第47話 王都へ

 当初、騎士団の士気は高いとは言えなかった。

 口には出さないが、負け戦であることが明白だった事もあり、仕方のない事だろう。


 だが、リンの規格外な能力と行動に裏打ちされたライズの言葉により騎士団全体の士気は一気に高まった。


(さすが、と言うべきか…ダシにされたのは若干納得いかないけど…)


 自分に向けられた歓声と期待を前にリンは複雑な心境だった。


『良かったわね…これでこの戦いを勝ちに持っていけばリンくん英雄よ…』


『よくないよ…』


 ルナの冷やかしに思わず溜め息がこぼれた。


「リン殿、救出作戦の説明をお願いします」


 いつの間にか演説を終えたライズがと隣に立ち声をかけた。


(考えても仕方ない…やるしかないか)


 腹を括った、と言うよりも半ばヤケクソ気味な心境でリンは口を開いた。


「えー、時間も無いので挨拶は省略させていただきます。 救出作戦と言っても方法は至ってシンプルです」


 リンの考えた作戦は人海戦術、すなわちーーー


「ローラー作戦です」


 騎士団員がざわつくのを気にせずリンは説明を続ける。


「ローラー作戦と言っても街は広く、人手が足りません。 そこで今から俺が魔法を使ってそれを可能にします」


 そう言ってリンは目を閉じ、イメージを魔法に変える。


(範囲は結界内の全ての人ーー)


 《シャウト》


 小さな呟きと同時に街全体に効果が発動する。


『ルフィアに住む皆さん、ルフィア騎士団です。 今、魔法で皆さんに呼びかけています。 驚きもあると思いますが、落ち着いて聞いてください』


 《シャウト》、その効果はMMO RPGによくある不特定多数へメッセージを送る機能そのままだった。


『気がついている方が多いと思いますが、現在ルフィアは帝国軍の攻撃を受けています。 そこで皆さんには指定する場所へ避難していただきたいと思います』


 人手が足りないならば、自分で動いてもらうしかない。


 リンの救出作戦が始まった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「こっちだ! 急げ!」


 ルフィアの街の至る所で一斉に避難が始まっていた。


 ギルドの職員や冒険者、住民が協力している事もあり、思いのほかスムーズに避難は進んでいた。

 協力的な者が多い事もそうだが、何よりリンの魔法により怪我人が皆無であることが非常に大きかった。


「おい! 誰か! こっちの瓦礫の下に閉じ込めれてる奴がいる!」


 その言葉に周囲にいた冒険者達が集まり、瓦礫はみるみる退かされていく。


「はは、こりゃすげーわ。 普段の何倍も力が出るぜ!」

「身体強化魔法か、俺も魔法勉強すっかな」


 冒険者達がそう口々に驚きの声を上げる。


 そんな光景がルフィアの街中で起きていた。


「上手くいきましたね! 街の人々も続々と避難しているようです! 」


 クリスが嬉しそうな声を上げる。


「しかし、リン様も大胆な事を考えますね」


 ルルは先ほどの救出作戦の説明を思い出した。


 ーーーーー


「これから皆さんに身体強化の魔法をかけます。 効果は聴覚と力の増加です。 これで動けない人を救出してください! 動けない方は大声で助けを呼んで下さい!」


 そう言ったリンはすぐに魔法を発動した。

 効果は説明通り。


 強化された聴覚で助けを呼ぶ声を聞きつけ、強化された力で瓦礫の除去を行い救出する。


 作戦が理解出来なかった者も、次々にその意図を理解し街中で避難と救出が進むことになった。


 ーーーーーーーー


「人手が足りないなら増やすまでです。 まぁ上手くいってよかった」


 リンはわずかな疲れを感じつつ、ソファに腰かけた。


「それに、避難場所も…私達では思いついても実行しないですよ」


 そう言ってクリスは部屋を見渡した。


 所狭しと飾られた高価な調度品の数々、ルフィアで最も広大な土地と建物ーーーー


 ルフィア公爵の館


 そこがリンの指定した避難場所だった。


「これだけ無駄に広いんです、使わない手は無いと思いますけどね」


 数千人を収容してもまだ余りそうな広大な敷地を利用した事で避難場所の問題も解決した。


(外の連中も結界があるから恐らく問題無い、念の為に避難先の建物にも結界を張った。 少なくとも1日は持つはずだ)


 遂に王都へ動く事ができる。

 だが、帝国軍の足止めの効果は高く、既に騎士団を引き連れて移動する時間は残されていなかった。


(それにしてもさっきから身体が重い…魔法の使い過ぎか…)


 自覚するとますます気分が悪くなってくる。

 それに気がついたのはルナはーー


『まずいわね、魔力の使い過ぎよ馬鹿!』


 ルナの声が徐々に遠のく、クリスとルルの慌てた声が耳にかろうじて届いたが、内容までは理解出来なかった。

 そのまま抗えないほどの睡魔に襲われ、リンの意識はそこで途切れた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 まぶたに光を感じ、目を開くと見覚えの無い天井が広がっていた。


 まだはっきりしない意識のまま身体を起こすと先ほどまでの倦怠感が嘘のように消えていた。


「……どこだここ?」


 無意識にそう口にしたリンに呆れた声がかけられた。


『……リンくんって寝相と寝起きは最悪ね』


 何故か疲れ果てた様子のルナが目に入った。


「なんでそんなに疲れてんだ?」


 リンは寝ぼけた頭でルナに問いかけた。


「リン様が寝ぼけてルナ様を揉みくちゃにしたからですよ」


 苦笑いをこぼしながらルルが代わりに答えた。

 ルルの存在に気がついた瞬間リンの頭が一気に覚醒する。


「え!? 俺また死んだ?! 時間は!?」

『落ち着きなさい!』


 ルナはそう言ってリンの頭を叩いた。


 その衝撃でいくらか落ち着いたリンは改めて窓の外を見る。

 既に日が昇り明るくなっていた。


「リン様は魔力の過剰使用で倒れてしまったんです」


 ルルがコップに注いだ水を手渡してくれる。

 リンはお礼をいって受け取り一気に飲み干した。


『ライズが魔力回復薬を持ってきてくれたおかげですぐに回復したのよ、あとでお礼をいっておいた方がいいわ』


「そうか…色々迷惑をかけたんだな…」


 リンは自分の迂闊さを後悔した。

 今回はたまたま上手くいったから良かったものの、下手をすれば倒れている間にタイムリミットを迎えてもおかしくなかった。


(強力な力に振り回されてるようじゃダメだな…)


「気がつきましたか」


 ライズとクリスが安堵の表情を浮かべながら部屋に入ってきた。


「完全回復とは言えないかもしれませんが、意識が戻って本当に良かった」


「迷惑をかけてすみません」


 リンは頭を下げた。


「いえ、リン殿がいなければ甚大な被害が出ていました。 それに…」


 ライズが言い澱む、その表情は不甲斐なさや申し訳無さそうに見える。


『あんまり時間も無いし手短に伝えるわ、リンくん、王都へは私たちだけで行くわよ!』


 ーーーーーーーーーーーーー


 リンたちは屋敷の庭へと出る。

 そこには避難してきたであろう人の姿が見られた。


「それではリン殿……どうか…陛下を、王国をお願い致します…もはや、すがる事しか出来ず本当に申し訳ない」


 ライズだけでなくクリスやルルをはじめ、騎士団員が深く頭を下げた。

 中には膝をつき、額を地に擦り付ける者もいた。

 そんな騎士団の面々を見てか、終いには街の人達まで頭を下げ、口々に「お願いします」「陛下を助けて下さい」と言った。


 大勢の期待を向けられるプレッシャーはあった。

 だが、それ以上に不思議な嬉しさが勝り、より強い決意がリンに芽生えた。


『時間が無いわ、行くわよ!』


「ライズさん後は頼みます! 結界はありますが油断しないで下さい!」


「ええ、任せて下さい!」


 ライズだけでなくクリス達騎士団員が力強く頷いてくれた。


『じゃあリンくん、魔力貰うわよ』


 ルナがそう言うとリンは右肩に僅かな熱を感じた。

 服の上からも分かる程度に発光する契約の紋章、そこから魔力がルナに流れている事を感覚的にリンは感じた。


「え? なにこれ、こんな事できるなんて聞いてないけど…」


『あれ? そうだった?』


 どこかとぼけた様子のルナが光に包まれる。

 次の瞬間には元の竜へと姿を変えていた。


「あーあーあー、どう? 上手く喋れてるかしら? ヒューム語を実際に声に出すのは初めてなんだけど」


 ルナが少しだけ嬉しそうに喋る。

 リンにとってはルナが話す事も元の竜の姿もなんら違和感は無い。


 だがーーー


 それはあくまでリンが知っているからであり、それを知らない騎士団員や街の人達は、突然巨大な竜へと姿を変え言葉を話し出したルナにちょっとしたパニックを起こしていた。


「まぁ…色々聞きたい事はあるがとりあえず出発しよう」


 リンは周囲の混乱を尻目にルナの背に飛び乗った。


「リン殿!」

「リンさん」

「「御武運を!!」」


「はい! 行くぞルナ!」


 合図と共にルナは一気に空高く舞い上がった。

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