第51話 仕組まれた茶番
戦争終結から数日が過ぎた。
あの後アウグストはすぐに自らの指揮を執り、予想以上にあっさりと撤退していった。
「負けは負けだからな、負けてグダグダやる様な奴は俺がぶった斬ってやるから安心しとけ」
言葉通り、トラブルなども起こらず、終戦翌日には王都で帝国兵を見る事も無くなった。
意外だったのは王都から撤退する直前にアウグストに呼び出された事だった。
リンはその時のことを思い出す。
ーーーーーーーーーーー
「よぉ、いきなり呼び出して悪かったな」
呼び出されたのは王都から少し離れた平原、そこに陣を構えていたらしい。
だが、撤退準備は殆ど終わっているのか帝国兵の姿は殆ど無く、アウグストとバベルの二人に出迎えられた。
「別にいいさ、聞きたい事もあったしな」
「ははは、それでノコノコと出て来たのかよ? 囲まれる可能性とか考えなかったのかよ?」
リンはその言葉に肩をすくめた。
「お前はそういう小細工をする奴に見えなかったんだよ」
「まぁな、負けた後に見苦しい真似をするほど腐っちゃいねぇな」
本当に不思議だったが、リンは何故かアウグストを嫌いになれなかった。
むしろ好ましいとすら感じていた。
言葉遣いは乱暴で恐らく戦う事が好きなバトルジャンキー、だが一本芯の通った男、それがリンのアウグストという男に抱いた印象だった。
「まぁそういう訳だから安心してくれ、と言ってもそんな心配必要無いだろうけどな」
ケラケラと笑うアウグストとは対照的な男が一人こちらを伺っているのに気がついた。
「…なにか?」
「アウグスト様は気さくな方だ、だが! 皇族である事は忘れないで頂きたい」
「おいバベル…そういうのはいいって言ってんだろ?」
どうやらリンのアウグストに対する態度が気に入らないらしい。
「おいリン、気にしなくていいぞ、バベルは頭かてぇんだ」
「ああ…まぁそれは置いておくとして、今日呼んだ理由はなんだ? まさか仲良くお喋りするのが目的じゃ無いんだろ?」
少し迷ったが言葉遣いは変えずに話す事にした。
そもそもどう話したらいいかいまいちよく分からない。
日本にいた時に呼んだラノベの知識程度しか無いのだ。
「ああ、そうだな、聞きたい事はいくつかある、まず一つはなんで今回の戦争に
そう言われてリンは迷った。
本当の事を包み隠さず伝えるには些か面倒な部分があった。
特にアリスの件は伝えていいのか分からなかった。
「……そうだな、一言で言えば成り行きだな」
結局誤魔化す方向で話す事にした。
「…それはアメリアの王女が関わってるのか?」
「…それはーーー」
ズバリ言いにくい事を聞かれ思わず言葉に詰まってしまった。
だがーーー
「いや、言えない事があるならそれでもいい、ただどうしても聞きたいのは、
アウグストは真剣な表情でそう問いかける。
「指示…って程では無いな、ある人に協力を頼まれたが無理強いされた訳じゃない、どちらかと言えば俺が無理に首を突っ込んだな」
そう答えるとアウグストは腕を組み、なにかを思案する。
「……バベル、どう思う?」
「はっ! 恐らくアウグスト様と同じ考えかと」
「だろうな…あのババァにいいように使われた訳か…」
リンには理解出来なかったが、なにやら結論が出たようだった。
「質問ばっかりで悪いな、もう一つ聞きたい事がある、お前はなんで誰も殺さなかった? 正直お前らが本気になれば俺たちは全滅してておかしくない、だがお前は誰も殺さなかった…何故だ?」
その質問にリンは少しだけ考えてから本音で答える事にした。
「そうだな…いくつか理由はある、が一番の理由は俺の師匠の教えだな」
それは、日本で剣術を学んでいた頃、ある理由から師匠に教えられたものだった。
「剣を志す者、剣を抜くべからずーー 剣術を学ぶ者、剣で人を傷つけるべからずーーー って教えられたんだ」
「はぁ? なんだそれ? 意味わかんねぇぞ?」
「そうだな…剣を抜いて勝つのは当たり前だ、だから剣を抜かずとも勝て、剣術で人を傷つけるのも簡単だ、だから傷つける事なく勝て、それが出来ない奴は半人前だーーー そう教えられたんだ」
リンも初めて聞いた時は意味が分からなかった。
だが、ある事件をきっかけにその意味が少しだけわかった事があった。
「はー…刀士は難しい事考えるんだな、俺には理解出来ねぇわ」
「まぁ分かって貰えなくていいさ、単なる俺のこだわりだ」
アウグストの呆れた様子にリンもそれ以上説明する事はなかった。
「まぁいい、要するにお前の意思で殺さなかった訳だな? 誰かに指示された訳じゃ無いんだな?」
その質問でリンはいよいよ違和感を強くした。
アウグストの質問の根底、探りたい部分が見えてきた。
「……今更腹の探り合い面倒だからはっきり言っておく、俺はこの世界に来てから誰かの指示で動いた事はない、全て俺の意思でこうしている」
「……それは何となく分かったよ、まぁこれ以上は今はわからねぇか…悪かったな、付き合わせてよ」
アウグストはそう言って素早く立ち上がった。
「…なんだか、訳がありそうだな」
どう考えても深い事情があるとしか思えなかった。
「まぁ…な、だが悪りぃが今は話せねぇ、なんせババァが絡んでる以上、お前が世界の禁忌とーーー」
「アウグスト様!!」
バベルが凄い剣幕でアウグストの言葉を制止した。
「…俺が世界の禁忌と?」
「悪りぃ! 聞かなかった事にしてくれ!」
アウグストはそう言って手を合わせた。
「……どう考えても穏便な内容じゃなさそうだな」
「あー…まぁなんだ、そうだリン! お前落ち着いたら帝国に遊びに来いよ、そん時はもうちょっと詳しく話せると思うからよ!」
アウグストに話す気が無い事を悟ったリンはため息をもらした。
「気が向いたらな」
「絶対来いよ、俺もそれまでに強くなるからよ、手合わせしようぜ」
そう言ってアウグストは手を差し出してきた。
先日までは戦争相手だったにもかかわらず、戦争が終わればこうして手を取る事が出来る。
それはアウグストだからこそ出来る事なのかリンは分からなかった。
だがリンは迷わずその手を取った。
「そうだな、その時は精々頑張るよ」
「っは! 言ってろ!」
そう言ってアウグストは握る手に力を入れた。
「アウグスト様、転送の準備が整いました」
「おう、じゃあなリン」
そう言ってアウグストとバベルは転送用と思われる魔方陣の上に立った。
「そうだリン、一つ注告しておく、お前の流儀にケチをつけるつもりはねぇ、だが毎回上手く行くとは思うな、特に今回の戦争は恐らく仕組まれた茶番だ、だからお前も人を殺す覚悟は早めにしておけ、じゃねぇとお前が殺されちまうぜ?」
「っ!! どういう意味ーー」
リンが問いかける間も無くアウグストは転送魔法によりその姿を消してしまった。
「なんなんだよ、一体…」
そのつぶやきに答える者はいなかった。
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