第56話 式典
空気が振動する。
城が揺れていると錯覚する。
大地が嘶いているのではないかとすら思う。
それ程の歓声に包まれていた。
「あはは…なにこれ…」
リンはその余りにも非現実的な光景に眩暈を覚えた。
熱狂する市民の歓声、その全てがリンに向けられたものだった。
その歓声の多くは感謝――
帝国という絶望的な相手から国を救ったという事実に、セントアメリア王国の住民は感謝の言葉を叫んでいた。
その叫びが十重二十重になり、この馬鹿げた音量を生み出していた。
ここまで大騒ぎでは式典など続行できないのでは無いかと思ったリンだったが、その心配はすぐに解消された。
国王が小さく右手を挙げた。
それだけで先程まで嵐の如く吹き荒れていた歓声が小さくなり、ものの数秒で広場は静寂に包まれた。
事前の打ち合わせ通りにリンは国王の正面に控える。
「英雄リンよ! 此度の働き大義であった! よって褒美としてお主に侯爵位を叙爵する!」
「身に余る光栄、謹んで賜らせて頂きます」
顔は上げず、これまた打ち合わせ通りの回答をする。
「お主には今よりルフィア領主を任せる! 一層の働きを期待する!」
「はっ! この身を賭して勤めさせて頂きます!」
打ち合わせ通りの受け答えを終え、後は国王が閉式を宣言して式典は終わる――
はずだった。
家臣達はそう聞かされており、国民の誰もがそう思っていた。
巻き起こる歓声と喜びの声を国王が再び制する。
そして――
「今日はもう一つ皆にめでたい報告がある」
(ああ…やっぱりこうなるのか…)
式典の最中にも関わらずリンは空を仰ぐ――
「これまであまり皆の前に出る事は無かったが、我が娘であるアリス王女が――」
(ああ…俺まだ17歳なんだけどなぁ…)
「リン侯爵と婚約する事と成った!」
――――――――――――――
「……ふぅ」
式典が終わり、貴賓室へと戻ろうとしたリンだったが、リュカに呼び止められ連れて来られたのは、それまで滞在していた部屋とは異なる部屋だった。
「以降はこちらの部屋を利用するよう仰せつかっております」
内装や広さ、その全てがグレードアップした部屋に通された。
「えーっと…まさかとは思いますが…この部屋は…」
もはや開き直ったつもりだったが、刻々と変わる状況にリンはついて行けなくなりつつあった。
「はい、リン様の私室として利用するようにとの事です」
やっぱりな、と顔を覆った。
「ははは、やはり戸惑われますか?」
その時リンは始めてリュカの笑顔を見た。
普段の職務中とは違い、どこかリラックスしたような表情だった。
「リン様、少しだけ個人的なお話をしてもよろしいでしょうか?」
リンが「ええ」と短く答えるとリュカは突然、深く頭を下げた。
「ライズを救って頂きありがとうございます!」
唐突な事にリンは面食らってしまう。
リュカは頭を上げると先程見せた笑顔のまま言った。
「奴は私の親友です。 少なくとも私はそう思っています、リン様は少し勘違いなさっているかもしれませんが、今回の一件、貴族の圧力は陛下一人でどうこう出来るものではありませんでした」
それは意外な一言だった。
「多くは語りません。 ですが、これだけは知っておいて欲しかったのです、皆が思っている以上に貴族は力をつけています。 今回の一件はその事を憂いた陛下のーー」
「リュカ、お前は折角、私が格好をつけたのに台無しにしてくれたな」
その意外な声にリュカの顔色みるみる変わっていった。
既に顔は冷や汗で大変な事になっている。
「まぁ良い、二人とも少し時間を貰うぞ」
「へ、陛下! なぜこちらに――」
突然姿を見せたのは国王その人だった。
――――――――――
「疲れているところをすまんな」
そのままリンの私室となった部屋で話すことになった。
「リンよ、私が訪ねてきた理由、お主なら分かるな?」
国王の視線が鋭いものに変わった。
「…奴隷の件ですね」
元々不思議に思っていた。
もしかしたら陛下は知らないにでは? とすら思っていたが、こうして訪ねてきた以上、やはり知っていたようだった。
「うむ、リュカよ、これから話す件は極秘だ、城の者であっても口外する事を禁じる、無論妻マリアであってもだ」
「っは! 心得ました!」
なるほど納得する。
王妃にも知られたく無かった故に昨日は話さなかったのだとリンは理解した。
「リンよ、アリスとの奴隷契約、これはしばらく何もせずに隠しておいて欲しい」
「…理由をお聞きしても?」
婚約したとは言え娘の奴隷契約を放置するのだ、相応の理由が無ければおかしな話だろう。
「…リュカの言っていた通り、今の貴族達は大きな力をつけている、それこそ、下手をすれば私の立場が揺らぐ程にな」
そう話す国王の表情は暗く、苦いものだった。
「恐れながら言わせていただきます、であればこそ早急に契約を解除するべきでは無いですか?」
元々、戦争が片付けばアリスの奴隷契約は解消するつもりだった。
そもそもが間違いから始まったのだからそれが自然だろうと思っていたのだが――
「それはならん! 万が一、貴族に知られればお主の立場が危うくなる、それだけでなく婚約の話も無くなりアリスは望まぬ夫を取らされる恐れまで出てくる」
国王の表情は真剣そのものだった。
それは一国の王としてだけでなく、一人娘を大切に思う親心が見て取れた。
「わかりました、そこまでおっしゃるなら言う通りにしましょう、ただ、既にこの件を知っている人はどうするのですか?」
リンもイタズラに広めてはいないものの、キースとシンはこの事を知っている。
「その者の名前を教えて欲しい、リュカよお主にその者への使いを任せたい、私が心から信を置くお主にしか任せられん、頼まれてくれるか?」
「はっ! 是非もありません!」
リンは国王に商人キースと清風館のシンの名前を伝えた。
それを聞いた国王は直ちにリュカにルフィアに立つよう命じた。
「頼んだぞ」
「はっ!」
リュカはそのまま部屋を出て行った。
「さて息子よ」
「何ですかお義父さん」
国王の表情は既に余裕を取り戻していた。
「ふむ、大分私にも慣れてきたな」
「もはや何がしたいのか分からなくてなってきました」
リンの言葉に国王が「ははは!」と盛大に笑った。
「為政者たる者、腹に何を飲んでるか知られない事も重要だ、お主はその辺りがまだまだ未熟だな」
リンは無言で国王に参ったのポーズを取った。
「急で悪いが、お主には早々にルフィアへ戻って欲しい、いつ頃なら都合がつきそうだ?」
「ルナに頼めばそれこそ今日中にでも戻れます」
そういえば式典が終わってから姿を見ていないが、さほど気にしていなかった。
「お主まさか一人で戻る気か?」
「え?」
国王が呆れた様にため息をついた。
「お主は侯爵であり領主なのだ、普段はうるさく言わんが、初めての凱旋くらい従者を引き連れて街の者たちに姿を見せてやらんか」
正直、気が進まないが、嫌だとは言えなかった。
「その際には、ライズとクリスを随伴させる」
「え? 二人は王都にいるのですか?」
確かに罪に問われていたのだから、王都にいてもおかしくは無かったが、今の今までリンには知らされていなかった。
「うむ、どうだ? 明日の出立で準備させるが良いか?」
リンは少し考えて頷いた。
「あい分かった、ところでお主はあの二人の処遇について考えておるか?」
「え? 処遇ですか?」
「言っておらんかったか? 叙爵と拝領の件を受けた時点で、あの者達の処遇はお主預かりとなったのだが?」
「聞いてません」
リンは頭が痛くなってきた。
どうにも国王が相手だとペースを取られっぱなしだった。
「はっはっは! すまんかったな、そう言う訳なんでな、あの者達はお主に任せる。 が、新米領主に一つ助言を送ろう――」
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