第55話 手玉に取られました
「はぁぁぁぁ……分かりました、叙爵と拝領の件、謹んでお受け致します」
「よいのか?」
「…良いも悪いもないでしょう……陛下には参りました、降参です」
「すまんな、私の力不足で貴族を説得出来んかった」
「…よく言いますよ」
リンは今一度盛大にため息をついた。
呼び出された時点である程度は交渉の材料があると踏んでいた。
だが、まさかこんな力技もとい脅し紛いの方法とは思わなかった。
「ふふふ、すまんな」
「え? え? 何ですか? ルナどういう事ですか?」
アリスは話についてくる事が出来ず、困惑する。
「リンくんの負けよ、貴女のパパはとんだタヌキジジイね」
流石のルナでも今の会話でこの交渉劇が決着した事を理解した。
「一つお聞きします、この件を受けるに当たってライズさん達の処遇は私が決めて良いと取ってもよろしいのでしょうか?」
そこが非常に重要だった。
せっかく話を受けたのに、ライズさん達の処遇を貴族任せにすれば死罪を免れるだけになってしまう可能性が高い。
「うむ、そこは約束しよう」
「ならいいです」
これでライズさん達は罪に問われずに済む。
「もう! お父様もリンも勝手に話を進めて! 私にも分かるように説明して下さい!」
完全に置いてけぼりを食らっているアリスが我慢の限界とばかりに二人に食いついた。
「あー…陛下、アリス…姫様は今回の件についてどの程度お話されているのですか?」
説明するにしても何処から説明すればいいのか分からないのでは効率が悪いと思ったリンが国王に尋ねた。
「ほとんど話しておらんな」
「……はぁ…」
本当に勘弁して欲しかった。
――――――――――
結局アリスには要点だけを掻い摘んで説明した。
「要はライズがリンにダンジョンの件を漏らした事と領主の屋敷を避難所として利用した事が問題なのですか?」
「まぁそういう事だな」
「成る程、だからお父様はリンを領主として召し抱える事でダンジョンの漏洩に関しては不問に出来、屋敷の無断利用も後付けとは言え、領主本人が許せば他の貴族を説得出来るという訳ですか…」
「うむ、そういう事になるな」
「……そう言う事ですか」
アリスがジト目で国民を見つめる。
「…お父様、本当にそれしか貴族を説得出来なかったのですか?」
流石のアリスも気がついた様だった。
「ふむ? なんの事やら、私は最善を尽くしたと自負しておるが?」
「それは国にとっての最善なのではありませんか?」
そう、恐らく国王はこの状況を最大限に利用したのだ。
恐らくその気になれば国王権限でライズ達の問題は帳消し出来た可能性が高い。
勝手な行動であった事は間違い無いが、結果的に王国を救い、国民の多くを助ける事に繋がったのだ、死罪というのは余りにも重い罪だろう。
確かにライズ達の行動を咎める貴族はいただろう、ライズ達を失脚させ、自分達に有利に働く様、動こうとする貴族達。
そこを国王は利用したのだ。
アナザーであり救国の英雄を自分達の国の貴族に仕立て、更に空席のルフィア領主として召し抱える。
建前は充分であり、説得する材料もある。
誰もがやりたがらない国防の問題を解決し、圧倒的な力でダンジョン攻略も可能な戦力を同時に入手出来るのだから反対など出来る筈がない。
間違って反対などしようものなら、「ではお前がやるのか?」という話になるのは自明の理だ。
結果的に反対出来る貴族はおらず、リンを説得する材料も国王は手にする事が出来たのだ。
「アリスよ、綺麗事だけでは国を守る事は出来ん、それにだーー」
国王が何事かアリスに耳打ちした。
するとアリスの顔がみるみる朱に染まる。
「ななななな…何をおっしゃっているのですか!」
「はっはっは良い良い隠すな」
リンの脳裏に嫌な予感が湧き出る。
もし、
ここまで計算尽くならば、リンは先程の降伏宣言を激しく後悔する可能性がある――
「へ、陛下…言っておきますが、私が受けたのは叙爵と拝領の件ですよ? それ以外の事は――」
「うむ、約束は守ろう、だがお主の爵位は侯爵、現状この国に侯爵はおらぬ、となればお主は国王に次ぐ権力を持つことになる、ならば他の貴族を説得する
ニヤリと、まるでイタズラが成功した様な笑顔にリンは血の気が引いていく――
先程からこちらをチラチラと伺うアリス――
「…嘘だろ」
最早逃げ道は無くなっていた。
――――――――――――
翌日、城前広場には早朝から国民が詰め掛けていた。
目的はただ一つ、みな救国の英雄を一目見ようと押しかけていた。
「ああ…逃げたい…」
「ふんっ! 全部リンくんの自業自得でしょ!」
事情を知ったルナは昨日から不機嫌度MAXだった。
「仕方ないだろ…あの王様、俺が思ってた以上に大胆な策士だったんだから…」
まさかここまで手玉に取られるとは思っていなかったが…
「コロコロコロコロと掌で転がされて…本当に…いっそ逃げる?」
ルナのそんな誘惑にも今は乗ってしまいたい心境だった。
「……そんな訳にはいかないだろ…」
ハァとため息を吐くリン、昨日からため息をしか出ていなかった。
「全くウジウジウジウジと…もう開き直るしかないでしょ! いい加減観念しなさい! 別に嫌いな訳じゃないんでしょ? ならいいじゃない」
「まぁ…確かにそうだな、これからの事はこれから考えるか…」
リンが観念するとちょうど声を掛けられた。
「間も無く式典が始まります。 リン様の出番は一番最後なので、それまではこちらでお待ち下さい」
リュカに指示されたのは広場が一望出来る、城の正面テラスへの出入り口脇。
既にテラスから見える広場には隙間なく住民が押しかけていた。
これから始まるであろう式典を今か今かと待ちわびていた。
まもなく正午になろうかというタイミングで広場に響き渡るファンファーレ――
ざわついていた広場が静まり、王国騎士団長リュカが開式を告げると歓声が上がった。
その後、国王陛下と王妃、更に王女であるアリスがテラスへ姿を表すと歓声は更に大きくなった。
その後はリンの想像通りの内容で式典はつつがなく進む。
そして遂に――
「では皆も待ちわびているであろう、今回の戦争で王国を勝利に導いた英雄に登場していただこう!」
リンの出番がやってきた。
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