第40話 逃げも隠れもしない!

 このエデンにおいて異世界人アナザーは良くも悪くも特別な存在である。


 基本的には好意的な者が多く、ほとんどの国で特別待遇を受けることが出来るので、右も左もわからない状態な事がほとんどの異世界人アナザーであっても人里にさえ居れば一部の例外を除けば生きていく事は可能だ。


 だが、イコール苦労知らずという訳では無い。


 異世界人アナザーを異界人と呼ぶ排他的な存在も少なからずいる。

 国全体で異世界人アナザーを差別している国も僅かには存在するし、好意的な国であっても国民全てがそうとは限らない。


 リンがいるルフィアは領主が異世界人アナザー差別者であったが、セントアメリア現国王は、このエデンにおいても特に異世界人アナザーに対して好意的だった為、結果的にルフィア領主も表立って冷遇する事は出来なかった。


 だが、異世界人アナザーがこのエデンでそれだけ高待遇を受けられるのには理由がある。


 それが異世界人アナザーの《異能》である。


 あの傲慢なルフィア領主が、差別する異世界人アナザーを高待遇で迎えるだけの価値が《異能》にはあった。


 あらゆる病を治す万能治癒魔法ーー


 エデンには存在しない魔法鉱石を錬成する錬金術ーーー


 広範囲にわたって味方の能力を倍増させるエンハンスーーー


 もちろん全ての異世界人アナザーがそれだけの異能を持つ訳では無い、エデンに存在する魔法で代用が利くものも少なくない。


 だが一部の《異能》は国の力関係を変えるほどの力を持つ。

 故に、エデンにおいて異世界人アナザーは極端に珍しい存在では無いが、どの国でも高待遇で迎えるのだ。


 上手くいけば国力の強化に繋がり、政治的な力を増す事が出来る。

 だから可能な限り自国に引き込みたいのが本音なのだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ライズはそう言って小さくため息をついた。


「今回の件も、そう言った理由からリン殿に接触させてもらったのだ。 本当にすまない…」


 頭を下げるライズにリンは小さく首を振った。


「頭を上げて下さい。 どうして正体不明の俺をこんな高待遇で迎えてくれたのか。 その理由がわかってスッキリしましたよ」


 リンにとってライズの話はある程度予想がついていた。

 リンにとってこれまでの人生経験で無償の好意など無いと、若干屈折した考えだった為、納得はすれど驚きは無かった。


「だが、戦争に借り出したのは我々だ、事実は事実なのだから、やはり謝っておきたかった。」


 その言葉にリンは思わず笑いがもれた。


「それは違います。 俺が自分から首を突っ込んだんです。 だからこれは俺自身が望んだ事です。」


 それは本音だった。

 そもそもライズもクリスも最初から力を貸してくれと頼んできてはいない。

 それどころか、逃げろと言ってくれた。

 最初から利用するつもりならそんな事は言わない。

 むしろアリスの件を追求し、強引にでも戦争に駆り出す事も出来たのだ。

 それをしなかったのはライズもクリスも本音ではそんな事をしたく無かったのだろう。

 リンはそう思っていた。


「だから、気にしないでください」


「そう、か…ありがとう」


 そう言って再びライズは頭下げた。

 僅かな沈黙の後、顔を上げたライズは真剣な表情で話し始めた。


「前置きが長くなってしまったが、ここからが本題だ。 王都が落ち、国王が処刑の危機に陥った以上もはや猶予は無い…我々はすぐに王都に向かい最後の戦いに臨むことになる。 そこで最初の話に戻るが…リン殿、先ほどの話を聞いた上で考えて欲しい。 リン殿は今後、このエデンでどの様に生きていきたいと考える?」


 ライズはそう言って真っ直ぐにリンを見つめた。


「先ほど伝えた通り、異世界人アナザーであるリン殿はこの世界では良くも悪くも目立ちます。 ひっそりと自らが異世界人アナザーである事を隠しながら生きている者も少なくありません。 もしリン殿がそんな生き方を臨むのであれば、力を隠し、市井に溶け込むべきです。 戦争に参加すると言う事は、諸外国にもリン殿の事が知れ渡る可能性が高い、前線に立つならばなおの事です。」


 そう言ってライズは申し訳無さそうな表情を浮かべた。

 その様子を黙って見ていたクリスが口を開いた。


「団長の立場では言えない事なので私から伝えましょう。 簡単に言えば、秘密にするなら早い方がいいという事です。

 団長が人払いをしたのは、少しでもリン殿を知る者を減らす為です。

 当然、戦争に参加するなど出来ることではありません。 その意味が分からないリンさんじゃないですよね?」


 そこでようやく先ほどの「はっきりさせる」という言葉の意味が理解できた。

 要するに異世界人アナザーである事を隠さず生きるか、それを隠し、ひっそりと生きるかという事だ。

 先ほどの様に力を使って生きていれば自然と目立つ、戦争に参加すればなおの事だ。

 だから異世界人アナザーである事を隠したいならば、戦争には参加せず、逃げろという事なのだろう。

 先の約束で国の秘密ダンジョンを話している以上、立場的にははっきりとは言えないから、遠回しに言う事しか出来ないのだろう。


 だからここではっきりさせたかったのだ。


 戦うか、逃げるかーー


 だが、その答えは既に出ている。

 だからはっきりと答える事にした。


「正直、これからの事を具体的決めた訳じゃありません。 だから、それをこれから探そうと思っています。 でも一つだけ心に決めている事があります。 」


 それを覚悟と呼ぶ事には躊躇いがある。

 だからそれはきっとこれから自分で証明するしか無いと思う。

 だからこれはその第一歩ーー


「俺は自分の大切なものを守れる様になりたいと思っています」


 自分の中の矜持ーーー

 絶対に譲りたくない思いーーー


「だから逃げも隠れもしません。 戦います!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る