


 だが、その影でそれを面白く思わない者達も存在した。


「なんという事だ! あの男、まさか我々他の貴族を差し置いて、よりにもよってあのアウリス男爵家の長男を領主代理にするなどと、馬鹿にしているとしか思えん!」


「全くだ! ようやく邪魔なアウリス家をルフィアから追い出せると思っていたのに、やはりここはアルファ様のお力で何卒…」


「ふ、任せておくがいい、あの様な若造領主、私に掛かれば容易い相手だ」


 権力に溺れ、私腹を肥やす事だけに執心してきた彼らの破滅がすぐそこまで迫っていた。

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