第59話 領主初日

 

  ライズ達との話を終えたリン達はメイドに屋敷を案内してもらい、今は屋敷の広間にいた。


「彼女達は城から来た臨時の使用人達です」


 リュカが言うには、この屋敷は代々ルフィア領主が利用しているが、所有権自体は国のものだったらしい。


 だった、との言うのは今回からその扱いが変わった為だ。


「屋敷及び家具や調度品、美術品など、屋敷内の物は全て陛下からの褒美として受け取って良いと聞いております」


「それはまた、大盤振る舞いですね」


「ただ、先ほど申し上げた通り、使用人に関しては自ら手配してほしいとの事です、当面の資金は陛下よりお預かりしていますので渡しておきますね」


 そう言って片手に乗る程度の布袋をリンに手渡した。


「ライズは分かっていると思うが、使用人ギルドを利用すればすぐにでも優秀な者を手配出来ます。 とは言え数日は掛かると思います」


 リュカを含め、今いる使用人達は皆、屋敷の清掃など為に王都から派遣された為、今日中にはリュカ達と王都に戻ってしまうそうだ。


「それまではなにかと大変かと思います、場合によっては宿を取るのも一つの方法かもしれませんね」


「色々とありがとうございます、なんとか頑張ってみます」


「ははは、リン様は変わらないですね、ですがリン様は既にルフィア領主であり、侯爵の地位を戴いているのですからあまり畏まってはいけませんよ、では私達はそろそろ戻ります。 あまり遅くなると明るい内に王都へ戻れなくなりますので」


 リュカはそう言って最後に深く一礼すると、アリスやライズ達に別れを告げ去っていった。


「さて、俺たちも行こうか」


「え? どこに行くのですか?」


 使用人達のお陰で屋敷内の掃除や寝室の用意はされているようだが、食事は用意されていない。


「だったら用意されるところに行けばいいんだろ?」


「リンくん、シンの所に行く気でしょ?」


「正解」


 帝国軍が攻めてきた時以来、ろくに挨拶も出来ずに別れて以来一度も顔を合わせていない事もあり、リンはずっと気になっていた。


「では私は使用人ギルドに赴いて、屋敷の使用人を手配します、その後はお許しいただけるのであれば、一度自宅に戻りたいと思うのですが」


 少しだけ申し訳無さそうにするライズの言葉を、リンは快諾する。


「ありがとうございます、それでは明日の朝に清風館に参ります」


 そう言ってライズは屋敷を後にした。


 残ったクリスは、


「自分は一度騎士団本部に戻り、今回の経緯を説明します、心配している者も少なく無いと思いますので」


 そう言ってクリスも明日の朝、再度合流するという話になった。


「では私たちも行きましょうか?」


 こうしてリン達三人は宿を取るべく清風館へと向かった。


 ーーーーーーーーーーー


 清風館を訪れたリン達を出迎えたのは、従業員総出の歓迎だった。


 なんでもリン達が到着する前にライズから話を聞いたらしい。


 あまりにも大仰な対応だった為、リンはやめてほしいと言ったのだが、「領主様と王女殿下をお出迎えするのにこれでも不十分です」と謝られてしまった。

 結局、部屋に案内されるまで大仰な対応は変わら無かったが、無事部屋を取る事は出来た。


「はぁ…これから先、ずっとこんな感じなのかな?」


 大げさな対応に不慣れな事もあって、気疲れしてしまった。


「ふふふ、リンも街の人もお互いまだ慣れてないだけですよ、リン次第ですが、時間が経てばもう少し良くなるかもしれませんね」


「そんなものか、しかしアリスは流石に慣れたものだな」


 王族に生まれただけあって、敬われる事に慣れているのか、アリスは平然と対応していた。


「それほどでもありませんよ? あまり社交場に出る機会もありませんでしたし、それでも城での生活で慣れているのはあるかもしれませんが…」


 アリスがそう話していると、部屋の扉をノックする音が響いた。


「シンでございます。 お疲れのところ恐縮ですが、今お時間よろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です」


 リンが返事をすると、「失礼致します」と言ってシンが姿を見せた。


「先ほどはお出迎えも出来ず大変申し訳ありませんでした、ちょうど諸用で出ておりまして」


 そう言って深く頭を下げる。


「いえ、本当に気にしないでください、あと出来ればあまり大げさにしないで欲しいんです」


 リンの言葉にシンは一瞬考える様なそぶりを見せたものの、すぐに表情を崩した。


「左様でございますか、では、その様にいたしましょう、従業員にもその様に伝えましょう」


 そう言ってシンはあらかじめ用意していたのか、三人の前にお茶と軽食を並べた。

 ちょうど空腹を感じていたのでありがたい配慮だった。


「それでは、お疲れのご様子ですので私は失礼させていただきます。 お夕食は時間になりましたらお部屋までお持ちしますので、ごゆっくりお休み下さい」


 そう言ってシンは部屋から出ていった。


 その後、ようやく落ち着いたリン達は、それぞれゆっくりとした時間を過ごす事が出来た。


 夕食も済み、明日に備えてそろそろ寝るかという時に、ある問題が発生した。


「では寝ましょうか!」

「ああ、おやすみ」

「なぜソファで寝ようとしているのですか!?」


 その問題、それはベッドがツインでなくダブルという事だった。


「リンくん、もう一部屋取りましょう、同じ部屋というだけで危険よ」


「仕方ないからそうするか…」

「だ・か・ら・なぜですか!?」


 そもそも部屋に案内された時から気がついてはいた。

 だが、気がつかないふりをしていたのだが、やはり早々に手を打つべきだったと後悔する。


「もう婚約したのですから問題ありません! さぁ!」


「なにが「さぁ!」だ! もう少し慎ましくしなさい!」


 いい加減リンも理解している。

 この娘アリスはそっち方面に積極的過ぎる。

 男のリンがドン引きする程に。


「なにを言っているのですか! 男と女が同じ部屋で一夜を共にするのです! むしろ他になにをするのですか!」


「ダメだわこの子、早くなんとかしないと…」


 だが、それにしてもおかしい。

 以前は脳内で繰り広げていた妄想が、婚約したからと言ってこうも明け透けになると、少し不自然な気がしてきた。


「…もしかしてアンタ飲んでる?」


 ルナに言われてリンも気がついた。

 よく見ればアリスの顔が少し赤い気がするのだ。

 まさかと思い、直前までアリスが使っていたテーブルの上を見ると、やはりそこには空のボトルが置いてあった。


「うふふ、少しだけですわ」


「いや、少しって量じゃ無いだろ、空になってるから、むしろ未成年のくせに飲んじゃダメだろ!」


「なにを言っているのですか? 果実酒くらい誰でも飲む物ですよ?」


 リンは知らなかったが、実際エデンにおいては飲酒に関する決まりは無かった。


「……アリス、大人しくベッドで寝なさい」


「うぐっ!」


 なんとも可笑しなうめき声を上げながらフラフラとベッドに横になるアリスを見てリンは思わずため息をついた。


「そう言えば、そんな設定あったわね」


 奴隷は主人の命令に逆らうことはできない。

 アリスとの主従契約を利用したく無いが、やむ終えない場合はその限りではない。


「はぁ…『スリープ』」


 ついでに魔法で眠らせる。


 こうしてリンのルフィア領主としての最初の夜は更けていく。

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