第31話 ダンジョン
約束したのだ、必ず助けるとーー
気丈に振舞っていたが、内心は不安や恐怖で一杯だったと思う。
当然だろう、そこに残れば己の未来など決まったも同然なのだからーー
生き返る事が分かっていても、己の死は言い様がない程に恐ろしいーー
二度と目覚める事の無い、決して想像もつかない「死」というものーー
誰でも一度くらいは経験があると思う。
夜、ふとした拍子に己の死を想像してしまう。
それは絶対に答えの出ない未知の恐怖だ、考えれば考える程に思考がループしてしまい、圧倒的な不安に押しつぶされそうになる。
それが目の前に突きつけられるのだ、それがどれ程の恐怖か想像もつかない。
それでも
だから自分も例えどれ程困難であろうとも彼女を救おう、身の程知らずでも、偽善と言われても構わない。
ただ、自分がそうしたいと思った。
それだけで十分だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ライズの視線が鋭さを持ってリンに突き刺さる。
その視線をリンは真っ直ぐに受け止める。
どれ程の時間そうしていただろうか、リンの決意を瞳の奥に見出したのか、ライズは小さく笑みをこぼした。
そして再び表情を固くすると、ゆっくりと口を開いた。
「王都の北にある古代遺跡、そこに規模不明のダンジョンが発見されました。 公爵はそのダンジョンの権利を帝国に譲り渡すつもりです」
リンは最初その意味が理解できなかった。
だが直後、
「なっ!! 馬鹿な! 規模不明のダンジョンの権利を他国に譲り渡す? とても正気の沙汰ではありませんな!」
これまで見たことが無いシンのリアクションにリンは驚いたが、それだけで事の重大さが伝わってきた。
「ダンジョンって、俺のイメージだと魔物がたくさんいて、宝物とかがある迷宮って感じなんだけどあってますか?」
とりあえず
「はい、概ね合っています」
「だとしたら危険ですよね? それなのにダンジョンの権利とかそれ程重要なものなんですか?」
ダンジョンから魔物が溢れ出したりするイメージがある為、ダンジョン=危険な印象があった。
「確かに危険な事は間違いありません。 ですがそれ以上にダンジョンは資源の宝庫なのです。 それこそ国力に影響を及ぼすほどに」
ライズの説明を補足するようにシンが話を繋いだ。
「ダンジョンは非常に特殊でして、ダンジョンにしか存在しない魔物を始め、鉱石や天然の魔導石、時にはアーティファクトなど発見される場合もあり、極めて貴重なアイテムの宝庫なのです。 故にダンジョンは国の未来を変える程の価値があります。 それを他国に譲るなど……」
ありえない、シンの表情がそう言っていた。
「ですから公爵の企みだけは絶対に阻止しなければなりません。 万が一、ダンジョンが帝国の手に渡れば、間違いなくこの国は遠からず滅びるでしょう」
ライズはそう言って表情を歪めた。
「何故滅びると断言できるんですか? 確かにこの国にとっては痛手でしょうが、今までダンジョンが無くてもこの国は栄えてきたんですよね? なら……」
リンの言葉にライズは小さく首を振った。
「先ほどリン殿が話した通り、ダンジョンというのは非常に危険な場所です。 しかしそれはなにもダンジョンの内部に限った話ではありません。 ダンジョンは通常封印を施され、出入りする事は出来ません。 その為、もしダンジョン内部を探索するには封印を解除する必要があります。出入り出来ない訳ですから、しかしそれは逆に言えば……」
そこまで聞けばリンも理解できた。
「ダンジョンから魔物が出てくる事も出来るーーーと言うことですか」
ライズが頷き、話を続けた。
「ダンジョンの封印を解いた事で滅んだ国は少なくありません。 故に今回発見されたダンジョンの存在は国でも極一部の者しか知りません。 この街で言えば私と公爵くらいでしょう」
「それ故に、ダンジョンは発見されても探索されていないものも少なくないと言われています。 当然ですな、万が一対抗出来ない程の魔物が溢れ出せば国が滅びかねない。 そうなれば如何に価値があろうとも本末転倒です。 安全を重ね、慎重に慎重を重ねて始めて封印を解くのが普通です。 それが自国であれば」
そこでリンはいよいよ二人が危惧する本当の危険を理解した。
「自国でなければそういったリスクは考慮する必要が無い……と言うことですね」
要するに帝国からすれば、ダンジョン内のお宝さえ手に入ればいいのだ、国を手に入れる必要は無い、そもそもが滅びる事を前提としているのだから当然だろう。
そうなれば不思議でたまらないのが公爵だった。
公爵のいい話はほとんど聞かないが、それでも優秀な領主と言うのは間違い無いと聞いている、と言う事は、当然二人と同様に帝国にダンジョンを渡す危険は理解している筈だった。
「そもそも公爵はダンジョンが発見された時から、すぐに封印を解き、探索を進めるべきとの意見だったのです。 ダンジョンの魔物程度、王国騎士団で制圧出来るとーーー ですから、仮に帝国がダンジョンから魔物を溢れさせる様な事になっても問題ないと考えているのでしょう」
その話を聞いて、リンの公爵に対する評価がさら下がった。
優秀という話も言ってしまえばその強引な考え方が偶々上手く行っていただけな気すらしてしまった。
そんな考えが表情に出てしまったのか、ライズが苦笑いを浮かべた。
「正直、我々もこれまで公爵のやり方に不安を覚える事も少なくありませんでした。 それでも最終的には上手くいっていましたし、今回も公爵の見込み通りに行く可能性もあります。 しかし今回ばかりはそうも言っていられません。 万が一にも失敗出来ない事ですから」
そう言ってライズは複雑な表情を浮かべた。
それも当然だろう、なにしろ相手は自分の主人なのだ、理由はどうあれ、主人を否定する様な事を言うのは心苦しいのだろう。
『最初に見た時から思ってたけど、あの男は馬鹿ね』
これまで沈黙していたルナが突然、会話に入ってきた。
当然、ルナの事を知らないライズとクリスは驚き、弾かれた様に周囲を警戒する。
その手は腰の剣に掛けられており、すぐにでも斬りかかれる体制を取った。
その様子にリンは慌てて二人に説明する。
「大丈夫です! 今のは、コイツです!」
そう言って、すぐ横でフワフワ飛んでいたルナを捕まえると二人の前に突き出す様にして声を上げた。
それを聞いた二人がルナに視線を向けると、クリスが口を開いた。
「この子は、リンさんの使い魔ですよね? 言葉を話せるんですか?」
その表情は若干信じられない、といった表情をしており、ライズも同じ様に困惑気味だった。
「間違いありませんよ、私が保証します」
そう言ってシンが助け舟を出してくれた。
そのおかげもあって、二人は徐々に警戒を解くと、今度は興味深くルナを観察し始めた。
『あんまりジロジロ見られるのはいい気分じゃないわね』
その視線がお気に召さなかったのか、ルナが不満げな声を上げるとライズはハッとしたように視線を逸らす。
「申し訳ない、なにしろ言葉を話す使い魔というのを始めて見たものですから、失礼しました」
『別に見るなとまでは言ってないわ、それより公爵もそうだけど、貴方達も認識が甘いわね。 ダンジョンから魔物が氾濫したら手に終えないわよ。 間違いなくこの国は滅びるわね、ダンジョンの魔物って言うのはそんなに可愛いもんじゃないわ』
そう言ってテーブルの上に降りると、リンのカップを取って、お茶を飲み始めた。
「ふむ、私もルナ様に同感です。 それにしてもルナ様はダンジョンの魔物に詳しいのですか?」
そう言いながらシンはいつのまに入れたのか、新しいお茶をルナとリンの前に置いた。
『詳しいって程じゃ無いけど、少なくとも貴方達よりは詳しいんじゃないかしら? そうね、貴方達にわかりやすく言えば、氾濫したダンジョンの地域はドラゴンの草原より遥かに危険って言えばわかるでしょ?』
ルナのその言葉に部屋にいた全員が言葉を失った。
特に実際にドラゴンの草原を経験していたリンにとってその言葉は衝撃以外のなにものでも無かった。
「そ、それは……失礼ですが、リンさん以前に聞いた時は追求しませんでしたが、いったいルナさんは何者なんですか? 言葉を話し、ダンジョンにも詳しい使い魔なんて……」
リンは正直に答えるべきか悩んでいた。
しかし、そんなリンの悩みなど知らないと言わんばかりにルナがあっさりと答えてしまう。
『私は竜族、今はルナと名乗ってるわ、リンくんは私のご主人様よ』
その言葉にライズとクリスは驚愕の表情を浮かべた。
「それは本当ですか? だとすればとんでもない事ですよ!」
リンがなんと答えたら良いものか考えていると、
「間違い無いでしょう、私が現役時代に何度か竜族と会いましたが、その時に受けた印象と全く同じものをルナ様から感じましたので」
シンの言葉にライズが唸る。
『まぁ信じる信じないは好きにしたらいいわ、それより問題は公爵をこのまま好きにさせたらまずいって事よ』
その言葉にライズとクリスの思考が切り替わる。
「確かにその通りです。 まずは殿下の救出と公爵の身柄を確保するのに動くべきですね、その為に私はこれから……」
『ドンドンドン!』
ライズの言葉を遮る様に部屋の扉が乱暴にノックされた。
その瞬間、部屋の中にいたリン以外が一斉に警戒を強めた。
ライズとクリスは先ほどと同じように腰の剣に手をかけ、シンはその場で隙なく身構えた。
ルナはリンのすぐ側によると、周囲を警戒する。
クリスが素早く扉の横へと身体を滑らせ、それを見たライズが扉の向こうへと声をかける。
「誰だっ!」
ライズの言葉にすぐに返事が返ってきた。
「お話中申し訳ありません! 緊急事態です!」
その声にライズ、クリスが少しだけ警戒を解いたのがリンにも分かった。
どうやら扉の向こう側にいるのはライズの部下の様だった。
「わかった、入れ」
その言葉を合図に扉が開かれると、そこには一人の騎士が立っていた。
「緊急事態との事だが、なにがあった」
ライズの言葉に騎士は胸の前で拳をつくる。
どうやら騎士団の敬礼の様だった。
「はっ! ルフィア公爵様が何者かの襲撃を受けた模様です!」
その報告に部屋の中にこれまでに無い緊張が走った。
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