第57話 タヌキ親父

 翌朝、と言うにはまだ早い時間にリンは部屋の扉を叩くノックで目が覚めた。


「うるさいわね…まだ日も出てないってのに」


 ルナは昨日国王と話しが終わった頃、フラッと戻ってきた。

 不思議な事に式典までの不機嫌はどこかへ消えてすっかり何時ものルナに戻っていた。


「くぅーー……」


「リンくん、誰か来たわよ、おーい」


「………(すぅ)」


「っく…相変わらず寝起きは最悪ね」


 仕方がないとルナが変わりにノックに返事を返した。

 すると「失礼します」と言ってここ数日ですっかり顔を覚えたメイドが数人部屋に入ってくる。


「おはようございます、ルナ様、リン様は…相変わらずですね」


 なんとも言えない笑いを零しながら部屋に明かりをつけていく。

 ここ数日でリンの寝起きの悪さは周知の事実となっていた。


「ちょっとーリンくーん、起きなさい」


 これまたいつも通りルナは起こしにかかる、最初は顔を軽く叩く程度に優しく。


「まぁ無駄よね…仕方ないわね…」


 いつもはここからルナが腹の上に激突したり、顔に噛み付くなど、乱暴かつ強引に起こすのだが――


「おはようございますルナ」


 気がつくと部屋にアリスがいた。


「あらアリスおはよう、早いのね」


 突然の王女の登場にメイド達も驚いたが、そこはメイド達も女子である。

 王女が婚約者の寝所に現れた為、キャッキャウフフの大騒ぎに発展した。


「王女様、大胆ですね」

「羨ましい…」

「朝からなんて…若さですか…」


 口々に言いたい放題である。


「あ、貴女達は…」


 冷やかされたアリスは顔を真っ赤に染めた。


「それで? どうしたのよこんな時間に」


 ルナは姦しいメイド達を無視してアリスに聞いた。

 その言葉にアリスは呆れた様子で未だに眠りこけるリンを見た。


「貴方達も…今日はルフィアに戻るのでしょう? 何を呑気にしてるのですか? 特に――」


 アリスは無言でリンに歩み寄るとそのまま布団を剥ぎ取ると――


「いつまで寝てるんですか! 起きて下さい!」


 耳元で叫んだ。


 ――――――――――


「あー…ダメだ、まだ耳が変な感じだ…」


 流石のリンも耳元で叫ばれたら目が覚めた。

 だがその代償として耳がキーンとしたままだった。


「日の出と共に出立すると聞いていたはずです、なのにいつまでも寝てるリンが悪いのです」


「まぁ…そうなんだが、アリスといいルナといい、もう少し優しく起こし――」

「「起きないでしょ!」」


 全くもってその通りなのだが、リンはいまいち納得が行かなかった。


 だが、いつまでも文句は言っていられず、メイド達が用意してくれた服に手早く着替えようとしたのだが――


「……着替えたいんですけど」


 一向に誰一人部屋から出て行こうとしない。


「姫様、いくら御婚約なさったとは言え、着替えを覗くのは頂けません、一度外でお待ち下さい」


「え、あ! 申し訳ありません! 外で待っています!」


「そうなさって下さ――」

「貴女達もです!」


 全員追い出された。


 ――――――――――


 支度を整えたリン達が城の外に出ると、空が明るくなり始めていた。


「なんとか予定通り出発できそうですね」


「馬車で移動って面倒くさいわね、飛んで行った方が早いのに」


「まぁ仕方ないだろ、陛下にも今回は我慢するよう言われているし、どうしても我慢出来ないならルナだけ先に行くか?」


「どうしてリンくんはそう言う事を平気で言うのかしら…」


 不貞腐れるルナにリンは「冗談だよ」と言って自分の頭の上に乗せた。


「ルナは良いですね、リンに優しくしてもらえて」


 その様子にヤキモチを妬いたのかアリスが不機嫌な声を出した。


「リン殿!」


 雑談を交わすリン達に声が掛けられた。


「ライズさん! クリスさんも」


 それはルフィアで別れて以来顔を合わせていなかったライズとクリスの二人だった。

 ライズとクリスはリンの元に駆け寄ると突然頭を下げた。


「この度は王国を救っていただき本当に感謝しております」


「気にしないで下さい、最初から言ってますが、自分から首を突っ込んだんです」


「それでも、リンさんのおかげで多くの国民が救われました。 だから感謝させて下さい」


 ライズとクリスは本当に感謝している様で、リンの言葉を聞いて尚頭を上げようとしなかった。


「本当に、最後にリンさんにお会い出来て良かった」


「え? 最後?」


 リンは思わずそう言ってしまった。

 なぜそんな事になるのか理解出来ないリンにライズも妙な事を言い出した。


「我々もルフィアへの移動を共にさせて頂きますが、直接話せるのはこれが最後になるでしょう、リン殿、どうかお元気で」


 ますます訳が分からなくなってきたリンだったが、一つの可能性に気がついた。

 だが、そんな事になる理由が分からなかった。

 しかし、その答えはすぐに出ることになる。


「うむ、全員揃っている様だな」


 その声に周囲の騎士達が一斉に膝をつき控える。


「リン、それにルナよ、何かと大変だと思うが、活躍期待しておるぞ」


 国王はそう言って視線をライズ達に移す――


「ライズ、それにクリスよ、そなたらの処遇についてはルフィアに到着し次第、より下される事になる、心するがよい」


 その瞬間、リンは理解した。

 何故かはわからないが、国王は二人にわざと何も伝えていない。


(なんでそんな事を――)


 そう思って国王に視線を向けると目があった。

 その瞬間、ニヤリと、まるで子供がイタズラを仕掛けた様な顔でリンを見た。


「な! ちょっ! まさか!」

「さあ出発だ! 道中の無事を祈っている!」


 リンの抗議の言葉は国王の出発の言葉に遮られてしまった。


「待て! ええ! ちょっと!」


 リンが止めるも何故か周りの騎士達は一向に聞く耳を持たない。

 更に気がつけばライズとクリスは騎士に連れられ、既に別の馬車に乗り込むところだった。


「リン…諦めて下さい…あと、本当にごめんなさい」


 何故かアリスに悟りきった表情で謝られてしまった。


 ――――――――――――


「…あのタヌキ親父…なんつぅ下らない事を…」


 馬車の中でリンは怒り心頭だった。


「はぁ…本当に申し訳ありません、お父様は時々こういった下らないイタズラをなさるんです」


 アリスが居心地悪そうにそう言った。


「というか、俺達とライズさん達以外、全員知っててやってるよな、あれ」


 そう言って馬車に同席している騎士の一人に声をかけた。


「も、申し訳ありません…陛下より反省を促す為にルフィア騎士団長と副団長の両名にはリン様が新しい領主になられた事は伏せておく様にと…陛下のお戯れな事は皆理解しているのですが…」


 国王の命令には逆らえないと言う訳だった。


「っく…まさかこんな下らない事をする人だとは…子供か!」


「本当に申し訳ありません、お父様には今度会った時キツく言っておきますので」


「ところで――」


「はい?」


 リンに声をかけられたアリスが首を傾げた。


「なんでアリスがいるんだ?」


 当たり前の様に馬車に同乗したアリス。


「何故と言われましても、あまり馬車を増やしても護衛の数にも限度はありますし…」


「いや、なんでアリスがついてきてるのか? って意味なんだが」


 分かっている。

 どうせあの国王の事だ、そういうことなのだろう。

 だが、リンは気がつきたく無かった。


「……一つお聞きしたいのですが」


 そしてこれも分かっている。

 こんな事を言えば間違いなくアリスは怒るだろうという事も。


「まさか、リンは私を置いてルフィアに帰るおつもりだったのですか?」


「うん」


「婚約者! 私婚約者なんですけど!」


 案の定、怒ったアリスで馬車の中は大騒ぎになった。

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