第44話 魔法

 街は炎に包まれ、街の外には帝国軍の大隊に包囲された。

 逃げる事も、戦う事も出来ずにただ消耗していく騎士団にライズは焦りと苛立ちが募る。


 そんな状況に追い打ちをかけるように、再び帝国軍の攻撃が夜空に舞った。


「ッッ!! 魔導師部隊! 防御だ!」


 もはや考える時間すら残されていないようだった。


 降り注ぐ火炎弾を必死に防ぐ魔導師部隊だったが、その圧倒的な数に遂に限界を迎えた。


「パリン!」というガラスの割れるような音と共に空に展開していた光の壁が砕け散る。

 騎士団の陣に落ちるはずであった火炎弾はほぼ防げたものの、同時にほとんどの結界消える結果になった。

 それに防ぐ事が出来たのはあくまで騎士団の陣のみーーー

 背後にあったルフィアの街を包む炎は大きくなっていた。


 そんな現実に絶望感が騎士団に襲いかかる。


「諦めるな! まだーーー っ! ルル! 上だ! 避けろ!」


 それは、少し遅れて放たれた数発の火炎弾ーーー


 それが疲弊した魔導師部隊のど真ん中に向かって落ちていくーーー


 リンは瞬間的に地を蹴った。


 最後に死んでから始めて全力で地を蹴ったその身体は、百メートル近い距離を数歩で詰める。


 本来なら認識など出来るはずもない圧倒的な速度を思考を加速させる事で、認識を可能にする。


 スキルによる思考加速は、魔導師部隊が最後の魔力を振り絞り結界を展開する様子すらはっきりと捉える。


 魔力と詠唱によって生み出された魔法陣が


 リンは直感する。


 使ーー


 魔導師部隊が展開した結界は火炎弾を防ぎきるには至らず、割れたガラスの様に四散するーー


 しかし、僅かな時間をつくりだす。


 リンは魔導師部隊の前に飛び込むと、


「っふ!!」


 強引に蹴り返した。


「ええええええええ!!」


 その瞬間を見たルルが驚き叫びをあげた。


「ほっ! おりゃ!」


 続けざまに落ちてくる火炎弾を続けざまに殴り返す。


「…………(パクパク)」


 ルルは目の前で起きる非常識な光景に絶句する事しか出来なかった。

 それは他の魔導師のみならず騎士たちを始め、遅れて駆けつけたライズとクリスも同じで、皆口を開けて固まっていた。


「ふぅ…やっぱりちょっと熱いな」


 そう言って手を確認するも特に火傷などない事に内心スキルのありがたみを実感した。


 追撃がない事を確認したリンは口を開けたまま固まるルルに声をかけた。


「大丈夫でしたか?」


「え? あ、はい…というか今一体何をしたんですか?」


「え? あー、殴り返しました?」


 何故か疑問形で返すリンにクリスが乾いた笑いを漏らしながら近寄った。


「ははは…なんというか、デタラメ過ぎですよ」


「殴り返したって…え? どういう事…?」


「あはは」と誤魔化し笑いを浮かべつつ、リンはその場を離れ、ルナへと近寄り声をかける。


「ルナ、ちょっと聞きたいんだが」


『……なに?』


 未だ機嫌が直らないのか、その声にはいつもの優しさが感じられない。


「あー、その、悪かったって…後でいくらでも文句聞くから機嫌直してくれよ、ルナにしか聞けない事なんだって」


 そう言って手を合わせて反省してる事を強調する。


『むぅ…仕方ないから聞いてあげる』


 まだどこか不機嫌そうだったが、なんとか話を聞いてくれそうな様子にリンは安堵した。


「どうやったら魔法の規模を大きく出来る?」


『はぁ? え? なにどういう事?』


 言ってる意味がわからないとばかりに首を傾げた。


「いや、あの魔導師の人たちが使ってた結界魔法? あれの規模を大きくする方法とか無いかなって」


『え? 方法はあるけどなにする気?』


「多分使える様になったから、街を覆うくらいでかい結界をつくれないかなと」


『………はぁ?!』


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「要するに魔法って割と自由なんだ」


 ルナの説明を聞いたリンは、自身がイメージしていた魔法との違いに少なからず驚いた。


 ルナが教えてくれた魔法の基本、それは魔法を構築する基礎だった。


 まず魔法を行使するには魔法の元となる陣を理解する必要ある。

 例えば結界魔法を使うには結界魔法の元になる陣を展開する。

 その際に、陣を展開するには素養と技術が不可欠なのだが、そこはスキルがあるリンの場合は全く問題にならない。


 次に元となる陣、これを第0陣と言うらしいのだが、その陣の外側に陣を魔力で増やしていく。

 イメージとしては円の外により大きな陣を描いて二重丸、三重丸を描く様なものだ。

 その際、内側から数えて第1陣、第2陣を増えていく。


 一つ辺りに込める魔力を多くすれば魔法の効果や威力が上がり、陣を増やせば規模が大きくなる。


 だが当然、消費する魔力が飛躍的に多くなる。

 それに加え、難易度も当然上がっていく。


 それをカバーする為に詠唱がある。

 これも意外だったのだが、詠唱というのは術者が自身のイメージをより強くする為のもので、決まった文言がある訳ではないらしい。

 統一する事で、成功時のイメージが明確になる為、基本的には統一されているらしい。

 イメージが明確になる事で成功率が上がり、無駄な魔力も減る、ということらしい。


『街全体をカバーしつつ、結界の強度も一定以上にするとか、いくらなんでも無茶苦茶よ…魔力切れを起こすとああなるわよ』


 そう言ったルナが指したのは魔導師部隊、先ほど無理をして結界を構築した影響で魔力切れを起こし、気を失っている。

 意識がある者も、顔色が悪く、明らかに疲弊しきっていた。


『生命力を無理矢理魔力化した影響ね、あれでもマシな方よ、下手すれば生命力すらも失って死ぬわ』


「死ぬ? 魔力が無くなると死ぬのか…」


 それを聞いたリンは考える。

 間違っても死にたくはない、死にたくはないのだがーーー


『そうよ、死ぬわよ。 ……死ぬ? え? まさか! やめなさい! 魔力切れを起こすのよ! 万が一スキルが発動しなかったらどうなるかわかるでしょ!』


「あー、それは多分大丈夫。 なんとなくだけど」


 リン自身、恐怖が無いといえば嘘になる。

 だがこれまでもほとんど直感だけでスキルを使ってきた。

 その直感が平気だと告げている以上、それを信じる事にした。


「それに上手く行くかもしれないだろ? ならやらずに後悔するより、やって後悔した方がマシだよ」


『死んだら後悔もなにもないでしょ…』


 ルナは呆れた様子でため息をついた。


「ちなみにルナから見て俺の魔力って多いの?」


『分かんないわよ…でも少なくは無いと思うけど』


 その声には明らかに不安の色が出ていた。

 心配で仕方ないといった様子のルナの頭をポンポンと叩き、リンは笑顔で告げる。


「大丈夫だって、それより、万が一死んだら生き返るまでのフォローは頼んだ」


『なにが大丈夫なのよぉ…』


 今にも泣き出しそうなルナに、内心申し訳ない気持ちで一杯になったリンだが、いつ次の攻撃が来るかわからない以上悠長にはしていられなかった。


「ライズさん!」


 魔導師部隊の元で救護の指示を出していたライズの元に行き、リンは一つの提案を持ちかけた。


「今から俺が結界魔法を使います。 初めてなんで上手く行くかわかりませんけど…どちらにせよこのままじゃジリ貧です」


「え? 初めてって… 一体なにをいってるんですか? そもそもリンさんは治癒魔導師なのでは?」


 ルルが理解出来ないといった様子で困惑した。

 それはライズも同じようだったが、詳しく説明している暇はなかった。


「成功するにしろ失敗するにしろ、このままじゃ全滅です! だから騎士団の皆さんには住民を連れて避難して欲しいんです」


 既に街の至る所で火の手が上がり、倒壊した建物も多い。


 街の人々を守るのが目的ならばこれ以上被害が広がる前に避難するべきだった。


「確かに避難を優先するべき段階に来ています。 ですが、肝心の避難場所がーーー」


 ライズは既にギルドや騎士団本部に避難を進めるよう指示を出していた。

 だが、住民すべてとなれば、避難場所は明らかに不足していた。


「いい場所があるじゃないですかーーー


 リンの提案にライズを始め、付近の騎士達も驚きと戸惑いの声をあげた。


「た、確かにそうですが、あそこはーーー」


 クリスが反対の声をあげようとしたが、


「…いや、それしか無いだろう」


 ライズはすぐに決断した。


「しかし! 無駄でそんな事をすれば厳罰は免れませーーー」

「責任はすべて私が取る! 全騎士団員はすぐに撤退の準備だ! 急げ!」


 ライズの決断にクリスもすぐに覚悟を決めた。


「そうですね、そもそもこのままじゃ責任すら取れなくなるーーー どうせなら生きて罰を受けた方がマシですね!」


 そう言ってクリスがライズに笑顔で答えた。


 こうして、リンの提案の元、状況が動き出す。

 処刑執行まで残り九時間ーーー

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