第46話 新スキル

 最初に感じたのは僅かな違和感だった。

 言葉にするのが難しい感覚、無理矢理表現すれば気力と体力が満ち足りた様な感覚だった。


 意識が覚醒に近づくにつれてその感覚の正体が己の魔力だと気がついた。


 初めて大きな魔力を使った事でようやく魔力という未知の力を感じられる様になったのだろうと思った。

 意識が戻ると同時に聞き覚えのある声が頭に響く。

 それは相棒の脅し文句だった。


(やれやれ、心配してくれるのはありがたいが、これじゃあライズさん達が気の毒だな)


 そう思ったリンは一気に身体を起こすと、未だに殺気を放つ相棒へと声をかけた。


「ルナ、もうやめろって」


 その言葉と同時にルナが放つ殺気が霧散する。


『やっと起きたのね、無茶はほどほどにして欲しいわ』


 言葉とは裏腹に、その声色は嬉しさが滲み出ていた。


「大丈夫だって言ったろ、まぁ心配かけて悪かったよ」


 そう言って、窓の外に目を向けると街を覆う巨大な結界が目に入った。


「見た目は問題なさそうだけど、実際のところはどうなんですか?」


 実際には結界は問題無いとリンには確信があったが、念の為、そうライズ達に問いかける。

 だが、未だに驚愕の表情で固まっている三人が目に入った。


「あー…そういえば、死んだの知られてるのか」


 意識が戻った時のルナの言葉を思い出す。


「い、一体どういう事なんですか? リン殿は先ほどまで確かに……」


 あまりにも非現実的な出来事にリンが平然としている事が未だに信じられなかった。


「そうですね…きちんとお話ししたいところですが、それは例の場所へ移動してからにしましょう」


 そう言ってベッドから立ち上がったリンはライズ達を促した。


「動いて大丈夫なんですか? よろしければ肩をお貸ししますが…」


 クリスの気遣いにリンはその場で軽くジャンプして問題無い事をアピールする。


「ありがとうございます。 でも俺は大丈夫なので急いで移動しましょう」


 三人はそんなリンを不思議そうな顔で見ることしか出来なかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 外に出たところで一人の騎士がこちらに向かって走ってくる。


「団長! 撤退の準備完了しました!」


「ご苦労だった、指示を出したらすぐに動けるよう待機していてくれ」


「了解しました!」


 そのやり取りを視界の端に捉えつつ、リンの意識は街の外に向いていた。


(これは…魔力か…恐らく再び攻撃を仕掛けてくるつもりだな)


 リンは[蘇生時自己強化]の恩恵により、これまで分からなかった魔力というものをはっきりと感知できるようになっていた。


(うん、でもこの感じなら結界に問題はなさそうだ…それにしてもスキル自己強化は凄いな…お陰で計画より安全に王都に向かえそうだ。 その為にも…)


 そう思ったリンが最初に取った行動、それはーーー


「え? リンさん何をしてるんですか?」


 突然リンの足元に魔法陣が展開した事にクリスが驚きの声を上げた。


 リンは特に苦も無く魔法を発動させる。


 先ほどの大結界とは異なり規模が小さい為、消耗は少ないな、とリンは感じた。


 実際には自己強化のおかげで爆発的に増えた魔力の恩恵だが、この時のリンはその事に気がついていなかった。


「リンさん、いったい何をしたんですか? 結界魔法なのはわかりましたが…」


 ルルが不思議そうに尋ねる。


「街の出入り口を封鎖しました。 これで街の中に侵入されるリスクを潰せたと思います」


 リンが最初に使った大結界、それは街の中心を起点に球体状をしている。

 その為、外壁や空、更には地下まで完全に包み込んでいる。

 だが、それでは出入りができない為、唯一外壁に設置されている出入り口の門は結界が無い。


 だからその穴を追加の結界で塞いだのだ。


「確かに正面突破されれば数で不利な私達に勝ち目は無いですね…」


 ルルは納得したように頷いた。


(よし、次はーー)


 リンはを試す事にした。

 とは言え、ある程度その効果は理解している。


 死の直前に強気新しい力を願うーーー


 [蘇生時自己強化]における恩恵によってもたらされた新たなスキル[魔術の書グリモワール

 不親切な説明には、あらゆる魔法が使える、とだけ記されていた。


 リンは目を閉じ、イメージする。


 それは炎を消し、人々を癒す雨ーーー


 直後にリンの足元に魔法陣が出現する。


(いける…!)


 魔法を発動するとすぐに頭上から魔法の雨が降り注ぐーーー


 その雨は瞬く間に街の至る所で猛っていた炎を消し、傷ついた人々を癒した。


 痛みで動けない者、死を覚悟していた者、炎に巻かれていた者ーーー


 助かった者達はそんな奇跡に感謝した。


(上手くいって良かった。 ……屋内の人にも効果があるようにしたつもりだけど大丈夫だよな…)


「リン殿、この雨はひょっとして…」


 リンが魔法を使っているのを見ていたライズは半ば確信気味にそう問いかけた。


「ええ、屋内にいても効果が出るようにしたつもりなので、生きてさえいれば効果があるはずです」


 言外に死んでいたら効果が無い事を伝えた。

 それはライズにも伝わったようで、複雑な表情を浮かべた。


「…いや、今は多くの人が助かった事を喜びましょう、本来なら被害はもっと大きくなっていたはずです」


 実際、リンの魔法で炎の被害は抑える事に成功していた。

 人手の無い今、火事が広がればその被害は計り知れなかった。


「ライズさん、今から街にいる人達を避難させる為に騎士団の皆さんに協力していただきたいんです」


 リンは次の行動を起こす。

 考える事はたくさんあるが、今は行動しなくてはならない。

 残された時間は確実に減っているのだ。


「分かりました。 何かいい方法があるんですね、もうリン殿が何をしても驚きませんよ」


 今日は驚きの連続だったライズだが、いよいよ慣れ始めていた。


「はい、上手くいくと思います。 ただそれにはライズさんの協力が必要になるんです」


 協力が必要になる、その言葉に少し疑問を感じつつも、騎士団に集まるように声をかけた。

 声をかけつつ、ライズは思う。


(リン殿に頼るしか無い団長というのも情けないものだな…)


 そんな思いからライズは思わず苦笑いを浮かべてしまった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


「リン殿、全団員いつでも行動できます」


 さすが訓練された騎士団員、その動きは極め迅速であっという間に集まった。

 その数、500名弱ーーー

 その数にリンは作戦の成功に確信を強めた。


「ありがとうございます、ではライズさん皆さんに説明させていただきーーー」

「その前に、お願いがあります」


 ライズはリンの言葉を遮り、真剣な表情をした。


「え? 俺に出来る事だったら頑張ってみますが…」


 リンがそう答えるとライズは驚く事を口にした。


「ここから先の行動に関して、騎士団の指揮をお願いしたい。 正直、今の私では騎士団を十全に指揮出来ない。 リン殿に頼り切る事になるが、街を、ひいては王国を救う為にーー」


 そう言ってライズは大きく頭を下げた。


 驚きのあまり、慌てて拒否しようと思ったリンだが、ライズのその姿勢に思い留まる。


 自分に務まるとは思っていない、だが、ライズは団長としてのプライドを捨て、より多くを救おうとしている。

 その想いが強く感じられた。


(いや、ライズさんの街を守りたいという使命感がそうさせるのか…それこそがライズさんの矜持プライドなのかもしれないな)


 勝手かもしれないが、リンはそう考えーー


「分かりました、ライズさんの様に出来るとは言えませんが、最善を尽くします」


 そうライズの申し出に答えた。


「無茶な願いを聞いて頂き、感謝します。」


 そう言って頭をあげたライズは騎士団に向きなるとーー


「みんな! 聞いてくれ! 気がついている者も多いと思うが、先ほどの結界や不思議な雨は全てここにいる異世界人アナザーのリン殿の力だ!」


 その言葉に騎士団員に少なからず動揺が走った。

 リンが異世界人アナザーだという事実にでは無く、この奇跡の様な魔法をもたらしたのがライズの横にいる少年だという事が衝撃的だった。


「更には街の人々を救出、避難する作戦があると言ってくれた! そこでだ! より円滑に作戦にあたるべく、これよりルフィア騎士団の指揮はリン殿に取ってもらうことになった!」


 ライズの言葉にいよいよ動揺が大きくなるーー

 だが、その動揺をかき消す様に一際大きな声が上がった。


「リン殿! 先ほどは助けて頂き感謝の言葉もありません!」


 その声の正体は、王都に潜入していた諜報部隊のウェインだった。

 すっかり回復したのかその表情は力強いものだった。


「私達も! 先ほどは助けて頂きありがとうございました!」


 続く様に違う声が上がった。

 それは魔導師部隊の人達だった。


 その言葉で先ほどの光景を見ていた騎士団員達が、火炎弾を蹴り返していた人物を思い出す。


「動揺する気持ちはわかる! だが、今は王国存亡の危機だ! 私の力が及ばず申し訳ない! だが、私は確信している! リン殿が必ずやセントアメリア王国に勝利をもたらしてくれると!!」


 その言葉に騎士団員が静まり返る。

 だがそれも一瞬の事だった。

 直後、割れんばかりの歓声が上がる。


 もっとも、その歓声を向けられたリンと言えば、先ほどのライズの言葉に頬を引攣らせることしか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る