第34話 守る為に
「申し訳ありません、お食事が冷めてしまいましたね。 よろしければ新しいものを用意させます。 少し時間をいただいてもよろしいですか?」
話を終えたシンがそんな事を言った。
「いや、大丈夫です。 それよりお腹が空いたのでこのままいただきます」
リンはそう言うとすぐに食事に手をつけ始めた。
確かに少し冷めてしまってはいたが、もともと美味しい事もあって十分満足出来る味だった。
『シン、一つだけ聞いてもいいかしら?』
ルナが突然シンに話しかけた。
見れば食事には手をつけておらず、その声も真剣だった。
「はい、私に話せる事であればなんなりと」
シンはそう言ってルナに向き直った。
『空の竜に会った事があるの? 一体いつ頃の話? その竜の見た目は? お願い教えて!』
その声は必死そのもので、どこか悲壮感を漂わせるものだった。
「……今から30年程前ですか、とても大きく、小さな一軒家程の大きさで美しい空色の鱗の竜でした」
シンは少しだけ考えてから、そう教えた。
『……そう、ありがとう。 ちなみにその竜がどこへ行ったか知ってる?』
ルナの言葉にシンは首を横に振った。
「申し訳ありませんが、その竜と会ったのは後にも先にもその時だけです。 どこへ行ったか、どこからきたのかなどは一切聞きませんでした。 私も後からもう一度会ってあの時のお礼を言いたくてさがしたのですが、目撃情報の一つもありませんでした」
シンは少しだけ申し訳なさそうに、そう告げた。
『わかったわ、ありがとう。 もし万が一今後その竜の情報が入ったら教えて欲しいわ』
「かしこまりました。 その時は必ずお伝えします」
シンは小さく頷いた。
リンは「その空の竜ってのは知り合いか?」と聞きたい気持ちもあったが、ルナの様子を見て、その質問を飲み込んだ。
人の様に表情を読んだ訳では無かったが、ルナの放つ雰囲気はとても気軽に踏み込める様なものでは無かったからだった。
そんなリンの様子を見てルナが、
『なんか聞きたそうねリンくん、表情に出てるわよ』
そんな事を言ってきた。
リンの方は完全に顔に出ていたらしい。
「まぁ、気にならないと言えば嘘になるな……でも、聞かないよ、ルナが自分から話したくなったら教えてくれ、気長に待つさ」
そう言って、照れ臭いのを隠すかの様に料理を頬張った。
『ふふふ、ありがとう。 別に隠している訳ではないけれど、その時が来たら話す事になるわ。 シンも、もし私が空の竜に会えたら教えるわ。 最悪でもシンが感謝していたと伝えるから』
ルナはそう言って、この話は終わりと言わんばかりに食事を始めた。
その様子を見てシンが小さくお礼を言っていたのをリンは聞き逃さなかった。
その後、リンとルナは少し冷めてしまった料理を平らげると、シンがサービスしてくれたデザートも綺麗に完食し、和やかな雰囲気で夕食を終えた。
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食事を終え、シンが部屋から去った後、リンは部屋のソファで考え事をしていた。
その内容は今後起きるであろう戦いについてだった。
その様子を見て、ベッドで食休みしていたルナがリンの横に来ると話しかけた。
『なに難しい顔してるの? シンの話?』
相棒の気遣いに小さく笑みをこぼすと、首を横に振った。
「いや、ちょっと今後の事を考えてた」
そう言ってリンはルナを抱え込むと、
『多分遠からず、俺は人と戦う事になる。 その時、自分に何が出来るか考えていたんだ』
そう言ったリンの表情は暗かった。
野盗の時は緊急事態だった事もあるが、相手との実力差のお陰で誰一人殺さずにすんだが、今後予想される相手はプロだ、戦う事が本職の相手に野盗と同じ様にいくとは思えなかった。
それは、シンの強さを間近で見てより強く確信した事だった。
しかし、そんなリンにルナはあっさりとリンのことばを否定した。
『意外とそんな事ないと思うわよ。 さっきも言ったけど、シンの強さは規格外よ、人外と言っても過言じゃ無いわ。 今後リンくんが戦う相手にあれほどの相手がいるとは正直思えないわね』
そう言ってルナはリンの手から抜け出すとリンの目の前にフワッと飛び上がった。
『簡単に言うなぁ、と言うか今また俺の思考読んだだろ』
『思考の制御がまだまだ甘いわね、そんなんじゃ相手に考えている事が筒抜けになるわよ』
ルナはからかう様にそんな事を言う。
『そう言ってもな、やっぱり慣れないからかな、どうも感覚が掴めないんだ』
『ま、その内自然と慣れるわよ。 それでさっきの話だけど、断言は出来ないけど、恐らくリンくんの実力なら、一般の兵士くらいは野盗と同じように無力化出来ると思うわよ』
ルナの言葉にリンは少しだけ驚いた。
『とは言え、相手にも実力者はいるはずよ、当然、相手は殺す気でかかってくるわね。 その時はリンくん、
その言葉にリンは身を固くした。
それは暗に、相手を傷つける事が出来るのか? そして殺せるのか? と聞いているのだと分かったからだった。
そしてその質問はまさにリンが悩んでいる事そのものだった。
『わからない、理屈では分かってるんだ、戦争なんだから躊躇えば殺される事だってある。 だからこそ、戦いに出る前にきちんと向き合っておかなければならないと思う』
そう言って握り閉めた両手は小さく震えていた。
『そうね、リンくんは死なない、と言うより、死んでも生き返る事が出来るけど、普通は死んだら終わり。 生き返ったりしないわ。 でもね、私は例え生き返るとしてもリンくんに死んで欲しくない。 だからリンくんの身に危険が迫れば、私は迷わずリンくんを守るわ、それで相手を殺す事になっても……』
その言葉にリンは背中に寒気が走った。
それは殺す事を躊躇わないと言ったルナに感じたものではない。
もし、逆の立場になった時、果たして自分はどうするのだろうかと気づいたからだった。
『そうか……俺も、きっとそうする。 ルナだけじゃない、もし目の前で俺の知っている人が殺されそうになっていたら、俺は多分相手を……』
最後は口にする事が出来なかった。
だが、自覚してしまった。
恐らく自分は人を殺せる事に。
自分の中の矜持がいかに一辺倒なものか気がついてしまった。
大切な人を守りたい、助けたい。 それは裏を返せば、その為に傷つけなければいけない相手がいるという事だ。
そしてその為なら相手を殺す事も出来てしまう。
なぜならこれまでも、直接的に傷つけたり、殺したりしなかっただけで、この世界に来る前からそういった相手に容赦した事は無かったからだった。
『……この世界は、きっとリンくんがいた世界と命に対する価値観が違うのね。 だけど覚えておいて、この世界では時として大切なものを守る為に命を奪う事もあるわ、そうでなければ、なにもかも奪われてしまうから』
ルナは少しだけ悲しそうに言った。
『そうだな……分かってなかったよ。 きっとシンさんはそんな俺の考え足らずな部分も含めて叱ってくれたんだろうな、あらためて感謝しなきゃいけないな』
リンはそう言って大きくため息をついた。
『ルナ、俺は出来るだけ人を殺したくない。 いや、人だけじゃない、命を奪うということ事態出来るだけ避けたい。 綺麗事と言われても、それは本心だ。 でもだからと言って大切なものを奪われる訳にはいかない、だから、その為に俺も戦うよ』
そう宣言したリンだったが、身体の震えは少しも収まらなかった。
『辛かったら、逃げてもいいと思うけどね。 リンくんが選んだ事なら私はついて行くから、だからもしどうしようも無くなったら、その時は素直に言ってね』
そんなルナの優しさに、リンは思わず目頭が熱くなるのを自覚する。
だが、今日は随分と情けない姿を見せてばかりだったからか、必死にそれを堪えた。
その様子をみてルナが話題を変える様にリンに話を振った。
『それより、リンくんって実際どれぐらい戦えるの? 魔法も使えたり、身体能力もちょっと普通じゃないし、前に聞いた時、スキルもあり得ないくらいたくさんあったわよね? あと昼間見せてもらったあの剣術も! 不死身って事ばっかり目立って今まであんまり気にしてこなかったけど、いざ戦うってなった時、相棒の能力は出来るだけ正確に把握しておきたいんだけど?』
その質問にリンは思わず固まってしまった。
なぜならーーーー
『…………さぁ?』
『……は?』
リン自身ほとんど自分の力をわかっていなかった。
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