第33話 昔話
「っぐ……痛っ……」
リンは痛みに目を覚ました。
起き上がって気がついたが、ベッドに寝かされていた。
『あ、気がついた? 体調はどう?』
リンが目覚めた事に気がついたルナが声をかける。
「あー……まだ痛いな」
リンはそう言って自分に治癒魔法をかける。
そうして痛みが取れるとベッドから起き出した。
外を見ると夕暮れで空が赤く染まっていた。
「結構寝てたんだな」
ライズ達と話していたのが昼頃だった事を考えると、4、5時間は気絶していた事になる。
『そうね、まぁ……無理も無いんじゃない?
ルナが遠い目をしてそんな事を言った。
「確かに、正直泣きそうなくらい怖かったな……」
『あんなに怖いと思ったのはお爺様以外初めてよ……それに色々と刺さる事言われたし、ね』
二人で同時にため息をついた。
「まぁ、お陰で色々と気づけたし、感謝してるけどな」
リンはそう言って、身体を伸ばす。
と同時に腹の虫が騒ぎ出した。
「そういえば朝から何も食べてないな、シンさんに頼んで食事でも……」
リンがそこまで言ったところで部屋をノックする音が響いた。
しかして扉の向こうから聞こえてきた声は、
「お食事をお持ちしました」
シンだった。
リンとルナは思わず顔を見合わせ、苦笑いをこぼす。
「どうぞ」
シンが料理を乗せたカートを押し、部屋に入ってきた。
テーブルの上に並べられた料理から漂う香りに思わずリンのお腹が鳴った。
「そろそろお目覚めになる頃かと思いご用意させていただきました」
シンが椅子を引き、テーブルへとうながしてくれる。
「ありがとうございます。 まさに今目が覚めて、食事を頼もうと思っていたところでした」
頼んでもすぐに用意されるとは思っていなかったリンとしては非常にありがたい気遣いだった。
「いえ、それよりも先程は出すぎた真似をしました、申し訳ありません」
シンが仰々しく頭を下げる。
「むしろ感謝しています。 大切な事を教えていただきありがとうございました」
その言葉を聞いたシンは嬉しそうな表情をした。
そして、静かにシンが口を開いた。
「つまらない話ですが、お食事をしながらでも聞いていただけますかな?」
突然、シンがそんな事を言い始めた。
リンは少しだけ疑問もあったが、無言で頷くとシンの話へ耳を傾けた。
「昔、あるところに若い冒険者がおりました。 その若者は自身の腕に自信があり、あらゆる依頼をこなし、日々を戦いの中に置いていました」
シンはまるで遠い過去の話でもするかのよう話し始めた。
「そんな若者にも恋人でもあり、日々を共に戦うパートナーがおりました。 ある時、正体不明の魔物の調査依頼がギルドから若者にはいりました。 いくつもの街を破壊しながら移動する非常に危険な魔物で、多数の実力ある冒険者に依頼が出されましたが、誰一人戻らない事もあり、若者のパートナーは依頼を受ける事に反対しました。 しかし、 若くして実力者と周りから持ち上げられ増長していたのでしょう、逃げたと思われるのも嫌だった若者はパートナーの反対を押し切って依頼を受けてしまいました」
そこでシンは話を区切ると、まるで自嘲のような笑みを浮かべながら話を続けた。
「結果は……お判りでしょう。 若者は魔物に瀕死の重傷を負わされました。 パートナーも又、若者ほどでは無いですが、怪我を負い、満足に動くことも出来ない状態になってしまいました。 若者はその時、生きる事を諦めました。 愛する者と死ねるならばそれも悪くない、と…… まったく愚かですな、己の未熟と無謀に恋人を巻き込み、今まさに死が迫っている中で諦めたのです」
シンはキツく歯を食いしばり、握られた拳は小さく震えていた。
「しかし、そんな愚かな若者は一人生き延びてしまったのです。 恋人の死と引き換えに……」
その話をリンは黙って聞いているしかなかった。
最初から気がついていたが、それはシンの過去。
まるで懺悔するかの様な話に言葉を挟む事など出来るはずがなかった。
「若者の恋人は最後にこんな事を言っていました、『生きる事を諦めないで、最後の最後、死んでしまうその時まで生きる事だけを考えるの』と……」
それはシンが話してくれた覚悟だった。
「若者は深く絶望しました。 己のせいで恋人を死なせてしまった罪に苛まれ、戦う事からも逃げ出しました。 自ら命を断とうとすらしました。 しかし、その度に恋人が最後に残した言葉が若者を生かしました。 そしていつしか若者は再び戦いの中に身を置くようになります。 そして以降、一度として生きる事を諦める事は無く、ひたすらに強さを追い求めました。 生きる為に、強さを求め、時には残酷な決断を下し、己が生きる事だけに執着しました。 全ては、恋人を奪った魔物に復讐する為に」
それはシンの半生、後悔と憎しみだけで生きてきたあまりにも悲しい過去だった。
いつの間にかリンの膝の上にはルナが小さくなって座り込んでいた。
その表情はリンからは見えなかったが、想像する事は難しくなかった。
「そして気がついた時には若者は既に若者とは呼べない年になり、人々からは畏怖の対象となっていました。 人々は彼を避け、一緒に行動する者はいませんでした。 ですが彼はそんな事はどうでも良かった。 復讐だけが目的だった彼にとって他人の目など気にも止まらなかったのです。 しかし、その復讐も意外な終わりが訪れました。 ある時、この世界でもトップクラスの実力者達がパーティーを組み、彼が復讐を誓った魔物を討伐してしまったのです」
それはあまりにも残酷な結末だった。
復讐だけに生きたシンにとって、己の知らないところで他者によって復讐は遂げられてしまったのだ、その時のシンの心中は察して余りある。
「生きる目的を失った彼は、再び絶望しました。 生きる意味を失ったのです。 そして彼は遂に自ら死を選びました。 死に場所を求め、当てのない旅を続けた彼はある時、一匹の竜と出会いました。
空の竜と名乗ったその竜に彼は戦いを挑みました。 全ては死ぬ為に」
そこでそれまで小さくなっていたルナが突然声を上げた。
『空の竜?!』
シンは小さく頷き言葉を続けた。
「空の竜は強さだけを追い求めていた彼をしてもまるで赤子のようでした。 圧倒的な力であしらわれ、殺される事も無く、傷を負わせる事すら出来ませんでした。 そして遂に彼は竜に向かっていいました。 『殺してくれ』と…… その言葉を聞いた竜は初めてその強大な爪で襲いかかります。 その時彼は思いました『これで死ねる』と、しかしその時は訪れませんでした。 竜は彼に当たる直前でその爪を止めていたのです。 彼は叫びました『なぜころしてくれない?!』と、すると竜が言いました。 『お主が死を求めていた事は気がついていた。 お主が求めるならばそれを与えても良かったが……』 そこまで言って、竜は言葉を切り、そしてその大きな身体からは想像出来ない程の優しい声で彼にいいました。 『お主を守ろうとする強い想いがお主を守っている。 その想いを裏切って尚、死を望むか? その想いに心当たりは無いのか?』と」
その時、シンの瞳から一筋の涙がこぼれた。
「その時、彼は思い出しました。 恋人の最後の言葉を、その言葉はただひたすらに彼を思う優しさで満たされていた事を、初めから彼女は復讐など望んでいませんでした。 そんな事最初から知っていたのに、彼は復讐を掲げ、彼女の想いから目を逸らし続けていました。 その事を竜が見透かしていたかはわかりません。 しかし彼はそれ以上なにも言えませんでした。 泣き崩れ、ひたすらに涙を流し続けました。 その間、竜はずっと私に寄り添ってくれていました。 涙が枯れる頃、彼は誓いました。 生きる事を、最後の時まで生きる事を諦めない事を」
そこまで話すと、シンは小さく息をこぼすと、リンに向かって小さく頭を下げた。
「申し訳ありません、つまらないお話をしました」
そう言ったシンにリンは大きく首を振った。
言葉は出なかった。
「彼はその時初めて、本当の意味で生きる覚悟を決めました。 ですからリン様、焦る事はありません、今は己の心に正直に生きなさい。 いずれリン様も本当の覚悟を決める時が自然と訪れます。 だからその時まで、後悔だけはしないように必死に足掻きなさい」
そう言ってシンはリンの頭を撫でた。
頭を撫でられるなど、幼少の頃より無かったリンは思わずこみ上げるものを必死に堪えた。
「はい……っ!」
そう一言返事するのが精一杯だった。
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