第35話 スキル

 リンにとってこの世界はあまりにも非現実的だった。

 突然使える様になったメニューやマップ、スキルはこれまでゲームや小説の中だけの話だった。

 その上、ドラゴンに襲われ、ルナに出会い、奴隷にした相手がまさかの王女様だったりと信じられない事ばかり起きた。

 極めつけは死んでも生き返る不死の力だった。

 そんな非常識極まりない現実を受け入れるだけで手一杯で、自分の力の事などしっかりと確認する発想にいたらなかった。

 あるいは、目を逸らしていたのかも知れない。

 リン自身はいわゆるオタク文化というものを好んでいたが、それはあくまでフィクションとして現実逃避の手段でしか無かった。

 フィクションはフィクションであり、現実にはありえないと考えるまでも無く理解していた。

 だから、異世界転移などという、あまりにも突拍子も無い現実から目を逸らした事はある意味では仕方なかったのかもしれない。

 だが、ここに来て戦う事を選んだ以上、もう目を逸らしてなどいられなかった。

 遂に自分の力と向き合い、受け入れる覚悟を決めた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「という訳で、出来る限り確認してみたよ」


 かれこれ三十分近く無言で、他者から認識出来ないメニューを隅々まで調べていた様子はある意味不気味だった。

 なにしろルナから見れば何もない空間を見つめ、視線を巡らせているのだ。

 なにも知らない者からすれば不審者にしか見えなかった。


『……そのメニューってやつ? 外では人前では出来るだけ使わない方がいいわね。 使うにしてもなるべく短時間で、手短にしなさい』


 そう言ってルナはため息をついた。


「なんでだ? 他人からは見えないんだろ? なら別に……」


 だが、言われた本人にその不審者っぷりは分からなかったようだった。

 それを聞いたルナが再びため息をつくと、


『あのねぇ、を凝視しながら目線を泳がせてる人を見たらリンくんはどう思う?』


 呆れたように、そう言った。

 リンもそこまで言われて、ようやく意味を理解した。


「……わかった。 気をつける」


 先ほどまでの自分の様子を想像したのか、乾いた笑いをもらした。


『それで? 調べてわかった事は?』


 ルナが脱線した話を戻す。


「結構色々あったよ、わからなかったものとか、わかりにくいものもあったから、出来るだけわかりやすく説明していく」


 そうしてリンは知り得たスキルや力をルナに説明し始めた。


 [自動蘇生]ーー死んでも生き返る


 [蘇生時自己強化]ーー蘇生時に能力が強化されたり、新しいスキルを覚える事が出来る


 [成長促進]ーーレベルが上がりやすくなる


 [痛覚無効]ーー痛みを感じなくなる、使用不可、理由は不明


 [痛覚耐性]ーー痛みを軽減してくれる、効果はパーセンテージで表され、現在は10%軽減


 [全属性耐性]ーー属性による攻撃や効果を軽減してくれる、効果の程は不明


 [魔法適正]ーー魔法の適正がつく、詳細は不明


 [鑑定]ーー物の名称や効果、利用方法がわかる

 、レベルに応じて鑑定出来るものが増える、現在Lv3


 [アナライズ]ーー対象の名前やステータスなどを調べる事が出来る。 レベルによって調べられる内容が増える。 現在Lv4


 [ストレージ]ーー本人が持てる物ならしまっておける能力、ただし、生き物は不可。 ストレージ内は時間が経過しない。 入れられる容量はレベルに比例する。 現在Lv3


 [身体強化]ーー身体能力が強化される


 [基礎能力強化]ーー基礎能力が強化される、基礎能力が指す能力の詳細は不明


 [格闘術]ーー詳細無し、レベル表記あり、現在Lv1


 [状態異常耐性]ーー状態異常に強くなる


 [言語理解・共通化]ーーあらゆる言語を理解し、言語による意思疎通が可能になる


 [物質変成]ーー物質の形を変え、作り変える事が出来る、現在は武器に変成出来る。 変成出来る範囲はレベルに依存する。 現在Lv1


 一通り説明し終えると、喉の渇きを満たすために飲み物を用意し始めた。


『なんと言うか、言葉が出ないわ……数の多さもそうだけど、どれもこれも反則みたいなスキルばっかりね』


「そうなのか? そもそもスキルってもの自体よくわからないからな、内容もよくわからないものが多かったし」


 二人分の飲み物を用意したリンはそう言って、首を傾げた。


『そういうものよ、ほかにわかった事はないの?』


 ルナの言葉にリンの表情が変わった。


「それなんだけど、前にマップの話はしたよな? マップはスキルとは違うみたいなんだが、マップを調べてて驚いた事がある」


『驚いた事? もう大抵の事には驚かない自信があるんだけど』


 リンが入れてくれたお茶を飲みながらルナは視線をリンへと向けた。


「アリスの居場所がわかった」


『え?! どこにいるの?』


 驚かないと言いつつ、結局驚いているルナに思わず苦笑するとリンはその場所を告げた。


「王都だ、いったい、いつのまにに王都に移動したんだ、訳がわからん」


 本当に理解出来ない、といった様子でそう言った。

 だが、ルナがその疑問にあっさりと答えた。


『多分転移魔法かなにかで移動したのね』


 転移魔法、という言葉にリンは驚いた。


「転移魔法?! そんな魔法まであるのか?」


『あるのよ、と言うか、リンくんだって異世界から転移してきたんでしょ? 今更驚く事じゃないと思うけど』


 言われてみたらその通りだった。

 異世界転移があるんだから、同じ世界で転移する魔法があってもなにも不思議では無かった。

 むしろ、なんでその可能性に気がつかなかったのかと自分に呆れてしまった。


「ルナの言う通りだな、確かにあっても不思議じゃないか。 でも本当に王都にいるかわからないけどな」


『どういう事? マップで確認したんでしょ?』


 ルナは、自分で言ったにも関わらず、自信なさげな様子が不思議だった。


「いや、このマップなんだけど、相変わらず使い方がいまいち分からないんだよ。 今回も色々調べてたらたまたま見つけただけだから。 まぁ今までの感じからすると間違い無いとは思うけどな」


 最初からそうだが、いまいち便利なんだか不便なんだか分からない力だな、とリンは思った。


『ふーん、まぁそもそもマップって地図でしょ? 地図があるってだけで十分過ぎるくらいの能力だと思うけどね』


「そうなのか?」


 正直、ただの地図ならそれほどのものでも無いだろうと思ったリンだったが、それが間違いだったと続くルナの言葉で知る事になった。


『あのね、リンくんのそのマップがどれだけ正確なのか分からないけど、そもそも地図って軍事機密とかだと思うわよ』


「は?! 地図が?!」


『普通はそうよ。 考えてもみたら? 例えば今回の戦争で帝国側にセントアメリア領の正確な地図があったらどうなると思う?』


 リンはその言葉で地図の重要性が理解出来た。

 戦争において敵国の領土の正確な地図があれば、当然進軍における効率は格段にあがる。

 合わせて、攻めやすいルートや拠点になる場所など、現地に行かずとも事前に決めておける。

 軍事行動をとる上でこの上なく便利なものだった。


「なるほどな、確かに軍事機密にもなるか。 どうにもこの世界の常識と俺の常識、違う部分が多くて戸惑うな、本当にルナがいてくれて助かるよ」


 リンにとって素直な感想だったが、ルナはその言葉に動揺を見せた。


『な、なによ、別に大した事じゃ無いわよ』


 照れ隠しのつもりなのか、素っ気ない態度を取るルナに、リンは思わず笑みをこぼした。


『そ、そうだ! そう言えば聞こうと思ってたんだけど、リンくんって平和な世界でいきてたのよね? 昼間見せてくれた剣術、あれはいったいなんなの?』


 いたたまれなくなったのか、あからさまに話題を逸らしにきたルナだったが、リンはそれに乗っかる事にした。


「別に大したものじゃ無いよ、俺の住んでた近所に得体の知れない爺さんがやってる道場があって、そこに10年くらい通ってたんだ。そこで身につけたものだよ」


『平和な世界なのに剣術を学ぶの? なんで?』


「俺のいた世界では、争う為じゃなくて競う為に武術を学んだりするんだよ。 他にも自己研鑽の為だったり、理由は人それぞれだな」


 リンが剣術を学んだのには色々な事情があったが、わざわざ話す事でも無かったので伏せておいた。


『それにしてはかなりの腕よね、てっきりスキルかと思ったくらいに』


「そうなのか、まぁスキルの影響は多少あると思うけどな」


 リンはそう言ってストレージから白月を取り出した。


『それ、変わった剣よね、カタナだっけ? グラスも言ってたけど確かに脆そうね』


 ルナがマジマジと見つめる中、リンは静かに鞘から白月を抜き放つ。


「こいつは元々打ち合う様な武器じゃ無いな、切ったり突いたりする武器だよ。 扱いは難しいけど

 ね」


 そう言って白月を鞘に戻すと、再びストレージにしまう。


『なんにしてもリンくんが戦えそうで安心したわ、アリスの事はあらためて考える事にしてそろそろ休みましょ、いざという時に備えるのも大切だわ』


 一時的に気を失っていた為か眠気は感じなかったが、言われてみれば疲れを感じたリンは素直に休む事にした。


 ――――――――――――――――――


 最初、その音に気がついたのはルナだった。

 複数の何者かが真っ直ぐこの部屋に向かって足早に近づいてくる足音に、ルナはすぐさま警戒を強めた。

 だが、その足音の主は気配を隠すつもりが無い事に気がつき、若干ではあるが警戒を緩める。

 足音の主が部屋の前で止まる。

 直後に遠慮がちに扉がノックされた。

 その音にリンも目をさます。

 外はまだ暗く、人が訪ねてくる覚えは無かった。

 昨夜の事もあり、若干警戒気味にリンは扉の向こうへ声をかけた。


「どちら様ですか?」


 すると、すぐに返事が返ってきた。


「リン様、ライズ様とクリス様が緊急の要件との事です」


 声の主はシンだった。

 しかし、その内容に緊張が走った。

 だがいつまでも待たせておく訳にもいかず、意を決して扉を開いた。


「お休みのところ申し訳ありません。 緊急事態が発生してしまいました」


 扉の先にいたのは硬い表情をしたライズだった。


「いったい何があったんですか?」


 ライズの様子からただ事では無いのは簡単に想像出来た。

 そしてその予想を裏切らない言葉がライズの口から飛び出した。


「帝国軍が王都を制圧しました…… 明日の正午、王家の公開処刑が執行されます」


 リンの長い1日がまた始まった。

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