第54話 密会

「姫様! こんなところにいらっしゃったのですか!」


 まさかの自分の住む城で迷子になるという離れ業をやってのけたアリスを救ったのは一人の騎士だった。


 王国騎士団団長リュカ・ドール


 セントアメリア王国で知らない人はいない、とはアリス談ーー

 王国一の剣の使い手と言われており、この男を相手にまともに立ち会えるのはライズ騎士団長だけと言われているそうだ。


「大変申し訳ありませんでした! 私がもっと早く動けていればこの様な無駄足を踏ませずに済んだのですが、まさか姫様が城で迷子になるなど考えも及びませんでした!」


 なにやらアリスから「グサッ!」という幻聴が聞こえた気がした。


「早急に姫様が迷子にならぬよう、城内の騎士の配置を再考致します!」


 それはもうお手本の様な完璧な敬礼だった。

 その時点でリンは察する。


(あ、この人騎士しか出来ない人だ)


「姫様も方向音痴ならば初めから仰ってください、今後は城内を歩く際には必ず近衛をつけますのでいつでも私にご相談下さい」


 眩しい笑顔でアリスの心を抉る会心の技はまさに達人級の腕前だった。


「……まさかこの私がアリスを気の毒だと思う日が来るとは思わなかったわ」


 あのルナですらリュカに戦慄を隠せないでいた。


「ゴホン……ルナ様、殿下はセントアメリアの王女様です。 なのでそう言った不敬な呼び方は私の前では控えていただけませんか?」


 次第にリンもこのリュカという男に恐怖を覚え始めた。


「……ごめん、なさい」


 遂にはルナが怯えはじめてしまい、自分で飛ぶのがままならないのかリンの腕の中で丸まってしまった。

 正直その気持ちが痛いほど分かるのでリンも素直にルナを抱える。


「さぁ、姫様がお陰で時間を取ってしまいました。 これ以上王妃様を待たせては不敬に当たりますからすぐにご案内を――」


 再びアリスから幻聴が聞こえた。

 今度は「プチン」という音だったが…


「不敬は貴方の方です! リュカは私の事がそんなに嫌いなのですか!」


 アリスは今度こそ零れるのではないかとばかりに涙を溜めて怒り出した。


「な! なにをおっしゃるのですか! 私はセントアメリア王国に剣と命を捧げております! それは当然ながら姫様への忠誠の証でもあり――」


「ならば何故私をいじめるのですか!」


 もう、この人が騎士団長なのは色々問題がある気がする。


「ダメだわ……この人リンくん以上に手遅れだわ……」


「俺以上ってなんだよ……」


 何故かリンにまで延焼した。


 ――――――――――


「さぁリン、ここがお母様の私室です。 リュカ、貴方はさっさと仕事に戻りなさい」


 ここまで案内してくれたリュカさんにここまでの態度をとるアリスは一見傲慢な王族に写るだろう。

 それまでの経緯を知らなければ――


「申し訳ありません、私も同席するよう命を受けていま――」

「必要ありません、ここにはリンとルナがいます。 貴方が居ようといまいと問題は!」


「申し訳ありません、陛下より賜った命ですので……」


 リュカはアリスの言葉を意に介せず扉をノックした。


「お待たせ致しました。 姫様、並びにリン様、ルナ様をお連れしました」


「ちょっと、お父様の命とはどういう――」


 言いかけたアリスをリンが手で制した。

 そのままアリスに目配せをすると無言で開いた扉の先を見つめる。


「え? 何故ここにお父様が――」


 王妃の私室に招待されたはずが、そこにいたのは王妃と国王陛下その人だった。


 ――――――――――


「この様な方法で呼び出してすまなかった」


 そう言って国王は小さく頭を下げた。

 その行動に驚いたのは意外にもアリスだった。


「お父様!?」


 リュカは扉の前に立ち、微動だにする事なく無言で立っていた。


「いえ、なんとなく予想はしていましたので…」


 状況の飲み込みないアリスとルナが困惑気味に声をかける。


「リンくんが言ってた建前ってもしかしてこの状況の事?」


 ルナの言葉に国王の表情が僅かに曇った。


「ふむ…お見通しだった訳か、流石のご慧眼恐れ入った。 では話の内容もある程度は理解していると考えてよいのかな?」


「…正直、遠慮したいのが本音です。 確かに今の私はセントアメリアにとって無視できない存在だと思います、それは自覚しています。 しかし、今後のルフィア、ひいては王国の未来を考えれば、やはり私のような若輩者には荷が勝ちすぎているかと…」


「それ程の先見性をお持ちにも関わらず、己を過信しない心、私としては充分な資質だと思いますよ? 少なくとも今の貴族より余程信頼出来ます」


 王妃様はそう言ってリンの手を取り笑顔を見せた。


「うむ、私も安心して王の椅子を譲り渡せるというもの――」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 リンの背中に冷や汗が吹き出す。

 正直、予想を遥かに超えた話になっていた。


「どうした我が息子よ」

「どうしました私の息子」


 リンは慌てて二人を止める。


「ご、ご冗談もほどほどにして下さい!」


「なにを言うか私は本気だ」

「うふふ…」


 リンは真顔で告げる国王とうふふ笑いの王妃に冷や汗が止まらない。


「えーっと…叙勲の件で呼ばれたのでは無かったのですか?」


 リンの予想では、叙勲と拝領の説得をされると思っていた。

 だが、蓋を開けてみれば、その内容は予想の先を行くものだった。


「はっはっは! どうだ? 少しは緊張も解けたのではないか?」


 その言葉にリンは思わず目が点になった。

 まさしく絶句、生涯で見せた事がない程のアホ面を晒しているだろうと思ったが、言葉が出なかった。


「ごめんなさいね、でも私達も必死なのですよ、貴方の予想通り私達はなんとしてでも貴方に力を貸して欲しいのです」


 王妃はそれまでの優しい表情から一転、真剣な表情に変わっていた。

 それは隣の国王も同じだった。


「……はあああぁぁぁ…」


 リンは思わずその場に座り込んでしまった。


(…リュカさんといい、国王夫妻といい、クセが強すぎるだろ…)


 だが、国王の言う通り、緊張は完全に解けていた。


「では、本題に移りましょう、あまり時間を掛けるのもまずいのでは無いですか?」


「そうだな」


 この時点で既にリンと国王の間ではある程度の意思疎通は終わっていた。

 だが、当然ながらその流れについて行けない者が二人ーー


「リンくん、いい加減説明しなさいよ」


「お父様、これは一体どう言った話なのですか?」


 全く事情について行けない二人の我慢も限界だった。


「ふむ…ではリンよ、お主から話してくれんか? お主自身、解らぬ事もあるだろう、私はお主の話を聞いた上で必要であれば私から話をしよう」


 リンは国王の言葉に無言で頷くと自身の予測と考えを話し始めた。


「要するに俺を抑止力にしたいんだよ」


「抑止力?」


 アリスが首を傾げた。


「今、セントアメリアが抱える問題は三つ、他国の侵攻、空席となったルフィア領、そしてダンジョンだ、この三つが複雑に絡まって、厄介な事になってるんだよ」


 リンは二人に分かりやすく説明する。


 ルフィア領――――

 これは目に見えて分かる問題だった。

 前領主が反逆で囚われた以上、当然ながらルフィア領主の座は空席になっている。

 その上、前領主は国王の弟、これまでは国王に次ぐ権力を有していた。

 そうなれば領主の座を巡って貴族達が争うのは目に見える。

 何しろ実質上の王国のナンバー2であり、その権力は絶大だ。

 貴族達からすればなんとしてでも手に入れたい。


 しかし、そこで問題になってくるのが、他国による侵略である。

 今回の件でセントアメリア王国の軍事力では大国に攻められれば容易く落とされる事が全ての国民が知る事となってしまった。

 そうなれば、当然、軍事力、防衛力の強化が急務となる。

 しかし、そんなノウハウが今のセントアメリアにあるはずもない。


 となれば次に目につくのは古代アーティファクトの宝庫であるダンジョンだ。

 ダンジョンより出土する宝によって得られる力が絶大な事はこれまでの歴史が証明している。


 しかし、ここでも問題が発生する。

 そもそもダンジョンを攻略する兵力が戦後というか事もあり圧倒的に不足しているのだ。

 それを解消する方法はいくつか存在する。


 一つは徴兵、これは望まぬ者を強制的に働かせる事になるので国民の信頼に影響が大きい。


 次の方法として考えられるのは冒険家を雇う方法。

 これは莫大な費用が発生する、それを賄うには増税を視野に入れる必要がでてくる可能性がある。


 これだけの問題を抱えれば当然人はこう考える。


「利益は我が手に、面倒は他の者に」


 そうなれば最早、醜い争いは避けられない。


 ――――――――――


「って訳だ、多分」


 誰もが言葉を失って聞き入っていた。

 最初は直立不動だった、リュカですら最後には開いた口が塞がらなくなっていた。


「全く、お主は預言者なのか? アリスと歳も変わらぬと言うのに末恐ろしい男だな」


 国王ですら威厳を保つのも忘れ唖然としていた。


 そんなリンだったが、心境は複雑だった。

 何しろ――


(日本文化のラノベではよくある話です。 とは言えないな…)


 ラノベ好きならおそらく誰でも分かりそうな簡単な状況に思わずリンは苦笑いしか浮かばなかった。


「じ、事情は理解できました。 だからお父様はリンに叙勲し、

 拝領する事でこの問題をまとめて解決したかったのですね…」


 アリスは複雑な表情で国民を見つめた。

 その視線を国王は真っ直ぐ受け止めると――


「否定はせん、リンという英雄を利用していると言われればその通りだ。 そこを否定するつもりは無い、だがそれだけではないのだ…確かにリンはこの国を救った英雄だ、だが、英雄と呼ぶべき者達は他にもいるであろう、私はその者達を救いたいのだ」


 それはリンも予想していない言葉だった。

 英雄うんぬんの話ではない。


 国王は言った。

「救いたい」と――


「どう言う事ですか? 救いたいとは一体――」


「リンよ、ルフィアの民の多くが救われたのはお主とルフィア騎士団のお陰だ。 だが残念ながらその方法の一部が貴族達に付け入る隙を作ってしまったのだ」


 その言葉を聞いた瞬間リンの頭にある可能性がよぎった。


 それは最悪の可能性――


 本来ならば讃えられるはずの人達が、貴族にとって都合よく始末出来る言い訳を作り出してしまった可能性――


「まさか――」


「…その通りだ、このまま行けば、ルフィア騎士団は解体され、ライズ団長やクリス副団長は処刑される事になる」


 国王の言葉にリンは思わず舌打ちしてしまった。

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