魔導都市ドールでの出会い

第52話 下賜

 セントアメリア城の貴賓室、リンはここ数日王城での生活を満喫していた。

 と言うより、王城での生活を強いられていた。


「流石に飽きてきた…」


『仕方ないでしょ、先日の騒動を忘れたの?』


 アウグストに勝利した事で、無事アリスを始めとした国王達の救出には成功した。

 だが一日足らずとは言え、監禁された事を心配した家臣達により療養を余儀なくされた。


 そこまでは問題無かったが、去り際の国王の一言がリンの軟禁に繋がる事になった。


「救国の英雄を最大限持て成すように」


 その結果、国王の命令に忠実な家臣達はリンを持て成した。

 だが、ルフィアの様子など気になったリンが王城を出ようとしたところ――


「お待ち下さい! 国王陛下よりリン様を持て成す様厳命されております! 数日もすれば陛下への謁見も叶いましょう。 それまではどうか――」


 と懇願されてしまった。


 頼み込んでなんとか気晴らしに城下町に出かける事は許されたのだが、その城下町でもトラブルが発生する。


「救国の英雄様だ!」

「リン様!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」


 恐らく、処刑を止めようと集まった住民達がきっかけとなり、城下町は喧々囂々の騒ぎとなってしまい、揉みくちゃにされたリンは城下町から逃げ出す事になった。


「あれは勘弁して欲しいな…」


 その時の事を思い出して身震いする。


『まぁ直ぐに収まるわよ、どうしても嫌なら私に乗って逃げるなり、リンくんなら転送魔法とか使えるんじゃないの?』


「…まぁな」


 そこまでするのは気が進まなかった。


 城下町の住民も王家の家臣達も皆善意を持って接してくれる。

 そんな人達を蔑ろにしてまで逃げ出すのは間違ってる様な気がしてならなかった。


『結局、お人好しのリンくんは大人しくしてる以外無いのよ』


 ルナに胸中を見透かされたリンは苦虫を噛んだ表情を浮かべた。


「ハァ…ライズさん達大丈夫かな…」


『大丈夫だったって言ってるでしょ?』


 ルフィアの事が気になって仕方がないリンの為に、帝国軍撤退後すぐにルナは単独でルフィアの様子を探りに行ってくれた。


 結果はリンがルフィアを立った後は大きな被害も無く、帝国軍撤退後すぐに落ち着きを取り戻していた。


「わかった、わかったよ」


 最終的にリンは不貞腐れた様子でベッドに仰向けに寝転んだ。


『リンくんの意外な一面よね、普段は落ち着いてる癖に退屈が耐えられないとか』


「…ジャネーの法則って知ってるか?」


『じゃねーの法則? なにそれ?』


 その言葉にリンは意地の悪い笑みを浮かべた。


「同じ時間でも生きてきた時間が長いと体感的に短く感じる様になるらしいぞ」


『ふーん、なるほどね、理屈としては分からない事もな……ちょっと…』


 ルナがその意味に気がついたのか背後に黒いオーラを纏う――


「俺はまだまだ若いからな…ルナの様に長い時を生きれば数日の退屈なんて一瞬なんだろうな」


 尚も挑発的な態度でルナをからかい続けるリンにルナは――


『っっ! リンくんのーーーバカァああああ』

「どわっ! いて! いたたたた!」


 怒り狂った様にリンの頭に噛み付きながら暴れ出した。


「わ、分かった、冗談だって! ごめん、ごめんなさい!」

『馬鹿! バカァ! デリカシー無し! 最低!』


 怒りが収まらないルナはリンの言葉に耳を貸そうとしなかった。


「……なにをしてるんですか、貴方達は…」


 その声に二人が同時に振り返る。


「お久しぶり、ですね」


 家臣を連れたセントアメリア王女アリス・アメリアその人だった。


 ――――――――――


「体調はもういいのか?」


「ええ、おかげさまで」


 数日ぶりに見たアリスは顔色も良く、ルフィアで別れた時と変わりなく見えた。

 唯一違うのはその服装、白を基調とした豪華なドレスを身につけており、胸元には美しい装飾を施されたネックレスをしていた。

 だが、決して下品ではなく、衣装負けもしていない。


『馬子にも衣装…』


「ん? なにか今もの凄く失礼な声が聞こえた気がしましたが?」


『…猫に小判、豚に真珠』


「…ふふふ、歳を取ると僻みが酷くなると言いますが、どうやら本当の様ですね」


『なんですって?』

「なにか?」


 出会ってすぐさまバチバチと視線を交差させる辺り相変わらずだった。


「…なにか用があったんじゃ無いのか?」


 放っておけばいつまでも続きそうだった為、促す様にそう問いかけた。


「…そうでした…こんなチビに構ってる場合じゃありません」

『チビ?! いいわ…そっちがその気ならあんたに私の本気見せて――』

「二人ともいい加減に――しろ!」


 いつまでも話が進まない事にイラついたリンのチョップが二人の頭上に落ちる。


「いっ!?」

『たあ!?』


 事情を知らない家臣がリンの行動を咎めるも――


「いいのです…いや、良くないんですが、いいんです」


 などとよく分からないフォローのお陰で特に問題にならなかったのは運が良かった。


「コホン、お父様がお二人をお呼びです」


 突然の国王陛下からの呼び出しだった。


 ――――――――――


「突然の呼び出してすまなかった、改めて名乗ろう、セントアメリア国王アーサー・アメリアだ」


 漫画の中でしか見た事が無い程の巨大な謁見の間――

 リンのイメージと変わらない真っ赤な絨毯の先に置かれた豪奢な玉座が二つ――

 その一つに腰掛け、温和な表情を浮かべたアーサー国王がそう名乗る。


「お目にかかれて光栄です、陛下におかれましてはご健勝の様でお喜び申し上げます」


 正直、自分でも何を言ってるのか分からなかった。


「ははは! よいよい、そなたがアナザーである事、元いた世界とは文化も大きく違うと聞いている、無理な言葉遣いなど不要だ」


 その言葉にリンは恥ずかしいやら有難いやら複雑な心境だった。


「貴方、私もよろしいかしら?」


「おお、そうだったな」


 そう言ってもう一つの玉座に座っている女性は立ち上がるとリンの元に歩み寄った。


「はじめまして、マリア・アメリアと申します。 この度は娘のみならず、国民を、国を救って頂き感謝に絶えません」


 そう言って、リンの手を取ると驚く事に頭を下げた。


 これには周りの家臣達も慌てた。


「い、いけません! お気持ちは分かりますが一国の王妃様が頭など下げては――」


「ごめんなさい、ですが夫に下げさせる訳には行かない以上、私が下げる他ありません」


「うむ、本来ならば私も妻と同様に礼を尽くすべきなのだが、すまんな、頭の固い家臣が許してくれそうに無いのでな」


 これには流石のリンも面食らってしまう。

 国王というもののイメージはもっと偉そうなイメージだった。


「それに、リンは遠からず私の息子になるんですから問題ありません」


「お母様?!」


「うむ」


「お父様??!!」


 何やら、とんでもない発言が飛び出した気がした。


「ははは…お戯れを…」


「うふふふ」

「はっはっは」


 どうやら陛下ご夫妻はとてもお茶目な方達のようだった。


 ――――――――――


「改めて此度の働き大義であった、褒美を用意したから受け取って貰いたい」


 そう言って近くに待機していた家臣に目配せをすると銀色の盆の上に乗せた筒状の紙と銀細工が美しい首飾りを渡された。


「その首飾りは魔導具でな、説明するより実際使って見たほうが分かりやすいだろう、ルナの首に掛けてやるとよい」


 リンは言われるがままにルナの首へとその魔導具を掛けた。

 すると――


「ちょっとリンくん、少しは警戒とかしなさいよ……」


「いや、陛下が下さった物だし、俺が掛ける訳じゃ無いからな」


「ちょっとそれどういう意味よ! ってあら?」


「ん? ……あれ?」


 どうにも違和感を感じた。

 その違和感の正体は陛下の笑い声ですぐに判明する。


「はっはっは! どうやら正常に使える様だな! その魔道具の名は[伝心の宝玉]、本来は病気などで声を出す事が出来なくなった者が使うものだ。 効果の程はこの通り、使用者の声を代弁してくれる」


「ふーん、便利ね」


「こ、こらルナ! すみません、コイツちょっと世間知らずと言うか……アホなんです! 悪気は無いので許してやって下さい!」


「アホって何よ!」


 冷や汗をかいたリンだったが、咎められる事は無かった。


「その魔導具に関してはルナに下賜したものだ、お主にはそちらを受け取って貰いたい」


 そう言われて受け取ったのは筒状の羊皮紙で封蝋がなされた、仰々しいものだった。

 封を解き、内容を見たリンは思わず固まってしまった。


「お主には侯爵位を叙爵したいと考えている、合わせて空席となったルフィア領を下賜したい、受けてくれぬか?」

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