第49話 お待たせ!

 エデンの空に浮かぶ二つの太陽が真上に差し掛かった頃、ようやくリン達はその視界に王都を捉えた。


『見えた! 城の前だ!そこにアリスがいる!』


 リンはマップでアリスの居場所を確認するとルナに伝えた。


『了解! どうするの? 飛び降りる?』


『いや…』


 これから行くのは敵地のど真ん中、まず間違いなく帝国軍の大隊に囲まれる事になる。

 なにが起きるかそれこそ想像もつかない。


 ならばーーー


『このまま突っ込むぞ!!』


『オッケー! 振り落とされないでよね!』


 そう言ってルナは一気に急降下して行くーー


 その時二人の知った声が届いた。

 それは、助けを求める悲痛な叫びーー

 ほんの数日とはいえ仲間として迎えた大切な者の声ーー

 だからリンは反射的にその声に応えた。


『当たり前だ!!』


 音すらも置き去りにし、太陽の光を受けた翼は輝く落雷の如く王都の広場へと突っ込んだ。

 その凄まじい衝撃によって、広場の石畳だけでなく周囲の帝国軍すらをも吹き飛ばす。


 広場に降り立ち、待たせてしまった彼女に告げるーー


「ごめん、待たせた」


 どんな顔をすればいいか分からなかったが、アリスと目が合うと自然と笑顔が浮かんだ。


「な、な…」


 とは言え、当のアリスはその予想だにしない展開に思考が追いつかず言葉が出ない。

 それは同じく縛り上げられている者たちや帝国軍、そして処刑を止めようと集まった王都に住む人々も例外では無かった。


「ほら、間に合ったじゃない」


「物凄いギリギリっぽかったけどな…」


 そんな事態を引き起こした張本人達はまるで緊張感の無い会話交わしつつ、冷静に状況を観察する。


「思った通り、かなりの数だな…」


「ふん、このくらいの事で固まってる様じゃ数だけよ」


「な、なんでーーー」


 その言葉に二人が振り返るとそこには苦しそうに表情を歪めるアリスがいた。


「なんで! なんで来たの!」


 悲痛な叫びが広場に木霊する。


「なんでって言われてもな…助けるって約束したろ?」


「そんな事頼んで無い! 無茶にも程があります! これじゃぁーーー」


 苦しそうな表情が次第に今にも泣き出しそうな顔へと変わっていくーー

 そんな彼女の言葉を遮り、リンは笑顔で告げる。


「まぁ、いいから、黙ってご主人様に任せておけ」


 そう言ってリンは顔を逸らした。


「出た! 聞いてるこっちが寒くなるわ、クサすぎ!」


「出たってなんだよ…俺もちょっと思ったからわざわざ言わなくていいよ」


 ちょっとだけ顔を赤らめたリンはそう言って頭をかいた。


「き、貴様ぁ!! 何者だ!」


 その頃になってようやく帝国軍が混乱から立ち直り動き出した。


「…悪いけど、あんたら下っ端に用は無い、大将さんはどこにいるんだ?」


 リンは平坦な声でそう告げる、だが、ルナだけは気がついた。

 その声に含まれた確かな怒りにーー


 だが、そんな事に気がつくはずも無い帝国軍の男は、リンの態度に怒りを露わにした。


「貴様ぁ! 我ら帝国軍に逆らうか! もういい! 術師部隊! 反逆者を焼き殺せ!!」


 その合図を受けて帝国軍の魔道士達が一斉に魔法を発動する。

 それは瞬く間にリンとルナを取り囲むと、巨大な炎の渦と化す。


「ははは!! 帝国に逆らった愚かさを悔いて燃え尽きるがいい!」


 そう高らかに声を上げた男だったが、その耳に届いた声に表情を氷つかせた。


「素直に答えてくれればいいものを」


 男は表情を氷つかせたまま今も渦巻き、燃え盛る炎へと目を凝らす。

 それは信じがたい光景だった。

 あらゆる物を焼き尽くす炎の渦の中から、悠然とした足取りで向かってくる二つの影ーーー

 その影は何事も無かったかのように炎の渦から抜け出すと、冷めた表情で男に告げる。


「悪いけど、この程度じゃ髪の毛一本燃やせないよ」


 その言葉通り、リンは火傷はおろか焦げ一つ無い。

 それは並び立つルナも同様だった。


「さて…どうするかな? 聞いても無駄ならーー」

「っぐ…怯むな! 打てぇ! 国王諸共だ!」


 男はリンの言葉を遮り、追撃を指示する。

 だがそこに冷静な判断など無い、ただ本人も自覚しない恐怖に駆られただけの行動だった。


 先ほどとは違い魔道士達はそれぞれが炎の塊を打ち出す。

 それは無差別に近い攻撃でリンやルナを狙って放たれたものでは無かった。


「やるならちゃんと狙って欲しいな」


 リンはそう呟くとすぐさま自身も魔法を発動する。

 その直後、無数の炎がリンだけでなく背後のアリス達をも巻き込み辺りを飲み込んだ。

 凄まじい爆音と土煙が舞い上がる。


「ふ、ははは! これでいい! 我らの使命は処刑の執行だ! 我ら帝国の勝利だ!」


 男が勝鬨を上げるとそれに呼応して帝国軍から歓声が上がる。

 集まっていた王都の人々はその光景に崩れ落ち、あちこちから悲痛な叫びが上がった。


 高笑いを上げる男の耳に何かがはためく音が届き、頰を風が撫でた。

 それは瞬く間に突風となり、立ち込めていた土煙を吹き飛ばす。

 開かれた視界に飛び込んできた光景に、男は今度こそ絶句した。


「サンキュー、ルナ」


「いいわよ、私も鬱陶しかったから」


 男も帝国軍の一部隊を率いる程度の実力者であり、闖入者が異常である事は理解していた。

 故に先程の攻撃が闖入者には効果が薄い事など予想の範囲内ーー

 だが、その背後にいる国王達に攻撃を防ぐ手段など無く、間違いなく始末できた筈だった。

 国王達を包む光の壁さえ無ければーーー


「け、結界魔法だと…馬鹿な! あの一瞬でそんな強力な結界などーーー」

「うるさいな…」


 その声が耳に届いた瞬間、男は心臓を鷲掴みされたかの様な息苦しさを感じた。


「最後のチャンスだ、大将はどこにいる? 答えないならーー」


 リンから発せられる強烈な威圧感に男は声を出す事も、動く事

 も出来なかった。

 思わずその場から逃げ出したい程の恐怖感が男を支配する。

 だが、男はその場から動けない。


「え…それ私の《竜の威圧》でしょ、なんでリンくんが使えるのよ…というか、そのままだと相手死んじゃうわよ」


「え? マジ?」


 その言葉と共に辺りを支配していた圧力が消える。

 男は肺に溜まっていた空気を吐き出し、その場に膝をついてしまう。


「強すぎるのよ…リンくんは加減というものを勉強した方がいいわね…」


「やっぱり慣れない力は使うもんじゃないな…」


 そういってリンは膝をつき俯く男に近づき、声をかけた。


「さて、大将はどこにいる?」


「………」


 だが、男は口を開こうとしない。

 その目には敵愾心見て取れた。


「…話す気は無いって事か」


 そんな男の態度にリンは内心焦りを感じていた。

 相応の決意を持って王都に乗りこんだが、可能な事なら出来るだけ血が流れる事態は避けたかった。


 どうしたものかと考えを巡らせているとーー


「おいおいおいおい、どうなってんだこれ?」


 リンが驚いて声のした方に向き直ると、黒いローブをまとった男と、見るからに格の高そうな鎧の男が空からこちらを見下ろしていた。

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