第53話 はじめてのおつかい
「ルフィアを治めて欲しい」リンはその言葉の意味が理解出来なかった。
というよりは理解したくなかった。
確かに戦争に首を突っ込み、あまつさえ当事者になってしまった以上、面倒ごとが増える事は覚悟していた。
だが、叙爵と拝領は流石に予想外だった。
どう答えていいか悩んでいると、国王は予想通りと言わんばかりに言葉を繋いだ。
「とはいえ、すぐに答えを出すのは難しいだろう、一晩ゆっくり考えて答えを出して欲しい、それと――」
思わずまだ何かあるのかと顔が引きつってしまった。
この上、更に面倒な話が飛び出すとなってはいよいよ逃げ出したくなりそうだった。
「急かすような話で申し訳無いが、明日の正午に国民を集め、城前広場にてお主の叙勲式を執り行う事となっている、すまんがそれまでに答えを出して欲しい」
既に逃げ道は封鎖済みだった。
「そ……それは、ちょっと性急なのでは……」
焦りから思わずそう口にしたが、ルナは落ち着いた様子でリンに声を掛けた。
「大丈夫よ、嫌なら断ればいいんだから、確か爵位の辞退は下賜の場か叙勲式で辞退するものよ、王様本人が言える話じゃないから後で誰に教えて貰えば良いんじゃない?」
そういうものなのかと、少しだけ気が楽になった。
「はっはっは! そう言い事だ! さて、私からの話は以上だが、実は妻がお主らに頼みがあるらしいのです聞いて貰えんか?」
正直もう勘弁して欲しい所だったが、相手が相手なだけに話も聞かずに断るのはマズイ気がした。
「はい、私に出来る事でしたら……」
リンはこういう時の上手いかわし方を今度学んでおこうと心に誓った。
「うふふ、そんなに構えずとも難しい事ではありませんよ?」
流石は一国の代表、こちらの心情などお見通しだった。
だが、その事実にリンの心理的余裕はいよいよ限界だった。
「貴方が以前住んでいた世界の話を教えて欲しいのです。 それに竜と話すなんて貴重な機会滅多とありません、後ほど部屋に使いを出しますのでお茶会にご招待させて頂きますね」
お願い、と言う割にはこちらに選択肢を与えない所が強かだった。
だが、そのくらいの事であればと快諾する。
それよりこの場から立ち去りたい思いで一杯だった。
「うむ、ではよろしく頼む、下がって良いぞ」
国王の許しが出た事でようやく解放されたリンは逃げるように部屋へと戻った。
――――――――――
「だああああ! 緊張したああ!」
ようやく解放された事で胸に詰まっていた重苦しい空気を声と一緒に吐き出した。
「え? リンくんって緊張するの?」
何気に失礼なことを言われた気がする。
「え? 何? ルナの中の俺ってどんな強心臓の持ち主なの?」
俺だって人並みに緊張くらいするんだぞ、とルナに目で訴えるが、当のルナは「っは!」っと鼻で笑ってくれた。
「リンくんの普通ってドラゴンを殴り飛ばしたり、竜に喧嘩売ったり、一国のお姫様を奴隷にしたり、魔法を殴り返したり、戦争で敵陣の只中に突っ込むのが普通なんだ、へー」
挙句、白い目で見られた。
「そ、それは緊張するのと違うだろ……」
正直、改めて考えると日本にいた頃の自分では考えられないほど非常識の連続だった。
思わず言い返してしまったが、それがいけなかった。
「バカ! 規格外の非常識に付き合わされるこっちの身になりなさいよ! 3000年近く生きてきたけど、ここ数日でこれまでの一生分以上の緊張の連続だわよ!」
突如キレ始めるルナ、怒りすぎて語尾がおかしくなってる。
図星なのだが、売り言葉に買い言葉でリンも思わずヒートアップしてしまった。
そんな二人を呆れ顔で見つめる者が一人――
(この人達は…なんで見るたびに喧嘩してるのかしら…)
廊下まで響いてきた声に、中の二人は気がつかないだろうと思いつつ一応ノックしてみたのだが、やはり返事はなかった。
悪いとは思いつつも部屋の扉を開けると、二人が喧嘩していたという訳だった。
(でも――)
そんな二人の様子を見て思う。
(なんだか、いがみ合ってる割には楽しそう……)
一見すればただのいがみ合いなのだが、二人を知る彼女には二人がじゃれ合ってる様に見えた。
兄妹のような、恋人同士の様な喧嘩――
そんな二人に少しだけ仲間はずれにされた気分になり、もう一度、扉は開けたまま強めにノックする。
二人の声に負けない大きな音に流石の二人も気がついたのか同時に振り返った。
「あれ? どうした?」
あっけらかんとしたリンの様子に思わずため息が漏れるアリスだった。
――――――――――――
「使いの者ってアリスだとは思わなかったよ」
リンが滞在していた貴賓室に訪ねてきたアリスの目的、それは王妃様からのお茶会への誘いだった。
「貴方達は…間違ってもお母様の前で喧嘩なんかしないで下さいね」
そう言ってクギを刺されたリンは誤魔化す様な笑いを浮かべた。
「でもなんでわざわざアリスが迎えにきたの? 普通は王女がする様な事じゃ無いと思うけど?」
ルナが不思議そうに訪ねた。
それはアリスも疑問に思っていたのか首をかしげる。
「そうですね…先ほどの謁見は私から申し出たのですが、今回はお母様から言われたのですが、確かに少し不思議ですね」
そんなアリスの言葉にリンは少しだけ面倒そうに呟いた。
「……建前だからだろ」
「「建前?」」
二人の声が重なる。
本当に分かっていない様子の二人にリンは呆れた様子でボヤいた。
「まぁ……行けば分かるだろ、俺の予想通りならな」
そうはぐらかして黙り込んでしまった。
「「んん??」」
首を傾げたままの二人にリンは何度目か分からないため息が漏れた。
広い城内をアリスの案内で進む、城の知識が無いリンにとって、城内はまさに迷路の様だった。
初めてお城に通された時に言われた事を思い出す。
「城内は外部の人に分かりやすい部分と防犯の為に敢えて複雑に作られた部分があるので迷わない様気をつけて下さい」
なるほど、実際歩いて見るとよく分かる、無茶苦茶迷いやすい。
似たような内廊下に同じ装飾を施した扉、曲がれど曲がれど同じ景色が並んでいる。
唯一違うのは窓の外の景色だけだが、それすら知らない者にとっては精々太陽の位置で方角が分かる程度だった。
「えーっと…確かこっちで…あら?」
もの凄く不安になる事をぶつぶつと呟くアリス、まさかとは思ったのだが――
「ちょっと、アンタまさか…迷――」
「そそそそんな事あるわけでしょ!」
どう考えても迷子だった。
「こっちです、多分」
「多分って言ってるじゃない! 迷子なんでしょ! 正直に言いなさいよ!」
ルナの言葉にアリスは「うぐっ!」という妙なうめき声をあげた。
そしてそのまま立ち止まったかと思うと顔を真っ赤にして――
「し――」
「し?」
「仕方ないじゃないですか! よく考えたら私一人でお城の中歩いた事無いんです! 大体このお城広すぎます!」
涙目で逆ギレした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます