第50話 終戦
(こいつが大将か…)
リンは宙に浮かぶ男を見てなんとなくだがそう感じた。
見た目がどうこうでは無い。
雰囲気がそう確信させる。
「おー! なんだよ、随分とおもしれぇ事になってんじゃねぇか!」
その男は喜色に満ちた表情でそんな事を言い出した。
「お前が大将か?」
リンがそう声をかけた瞬間、隣のローブ姿の男が無造作に魔法を放った。
先程と同じ様な炎の魔法、それをリンは素手で弾くーー
「無礼者め、貴様の様な賊が声を掛けていいお方では無い、アウグスト様ここは私にお任せーー」
「バベル、余計な事すんじゃねぇ」
アウグストと呼ばれた男がローブの男を叱責する。
その表情は先程とはうって変わり怒りに満ちていた。
「よぉ、悪かったな、お察しの通り俺が帝国軍総大将のアウグスト・グラン・ユーロだ」
アウグストはそう言って地面に降り立った。
「ユーロ? まさかお前は…」
「あ? お前俺を知らないとかどこの田舎者だよ? ユーロ帝国第四王子のアウグストだよ! つかお前も名乗るくらいしろよ」
そう言ってアウグストは呆れた様な表情をする。
「…クサカベ リンだ」
アウグストは納得の表情で笑顔を浮かべた。
「ははは! なるほどな! お前
「落ちてきた? よく分からないが一週間くらい前に来たばかりだ」
「名前はリンでいいんだよな、お前の目的は俺の首か? それともアメリアの勝利か?」
傲慢とも取られそう性格だが、リンの印象は違った。
コロコロと変わる表情に真っ直ぐな性格ーー
リンはアウグストの様な男は嫌いでは無かった。
「ああ、別にお前の首は要らない、出来れば黙って撤退してくれればありがたいんだけどな」
リンの言葉に敏感に反応したのはアウグストの隣に立つ男、バベルと呼ばれたローブの男だった。
「貴様! 黙って聞いていれば先程から無礼にも程がある! アウグスト様やはりここは私がーーー」
「バベル…てめぇは俺の言った事がわかんねぇのか? 余計な事するな、てめぇはそっちのドラゴンでも相手してろ」
そう言った。
その言葉を聞いてリンは覚悟を決める。
「いいね、話が早い、早速やり合おうじゃねぇか!!」
直後、アウグストの姿がブレるーーー
リンは反射的にその場から飛び退いた。
横薙ぎの一閃が空を切った。
「さぁ、存分にやろうじゃねぇか!」
ーーーーーーーーーーー
バベルは怒りに震えていた。
自らの全てを捧げる主君に対して不敬が過ぎる賊をその手で討つ事を許されず、あまつさえ賊の使い魔如きの相手をさせられる。
バベルは皇帝に仕える宮廷魔導師として極めて高い評価の魔導師であり、その実力は帝国では五指に入る。
「…汚らわしいトカゲの相手など面倒極まりないが、アウグスト様の命だ仕方あるまい」
故にそのプライドの高さが時に短所にもなっていた。
「トカッ…ふふふ…貴方如きにリンくん相手は千年早いわね…
」
竜とドラゴンは似て非なるもの、知能の高い竜を相手にその間違いはまさに逆鱗に触れる行為そのものであった。
「光栄に思え! 数々のドラゴンを葬ってきた私の魔法を受けるがいい!」
だがバベルは気がつかない、目の前の存在が自身の知るドラゴンとは次元の違う生物である事をーー
「消え去れ! 《
ルナの光の槍が現れ一斉に降り注いだ。
だがーーーー
「おしゃべりの長い男は嫌われるわよ!」
咆哮、降り注ぐ光の槍はルナに触れる事すら叶わず霧散した。
「な…」
「リンくんのデコピンにも劣るわね、消えなさい」
ルナは心底下らないといった様子でバベルをその大きな尻尾で打ち据えた。
「本当なら消し炭にしてるところだけど、リンくんに怒られたくないからね、生かしておいてあげるわ」
こうして、ルナの戦いは圧倒的な力の差を見せつける結果で終わった。
ーーーーーーーーーーーー
「お、向こうは終わったみたいだな、バベルの野郎にはいい薬になっただろ」
その言葉にリンは怪訝な表情を浮かべた。
「あ? どうした変な顔して、予想通りの結果だろ?」
そう言ってアウグストは不敵な笑みを浮かべた。
「どういうつもりだ…」
「っは! どうもこうもねぇよ、バベルとお前の竜じゃ結果なんか火を見るより明らかだ、アイツはちょっと傲慢な所があるからな、たまには痛い目みた方がいいだろ」
リンはアウグストの言葉にますます分からなくなってくる。
「お前は部下を捨て駒にするつもりだったのか?」
「おいおい、お前らに殺す気が無い事くらいハナから気がついてるっての、じゃなきゃバベルをぶつけたりしねぇよ、あれで優秀なんでな流石に死なすには惜しい野郎だ」
そう言ってアウグストは構えを解いた。
「つうかよ? お前もちったぁやる気出せや、殺す気もねぇ、やる気もねぇじゃ流石に興醒めだ、武器がねぇなら用意させる、クソくだらねぇ戦争だったが、最後くらい楽しませろよ」
そう言って心底ウンザリした様子を見せる。
「…流石に戦いもせずに撤退したんじゃ示しがつかねぇだろ? デカい声じゃ言えねぇけどよ」
そう言って苦笑いを見せた。
「…お前…まさか…」
「…どうすんだよ? 武器いるのか?」
「……いや、大丈夫だ」
まだ疑問はあった。
だが少なくとも戦わずに終わらせる事は出来ないのは理解できた。
リンはストレージから白月を取り出し腰に差した。
「へぇ…リンはトウシなのか」
「トウシ?」
「刀を使うんだろ?
「好きに呼んでくれ」
「こだわりぐらい無いのか? まぁいい、お喋りは終わりだ、そろそろ行くぞ!」
再びアウグストの姿がブレる、最初こそ驚いたが、既にアウグストのスピードに慣れたリンはアウグストの連続攻撃を紙一重で躱す。
「っち! ちょこまかと…っ!」
攻め手に欠けるアウグストが一旦距離を取った。
「ハァハァ…おい、その腰に下げてんのは飾りかよ」
気がつくとアウグストは既に息が切れていた。
如何に鋭い一撃であっても、全力で動くアウグストと最小限の動きで攻撃を躱すだけのリンでは消耗に大きな差が出始めていた。
「……剣戟を交わす様な武器じゃないんでな」
「ああそうかい!」
そう吐き捨てると再び飛び込んで来るアウグストだったが、その動きには精彩を欠いていた。
(相変わらず早い…が、大振り過ぎだ!)
それは僅かな違いでしか無いが、刹那の攻防においては致命的な違いだった。
アウグストの大振りの斬りおろしに合わせてリンが白月を小さく構えを取った。
アウグストが己の悪手に気がついた時には既に手遅れだった。
アウグストが捉える事が出来たのはリンが鯉口を切るところまでだった。
次の瞬間には振り下ろした筈の剣は柄だけを残し、刀身が消え去っていた。
音も無く、打ち合った感触すら無いーーー
(…抜刀はおろか納刀すら見えなかったぞ、化け物かよ)
「まだやるか?」
武器は破壊され、体力も限界に近い、だがリンは息一つ乱れていない。
アウグストはその場で仰向けに寝転がるとーーー
「……降参だ」
アウグストは降伏を宣言した。
こうして、セントアメリア王国とユーロ帝国の戦争は終結した。
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