第39話 幼馴染

 誰一人声が出なかった。

 今、目の前で起きたことのあまりの異常さに開いた口が塞がらない。

 を引き起こした本人は、キョトンとした表情をしていた。


「あの……なにか不味い事をしてしまったんでしょうか?」


 沈黙に耐えられなくなったのか、不安になったのか、その青年が様な言葉をもらす。


「リン殿…今なにをしたのですか?」


 未だ困惑気味のライズが口を開いた。


「え? ただ治癒魔法を使っただけですが」


 やはりなにも分かっていないのか、なんでもないことの様にそう言った。


「ただ…ですか、念の為聞かせて頂くと使ったのは、《オールキュア》で間違いないですか?」


 ライズは眉間を指で押さえ、若干の呆れ声で問いかけた。


「はい、間違いないです」


 その言葉に、それまで呆然としていたルルが掴みかからんばかりの勢いでリンに詰め寄った。


「すごいです! もう…それ以外言葉が見つかりません! オールキュアを習得しているだけでも驚きなのに、単独で、しかも詠唱も無しで…高名な治癒術師の方とお見受けしますが、よろしければお名前を教えていただけませんか!? あ! 申し遅れました。 私はルフィア騎士団所属、治癒術師のルルと言います! 」


 興奮を抑えられないといった様子でまくし立てるルルに周りの騎士達が思わず苦笑いをこぼす。


 ルルはとても優秀で人当たりも良く、見目も悪くない。

 おおよそ欠点など見当たらない彼女だが、唯一の欠点らしい欠点。

 それは、治癒魔法の事となると周りが全く見えなくなるというものだった。


 彼女と長く一緒に働いている騎士達ならば、一度はそんな彼女を見ることになる。

 その場にいた騎士達は皆その例に漏れなかった為、誰もが苦笑いをこぼすのだった。


 そんなルルを嗜めるのはいつも決まってーー


「ルル、落ち着け。 リンさんが戸惑ってるだろ? すみません、コイツルルは治癒魔法の事になるとご覧の通りでして…」


 そう言ってルルとリンの間に割って入ったのはクリスだった。


「リン様とおっしゃるんですね! えーっと…弟子にして下さーー」

「いい加減にしろ!」


 クリスが興奮冷めやらぬルルの脳天に拳骨を落とすと鈍い音と共にルルがうめき声を漏らした。


「うぅ…なんて事するんですか、クリスは」


「お前が状況も考えずに暴走するのが悪い」


 二人のやり取りは同じ騎士団の仲間という感じでは無かった為、リンはピンときた。


「ひょっとしてお二人は…」

『恋人同士かしら?』


「「ご冗談を! 違いますよ!」」


 お約束と言っていいほどに息ピッタリだった。

 リンにはその光景、と言うより空気に覚えがあった。


「幼馴染、ですか?」


 そう言うと、クリスは少し驚いた表情でーー


「え、ええ、確かにコイツ…ルルとは彼女が赤ん坊の頃からの付き合いでして… しかし、よく分かりましたね」


 そう言って、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

 そんなクリスの後ろでルルが困惑気味の声を上げる。


「あの…ところで今女性の声が聞こえた様な…」


 その言葉に今度はリンが若干の焦りを浮かべーー


「あー…それはーーー」

「まぁ、まずは全員、一旦落ち着こうか」


 パンパンと手を叩きながらライズがそう言うと、クリスとルルは慌てて姿勢を正した。


「ルル、リン殿の紹介は後ほどする。 まずはウェインの容態を確認の上、治療班に引き渡してくれ。 他の者も後ほど説明するが今は各自持ち場に戻れ。 ここであった事はまだ他言しないように。」


 全員が敬礼と同時に一斉に動き出す。

 直前までのほんわかした空気が一瞬で消える。

 統率の取れた動きにリンはライズという男の凄さを垣間見た。


 ーーーーーーーーーーーーー


「さて、リン殿」


 人の少なくなった詰所にライズの声が響く。

 ライズの指示で騎士達は皆動き出しており、現在詰所にいるのはリンとルナ、それにライズとクリスに、詰所が持ち場なのだろう騎士が一人の四人と一匹だ。


「君、ここは私が見ているから、すまないが周囲の哨戒を頼めるかな?」


「はっ! 了解しました!」


 指示を受けた騎士が壁に掛けてあった武器を手に取り一礼した。


「すまんな」


 ライズが一言そう告げる。

 その言葉の意味するところは簡単だった。

 言われた騎士はその言葉にーーー


「いえ、団長が『後で』と仰るのですから、その時に聞きますよ」


 そう笑顔で告げ、出ていった。


「やっぱり、聞かれては不味い話なんですか?」


 リンは先ほどからのやり取りで、自分の魔法が異常な事は理解できた。

 だが、どれほど異常なのかということまでは分からない。

 だが、簡単に話して良い事でないのは確かな様だった。


 だが、ライズの口からは意外な答えが発せられた


「いや、不味い訳ではない。 だが、先にはっきりさせなくてはならない事がある」


 そう言ってライズはリンとルナを見据えて言った。


「リン殿がこの地、この世界でどのように立ち回って行くつもりなのかと言う事だ」

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