第41話 王都奪還作戦
「国王の救出ですか?」
リンはライズの言葉に首を傾げた。
「そうだ、国王を救出出来ればまだ我々にも可能性が出てくる」
そう言われてもリンにはイマイチ釈然としなかった。
そんなリンを見てライズが笑みを浮かべた。
「リン殿の世界の戦争がどの様なものかわからないが、このエデンにおいては絶対的な戦争のルールが存在するんだ」
戦争の種類によって異なると言うが、今回の様な侵略を目的とした戦争のルールーーー
「戦争を仕掛けた側は王の首を取る事、もしくは
降伏させる事だ。 逆に我々の勝利条件は総大将の首を取る事、もしくは相手の降伏、撤退させる事だ」
いつからかエデンにおいて暗黙のうちに定められたルールらしい。
特に取り決めがある訳では無いが、少なくとも帝国軍はこれまでこのルールに従う様に戦争を行ってきたらしい。
「ならどうして国王は姿を隠さなかったのですか? 隠れてしまえば今回の様に捕まる事も無かったのでは?」
「それは難しいな、国民や他国の信頼が失われてしまう。 王たる者は常に堂々としていなければならない、でなければ臆病者と国内外で誹りを受けるだろう」
なるほど、とリンは納得した。
だが分からない事もある、それがーーー
「では仮に国王を救出できたとして、その後はどうするんですか? ただ助けただけではいずれ同じ事になる可能性が高いと思いますが…」
仮に救出出来たとして、その後をどうするか、それが最も重要な部分だとリンは考えた。
「………」
しかし、ライズは答えなかった。
ただ、困った様な微妙な表情をするだけだった。
「リンさん…この件はこの場限りの話として、絶対に他言しないでいただけますか?」
クリスが暗い表情でそう言った。
リンは無言で頷く。
「我々、ルフィア騎士団は総数にして1000名弱、仮に王国軍と合流できたとしても、おそらくは1万に届かないでしょう。 対して帝国軍は王都だけでも数万、王都周辺にも数万、全体を見れば数十万に届くでしょう」
そう話すクリスは俯き唇を噛んだ。
その様子にリンは思わず、
「まさか…」
絶対的な戦力差、かち合えばどうなるかなど自明の理だ。
「そうです…勝ち目などありません…」
そう、力なく笑った。
「じゃあ何の為に?! わざわざ死にに行くとでも言うつもりか!」
リンは思わず叫んだ。
「そうです。 ですがーー」
「クリス、後は私から話そう」
ライズが手でクリスを制し、リンを見つめた。
「リン殿、国王が降伏しなかった理由が分かりますか?」
突然、そんな事を言った。
「王に見捨てられた国、降伏した国はそう呼ばれる事が少なくありません。 その国の民だった者も同じです。 だから国王はたとえ負ける事が分かっていても簡単に降伏など出来ないのです。」
そう言ってライズは詰所の窓から外を眺め、
「この街に住む人々も同じです。 国に捨てられた街になってしまうのです。」
そして再びリンに向き直ったライズの瞳には決意の色が浮かんでいた。
「どうして王に、国に忠誠を誓った我々が先に諦められますか! 我々は誇りを捨てたく無い!」
そう言って拳を強く握りしめた。
「それに、もしかしたら最後まで勇敢に戦った国として温情を施される可能性もあります。 それは戦争が終わった後を生きる国民に有利に働くかもしれません」
それはきっと縋るような希望なのだろう、だが何もせず、ただ主君の処刑を待つ事など出来ない騎士としての矜持が、例え負けると分かっていても戦へとその身を捧げる。
そんなライズの姿にリンは何も言えなかった。
「だがリン殿、貴方は生きて欲しい。 間違ってもその身を投げ出す事はない。 先ほど聞かせて頂いた貴方の覚悟はとても立派なものだ。 だが死んでしまっては守るものも守れない。 だから生きて欲しい、我ながらなんとも矛盾した、身勝手な話だとは思うがな」
ライズは優しく表情でリンにそう言った。
『バカじゃないの? 勝手に話を進めないでくれる?』
場の空気が凍りつきそうなほどに冷たく厳しい声が響いた。
『貴方達が誇りを胸に死ぬのは自由よ、別に止めるつもりはない。 そしてリン君がその戦いに協力する事も反対はしない。でもね、
突然のルナの厳しい言葉にその場にいた全員が呆然する。
『少なくとも私達は負けるつもりなんて微塵もない。 あの
一国の王女を小娘呼ばわりした挙句、ついでに国を助けるとまで言い切った。
その言葉には自信が満ちあふれていた。
「し、しかし、いかに竜族のルナさんとその主人であるリン殿といえど、数万の兵を相手にしてはーーー」
『竜を舐めてもらったら困るわね、
ルナはライズの言葉を一刀両断する。
しかもその言葉が事実なだけに説得力がある。
『その上、そんな竜族の私が主人と定めたリンくんがいるのよ? 帝国軍数十万くらい楽勝よ!』
若干、お調子者な雰囲気が出てきたところでリンが口を挟んだ。
「とにかく、最初から負けるつもりで戦うのはやめましょう。 それより気になったのは敵の総大将を討てばこちらの勝ちなんですよね?」
リンはまず明確な勝ち筋を探す事にした。
「え、ええ、そうですね」
「ならその総大将がどこにいるかわかりませんか?」
リンは敵の総大将がどこにいるか分かれば、ある程度勝ち筋も見えるかもしれないと考えた。
「恐らく国境付近に構えた本陣にいると思われますが、恐らく王都以上に兵も多く、そこを攻めるのは現実的に不可能でしょう」
ライズはそう言ったが、リンにはルナがいる。
ルナで空から急襲すればあるいは、と考えているとクリスが声を上げた。
「いえ! もしかすると今は王都にいるかもしれません! 国王の処刑が済めば勝利宣言を上げます。 その勝利宣言を総大将が上げるのはおかしな事ではありません!」
「確かに…その可能性は大いにありえる。 こちらは抵抗する戦力も僅かで、帝国側も勝利を確信しているでしょう。 総大将が出てきていてもおかしくはありません…確証はありませんが、賭ける価値は充分にあるかもしれない」
ライズとクリスの瞳に闘志が宿る。
一度は諦めた勝利の可能性が見えた事で気持ちが前向きになったのだ。
「よし、クリスは部隊長を集め、副部隊長には準備をするよう指示をだしてくれ、あまり時間が無い。 王都までの距離を考えても、日の出までには街を出なくては正午には間に合わないだろう」
「はっ! 」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜空の月が真上を過ぎた頃、詰所に騎士団の部隊長が集合していた。
その中には先ほどリンの魔法を見て興奮していた治癒魔導ルルの姿もあった。
「よし、揃ったな…では、始めるとしよう」
ライズの言葉に場の空気が一気に緊張を帯びた。
しかしそれも無理からぬ事だった。
王都奪還作戦会議
今回集められた理由、王国の未来がかかっているのだ。
しかし、その場にいる者たちの表情は皆、暗く沈んでいる。
当然だろう、何しろこのルフィア騎士団は総戦力でも1000名を下回るのだ。
数十万になる帝国軍とやりあうことになれば、全滅は火を見るよりも明らかだ。
その様子を見たライズが小さなため息を漏らした。
そして場の空気を吹き飛ばす様に声を張り上げた。
「しっかりしないか!! 王国の、民草の未来が掛かるこの瞬間に、我々騎士団がそんな表情をしてはいけない!」
一喝、その言葉に騎士達の表情に緊張が走る。
「確かに帝国軍は強大だ、だが絶対に勝ち目が無いわけでは無い!」
数十万もの戦力を持つ帝国軍ーーー
だが、ルフィア騎士団と帝国軍とでは勝利条件が違うのだ。
帝国軍は王都を制圧、国王を捕らえ、処刑する事で絶対的な勝利を狙っている。
実際、既に処刑の執行を待つ段階であり、勝利に王手をかけている状態だ。
だが、まだ詰んだ訳ではない。
「作戦の概要は三つだ、王国軍の救出及び解放、合流」
「王国軍と協力して国王を救出します」
「そして! 大将首を取るのだ!」
ライズとクリスは、そう高らかに叫んだ。
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