第48話 多分間に合う?

 リンを乗せたルナが翼を広げると、次の瞬間には突風が吹き荒れた。

 必死にその姿を目で追うが、一瞬にして遥か上空へと舞い上がってしまい、今はもうその姿を捉える事は出来なかった。


「……なんというか、言葉になりませんね」


 クリスは思わず笑いが溢れてしまった。

 本当にとんでもない人が味方になってくれたと思う。


 昨日の夜までは絶望しか無かった。

 圧倒的な帝国軍を前に、敗北は必至であり、如何に被害を小さくするかそれだけを考えていた。

 しかし、考えても考えても出てくるのは悲惨な結末だけであり、あまりの苦しさに眠れない夜が続いた。


 そんなある日出会った異世界人アナザーの少年ーー

 彼は禁断の地とも言われるドラゴンの平原からやってきた。

 ぱっと見の印象は何処にでもいる普通の少年だった。

 実際に言葉を交わしてもその印象は変わらない、見たことも無い使い魔を連れていたり、何かを隠している感じはあったが、それ程気にも止めなかった。


 しかし、次に出会った時には驚かされた。

 特に意識していた訳では無いが、まさか部屋の中から気取られるとは思ってもいなかった。

 声を掛けられた時には思わず息を飲んでしまった。

 ライズ団長と共に話をして、少し頑固で正義感の強い少年なんだと印象も変わった。


 だがそれは未熟な自身の印象でしか無かった。

 帰り道でライズ団長の言葉でそれを痛感した。


「…あんな年端もいかない少年が一体どんな人生を歩んできたんだろうな…」


「え?」


 思いがけない言葉に思わず間抜けな返事をしてしまう。


「恐らくだが、私と同程度かそれ以上の実力者だろう、もし力を隠しているならばその実力は計り知れないな、それにーーー」


 団長が眉間に皺を寄せ、難しい顔をする。


「瞳の奥に隠しているあの暗い闇…生半可な人生ではあんな闇を抱える事などありえん…」


 団長の額に薄っすらと汗が滲んでいるのを見て言葉が出なかった。


 ーーーーーーーーーーーーー


 本当に不思議な少年だと思う。

 あの若さで確固たる意志を持ち、他人の為に身を削る事がどれほど難しいかーーー

 彼の抱える闇に関係しているのだろうが、本当のところは分からない。

 だが、そんな彼に神は何と残酷な異能を与えた事だ。


 リン殿が意識を失っている間にルナ殿から聞いた時はとても信じられなかったーーーー


『リンくんはね、不死なの、詳しい事は私はもちろん本人もまだ分かっていないわ。 でも事実彼はエデンに来てから既に何度も死んでいるわ、そしてその度に生き返っているのよ』


 告げられた内容は余りにも突拍子が無く、言葉が出なかった。

 異能が、時として強大な力を与える事はこれまでの歴史でも何度かあった。

 だが、不死の力など聞いて事も無い。

 しかし、事実なのだろうと信じられる。


『色々と思うところもあると思うけど、不死だからって無敵じゃ無いわ、問題だってあるし… そもそも絶対的なものかも分かっていないわ、苦痛だってある。 だからこそ、リンくんの異能については本来知られて良い事じゃ無い』


 その言葉の意味が理解出来ない者はこの場にはいないだろう。

 それこそがこの話を信じてしまう根拠ーーー


『貴方達を殺すわ』その言葉が鮮明に蘇るーーー


 騎士として何度も修羅場をくぐって来た、死を覚悟した事もある。

 だが、あれほどの絶対的な恐怖はそんな経験が霞んでしまうほど強烈に脳裏に焼き付いた。

 思い出すだけでも背中に嫌な汗が噴き出すほどだ。


『まぁ…リンくんに怒られるからさっきみたいな脅かし方はしないけど、冗談じゃない事は理解してもらえると思うわ』


 そう、冗談でも嘘でも無いのだろう。

 だからこそあの脅しなのだ。


「正直普通だったら信じられないような話ですが、アレを見てしまうと信じるしか無いですね」


「実際生き返ってましたからね…」


 クリスとルルもそれは同じだった様で、そう口にした。


『まぁ、そういう訳だから絶対に他言無用よ? 因みにこの話を知っているのは貴方達三人とシンとアリスだけよ、リンくんの知り合いはそう多くないからだけって言いかたも変だけどね』


 そう言ってルナ殿はため息をつく様な仕草をした。


 きっとルナ殿は心配で仕方ないのだろう。

 先ほどの彼を見ていればその心配も頷ける。


 彼は他人の為に、当然の様にその身を削るのだ。

 結果自分が傷つく事を厭わない、いや、考えていない様に見えた。

 それはある意味では尊いだろう、だが同時に危うい。

 まだ幼い部分も相まって誰かが導いて上げなくては、近いうちに取り返しがつかなくなる。

 それを分かっているからルナ殿は必死に彼を守ろうとしているのではないか?

 そう感じられた。


「安心して下さい。 リン殿の秘密は決して口外しません」


 そして願わくば、いつか私も力になりたい、そう思った。


 ーーーーーーーーーーーーー


『…ねえリンくん』


 ルフィアから飛び立ってすぐにルナが話しかけて来た。


『どうした?』


『何も考えずに飛び出したけど、よく考えたら私結界に突っ込んでなかった?』


 今更すぎる発言にリンは若干呆れてしまう。


『…何も考えて無かったのか、問題無いよ、中から出たり出したりする分には結界は作用しないから』


 守りやすく攻めやすい様、そうなる様に作ったのだ。


『なら良かったわ、間違って破壊してたらどうしようかと思って飛び出した直後に内心、冷や汗かいたわよ』


 ルナは普段本当に頼りになるのだが、どうにも要所要所で抜けているところがある。


『…やっぱりアホの子か』


『ちょっとぉ! 今サラッと失礼な事言ったわね!』


『え?』


『え? じゃ無いわよ! 今明らかにーーー』


『それより、本当に王都に間に合うのか? 処刑は正午だぞ、これで間に合いませんでしたじゃシャレにならないぞ』


 正確な時間は分からないが、日は既にかなり高い位置に来ていた。


『………多分』


 聞き間違いだと思いたくなる様な、もの凄く不安になる言葉が飛び出した気がする。


『…もう一回言ってくれるか?』


『多分間に合うわよ…ね?』


『ね? ってなんだよ! ね? って!』


『分かってるわよ! リンくんが無茶ばっかりするから無駄に時間かかってるでしょ!』


『俺のせいかよ! ああもう! 良いから急げ! 全速力だ!』


『分かったわよ! 飛ばされても知らないからね!』


 その言葉の直後、ルナは一気に加速する。


 処刑執行まで残り15分ーーー

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