第42話 夜襲

 ライズが立てた作戦は至ってシンプルだった。


 まず、ルフィア騎士団の総戦力の九割強を王都奪還作戦に当てる。

 残った1割弱は街の防衛に回る、防衛と言っても帝国軍相手では無く、盗賊や魔物などだ。


 そして王都への進軍中に帝国軍と会敵した場合に足止めの役割を担う殿部隊が2割ほど。

 以降は可能な限りの戦力を維持しつつ王都へ進軍し、王都へ到着後は1割程度の精鋭を残し、一気に王都へ攻め込む。

 残った1割は可能な限り戦闘を避け、処刑が行われるというセントアメリア中央広場へと潜入、国王を救出する。

 ここで敵総大将が現れてくれれば全力を持って討ち取るというものだった。


 正直作戦と呼ぶには些か杜撰というほか無いのだが、時間が無い今、細かな作戦を立てたところで、かえって混乱を生む恐れがある。

 そこで大まかな役割分担と流れ、そして優先事項を共有し、後は各部隊長の判断で臨機応変に対応するよう指示を出した。


 そしてーーー


「最後になるが…この作戦は極めて困難であり、残念だが多くの仲間を失う事になると思う。 こんな命令を出す事となってしまった事を申し訳なく思っている。 だが! 必ず成功させる! だから信じて最後までついてきてほしい! みんな! 宜しく頼む!」


 おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!


 深夜のルフィアに騎士達の声が木霊した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『リンくん、先に言っておきたい事があるんだけど』


 騎士団の手伝いをしていたリンにルナがそんな事を言い出した。


「ん? 言っておきたい事?」


 幸い周りにいた騎士達は皆、自分の作業で手一杯な為、聴いている者は居ない。


「一つは私の事、少しは回復したとはいえ、私の魔力は現状、ベストの1割程度よ、有象無象の兵士なら何も問題無いけど、万が一、シンレベルの敵が現れたら、勝ち目は薄いわ」


「えっ!? ライズさんにあんな大見得切っておいて今更そんな事言う?!」


 リンは思わず叫んでしまった。


『ちょ! 静かにしてよ! あれは仕方無いのよ。 団長と副団長があれじゃ、騎士団全体の士気に影響するでしょ! だから……ちょこっとだけ……』


 ハッタリを決めたという事だった。

 その事実にリンは思わずルナにジト目を向けた。


『い、いいでしょ! お陰で二人ともやる気になったんだし! それにシンみたいな人外そうそう居ないわよ!』


 ルナはいたたまれないのか、開き直ってしまった。


「………(じぃー)」


『んん! それと関係してもう一つ』


「まだなんかあるの…?」


 先ほど迄の頼れるルナはどこかへ行ってしまった様だった。


『…もし万が一、私の魔力が切れそうになった場合で、かつ敗色濃厚な場合、私はリンくんを助ける事だけを優先するわ』


 そう言ったルナの声は真剣だった。


「……それは、みんなを見捨ててでもという事だよな?」


『そうよ』


 そうはっきりと答えた。


 一瞬、喉まで出かかった文句をリンは飲み込んだ。

 何しろその判断を下すと言うことは、自分の力不足である事そのものだった為だ。


「そんな判断にならない様に俺も全力を尽くすよ」


 そう言う事しか出来なかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ーーーー時は半日ほど遡る


「で? どうなんだ? もうアメリアの連中は諦めムードなのか?」


 セントアメリア城の一室、そこにいた男は報告にやってきた一人の魔導師にそう問いかけた。


「残念ながら、未だ王都内でも反抗するものが多数いる状態です。 ですがご安心下さい、一般兵で対応可能なものばかりで、大きな問題にはなっておりません」

「ッチ! つまんねぇなぁ…」


 報告を受けた男は不満げにそうもらした。


「しかし一点だけ問題が…」


 魔導師がそう言うと男は喜色を浮かべた。


「例の貴族が治めている街の騎士団が動く可能性があります」


「ほう! 確かルフィア騎士団と言ったか、あそこの騎士団長は王国の騎士団長と肩を並べるほどの腕と聞いたな! そりゃ歓迎しないとだな!」


 男は嬉しそうに腰に下げた剣の柄を掌で叩いた。


「その点は、既に対応致しました。 二万の兵を向かわせ、街を制圧するよう命じております」


 それを聞いた男はすぐに表情を変え、退屈そうに脚を投げ出した。


「クソが、それじゃぁ俺が楽しめねぇじゃねぇか、余計な事すんなよ…」


 そう言われた魔導師だが、その表情に変化はなく、淡々とした様子で、


「面倒は極力避けるべきかと愚考いたしました。 この戦争も明日で終わりです。 もうしばらくご辛抱下さい」


 それは極めて事務的なものだった。

 魔導師自身、男が言っている退屈の意味は理解しているし、男の実力に疑いなど無い。

 だが、言葉にした通り、ただただ極力面倒を避ける為に粛々と事を進める。


「まぁいいさ、この戦争が終わったら、ダンジョンで好きに暴れていいと皇帝様にお許しを貰ってるからな。 それまでは辛抱してやるよ」


 そう言って、もう面倒だ、とでも言いたげに手をシッシッと払う。


「では、御前失礼致します」


 そう言って魔導師は空気に溶ける様に消えた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それは突然の爆音と共に訪れた。


 街の城壁を破壊し、巨大な火の玉がいくつも街に降り注いだ。


 深夜であった事もあり、街は一瞬で混乱に包まれる。


 それは、王都進軍の準備を整えていた騎士団も同じだった。


「帝国軍か…っ!」


 進軍の準備に人員を回していた事、深夜である事もあり、帝国軍の接近に気がつくことが出来なかった。


「まさか夜襲とは…やむ負えん! 街の防衛及び住民の避難を最優先しろ!」


 すぐさまライズの指示のもと騎士団員が動き出す。


 そんな中リンは突然の出来事にどう動くか考えていた。


「…ルナ、どうするべきだと思う?」


 街の至る所で火の手が上がり、逃げ惑う住民を横目にリンは辛うじてだが、冷静さを失わずにすんでいた。


『うっきゃーーー! なになになになにぃぃ! 何が起こってんのよぉぉぉ!!!』


 むしろルナがパニックに真っ只中だった。


 リンは頼りになる相棒に目を覆った。

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